Act.08 エピローグ

運命の再会?的な?

 目が覚めると僕は、アパートの自室で寝ていた。

 布団の上で目覚めた僕は、遅刻ギリギリの時間だと知って慌てて着替える。手早く身だしなみを整えて、今は学校に向かって全力疾走中だ。

 右手の傷は、綺麗に消えていた。

 そして、なにがあったかは、はっきりと覚えている。

 今、どうして僕がここにいるかも明白だ。


「くっそー、七凪の奴め……そういうのはナシだろ、ほんともぉ!」


 僕は悪態をついたが、本心じゃない。

 でも、勘弁してくれと思っていた。

 彼女は以前、責任を感じていると言っていた。

 その意味がやっとわかった。

 知ったあの瞬間は、決して夢ではなく現実だ。

 僕は頭の中に、あのあとの七凪の言葉を思い出す。


『終わりの時間と場所がここなんて……気が利いてるわね、バルトルノルヴァ。その子を放しなさい。……前みたいに傷付けたら、許さないわ』


 七凪は裸なのに、堂々としていた。

 爆発して四散する巨神が、周囲の森へと炎を広げている。

 そう、あれは……僕がよく知っている場所だった。

 小さな社を中心に広がる、とても厳粛な空気に満ちた場所。

 僕たちはあの時、バルトルノルヴァの転移攻撃で鎮守ノ森に来ていた。満身創痍のバルトルノルヴァは、片手に小さな男の子を拘束している。


『おのれ、染まらずの魔女……その髪は! それだけの魔力が、貴様に』

『老いてみせれば、あなたは喜んで殺しにくるでしょう? ふふ……足腰は弱るし、スタミナもなくなるし、大変だったわ。でも、いいわね。時の流れが本当にある人間が羨ましくなったわ』

『ワシをたばかったな! かくなる上は!』


 そう、あの時バルトルノルヴァはまだ諦めてなかった。

 頼みの綱の巨神を失った……また、同じ繰り返しの振り出しに戻されたのだ。彼は幾度も、七凪に野望を打ち砕かれ続けてきた。

 僕は、光の刃を纏う真っ直ぐな七鍵刀を手に、二人の間に割り込む。

 バルトルノルヴァは子供を盾にしつつ、魔法だか錬金術だかを使おうとしていた。

 僕は迷わず、人質の少年を無視して駆け出す。

 迷いはなかった……まるで、剣そのものに引っ張られてるようだった。怯えて子供を突き出す、その老人の腕だけを切断した。そのまま、返す刀で袈裟斬りに斬り伏せる。


『グ、ガッ! ハァ、ハァ……ワシが、こんなことで……まだ、もう一度……また、繰り返せば』


 僕は、言葉にならない声を張り上げていた。

 重さが消えたかのように、七鍵刀の鋭い光がバルトルノルヴァを両断する。

 それは、生身の人間ではなかった。

 両肩で息を貪る僕は見た……バルトルノルヴァは、ローブの下に隠した肉体の全てが機械だった。ゲートキーパーを奪って操る彼は、いつからかその技術を得て自分を機械の身体にしていたのだ。

 そして、隣に歩いてきた七凪の言葉を僕は忘れない。


『あなたは終わりよ、バルトルノルヴァ……終わらせてあげるのが遅かったわね。ごめんなさい』


 そっと僕の横に、七凪は立った。

 彼女の真っ白な髪は今、燃えていた。

 真っ赤な炎が、炎そのものが彼女の髪になっていた。

 僕の視線に七凪は、さも当然のように応えてくれた。


『染まらずの魔女って、この力……私に与えられた強制力の行使権を、自分で封印してたから広まった名よ。染まれないんじゃない、染まらないと決めたから』

『七凪、でも……髪が』

『強制力そのものが生み出した、生命ですらない存在……それが私。あらゆる異世界で、その世界にあってはならない異物を除く。そのために、あらゆる非常識が許されるの』


 そう言って、七凪は息も絶え絶えのバルトルノルヴァに手をかざした。


『ワシを、殺すのか……あの時、助けておいて殺すのか!』

『あなたは助かった自分を、自分のためにしか使わなかった。それはいいけど、自分のために他者を苦しめ続けた。何度も繰り返し、機械の身体でゲートキーパーを使い続けたの。それが、全ての世界を守る強制力には、許せないのよ』

『貴様は……あなたはどうですか、我が師……染まらずの魔女、七凪』

『許してあげたいけど、私個人の気持ちや想いは強制力に干渉できない。だから、あなたは許されない。許したくても、許せない』


 バルトルノルヴァは最後に、全てを悟ったように頷いた。

 でも、僕は七凪に強制力とやらを使わせなかった。

 その手に握った七鍵刀で、僕自身の手でバルトルノルヴァにとどめをさしたんだ。


『ごめん、七凪っ! 君がやりたくないのにやらされるくらいなら、僕が君の代わりにやる! それできっと、君の世界は平和になるし……僕はやっと、君になにかしてあげられるんだ!』


 機械の身体でも、バルトルノルヴァを再び刺し貫いた感触を、僕は忘れない。

 そして、七凪の言葉も。


『……ありがとう、渚クン。あの世界、気に入ってたの。数多の世界線を流離う中で、とても居心地がよかった』

『え……七凪、君は』

『強制力によって生み出された私は、人間ですらない。生まれた世界なんてないのよ。でも……生きていきたい世界なら、あるのよね』


 それが、彼女の最後の言葉だった。

 僕が聴いた、最後の声だった。

 七凪は不意に、振り向き背後へと歩き出す。

 崩れ落ちるバルトルノルヴァに刺さったままの七鍵刀を、僕は手放した。そして振り向く先に見た。

 七凪は、大地に突っ伏し泣きじゃくる子供を抱き上げた。

 そして、世界の全てがゆっくりと色を失っていった。

 七凪は、周囲の炎を見て物理的に脱出不可能だと知っていたのだろう。だから、全てが灰燼に帰す獄炎の中で、その男の子を――


「クソッ、それでお別れなんて、そんなのずるいだろう!」


 そう、僕は助けられていた。

 もう九年も前に、七凪に救われていたのだ。

 僕が元の世界のまほろば市から、知らぬ間に今のまほろば市に来た意味がわかった。

 でも、それよりはっきりと自覚できているのは……遅刻すれすれだということ。

 僕は校門に滑り込んだところで、朝のチャイムの鐘を聴く。

 下駄箱で急いで靴を履き替えて、今度は廊下を全力疾走した。


「すみません、遅れました!」


 教室の扉を開くと同時に、息を切らせて大声で叫ぶ。

 そして、呼吸を整え前を向いた。

 そこには、ぽややんとした雰囲気の女教師が笑っている。


「遅刻ギリギリですよ、渚君。そういうのはぁ、めぇっ! なんですからねー」

「す、すみません……あ、あれ? その子」


 見知った顔が僕に、無機質な無表情を向けてきた。

 面識はないけど、知ってる顔だった。

 ああ、そう……そういうことなの。

 僕は、不思議そうに小首を傾げる少女に愛想笑い。そして、重い足取りで自分の席に歩く。そして、思い出す。


「はぁい、ではみなさーん。転校生を紹介します。なんと、外国人の子でーす。はい、自己紹介してねぇ」

「わたしはエミル、エミル・アリルリスタです。姉と二人で、引っ越ししてきました。よろしくお願いします」


 ああそう、そうなるのね。

 僕はもう、理解してた。

 納得とは別に、思い知らされていた。

 この世の中には、無数の異世界がある。それぞれが、過去から未来にいたるまで、謎の力で守られている。そして、その力を身に受け生み出された人間には、故郷も自由もない。

 でも、そういう少女には僕が必要なのではと思う。


「はい、では……えっと、席は……あそこ! は、先週来た渚君の席ですねぇ。っとぉ」


 女教師の言葉を背に、僕は自分の席についた。

 そして、隣を見て自然と笑みが溢れる。


「おはよう、七凪。起きてよ、ねえ……起きて」


 隣の席には、白い長髪の少女が身を机に突っ伏して寝ている。

 その安らかな寝顔に、自然と僕は手を伸ばした。

 肩に触れて軽く揺すって、そして僕の新しい物語が始まる。

 彼女の名は、神薙七凪……自称、イセカイ系の女の子なのだった。

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イセカイ系な彼女 ながやん @nagamono

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