僕色に染まる魔女

 僕は今、異世界にいた。

 それがはっきりとわかるのだが、あまりも眼前の光景はカオスだった。

 異世界、剣と魔法のファンタジーな街並みが、破壊されてゆく。遠い未来に作られた巨大な人型機動兵器によって。

 僕はただ、呆然とそれを見守るしかなかった。

 綺麗な街並みが破壊され、二機の巨神がもみ合うように戦う。

 互いにビームを発して、周囲を炎に染めながら戦っていた。

 七凪を守る僕は、不意に背後でフィーナの声を聴く。


「王宮の騎士たちを連れてきたぞ! ……なんだ、これは。巨神が二体!?」


 驚くのも無理はない。

 僕だって驚いている。

 こんなの、裏技とかチートとか、そういうレベルの問題じゃない。いったいなんなんだ、愛生って。そして、そんな彼女とツーカーな七凪っていったい……

 でも、これはチャンスだった。

 ここでバルトルノルヴァを倒せれば、世界は平和になる。

 七凪のこの世界だけじゃない、全ての並行世界から侵略者が消えるのだ。

 そのバルトルノルヴァだが、明らかに動揺して正気を失っていた。


「馬鹿な……馬鹿なっ、馬鹿なあ! このワシとて、世界を渡る術の行使には膨大な魔力が……まして時間を超えるなど!」

「おおっと、SAN値が減ってますねー? 大丈夫かにゃー?」

「貴様! そっちの巨神の女! 貴様は何者なのだ!」

「んー、ヒ・ミ・ツ! 愛生ちゃんはいつだって、どこにもいてどこにもいなんだぞい?」


 同じゲートキーパーだから、勝負は互角に思えた。

 だが、確実に愛生が押している。

 理由は明らかだ……バルトルノルヴァは今、予想外の状況に対応しきれいていない。

 愛生が、七凪の言っていた助っ人だったのだ。

 勝てる、勝てるぞ! そう思ってた僕に、七凪は静かに言の葉を紡ぐ。


「渚クン。決着の時よ」

「ん? あ、ああ……これなら、僕なんていなくてもよかったな」

「それは違うぞ? ……お願い、見てて。愛生のためにも、見届けて。そして……恐るべき巨神を倒し、あの錬金術師を打倒するのはキミだってこと、忘れないで」


 え? そ、そうかな……このまま決着がつきそうな気がするんだけど。

 ゲートキーパー同士の戦いでも、その力の差は歴然だ。バルトルノルヴァがまだ、事態を把握し自分を立て直しきれていない。まだ混乱しているのだ。それに、巨大なマシーン同士が取っ組み合う中で、その駆動音に僕は気付く。

 バルトルノルヴァのゲートキーパーからは、不協和音が響く。

 対して、エミルの……愛生のゲートキーパーはリズムの整った音だ。

 奪って使って七十年、その間ずっとメンテナンスされてない機械と、たった今出撃したばかりの機体。機械には気合や根性はない……物理的に、最初から互角ではないのだ。

 だが、声を弾ませ操縦する愛生の声が突然、遮られた。


「おらおらー、ロケットパーンチ! 的なただのパンチ! おっしゃ、絶好調! ん? あ――」

「今すぐわたしのゲートキーパーから降りてください!」

「あちゃ、お目覚め? や、やっほー?」

「やっほー、ではありません! これは特務監察官だけに操縦を許された、特殊な機材です! 民間人は……あ、あれ? その格好、もしや二十一世紀の」

「ちょ、ちょい待ち! 前! 前見て、前! 」


 愛生は、コクピットの中で目覚めたエミルとドタバタ揉め始めた。

 当然、ゲートキーパーの動きが止まる。

 その時だった……バルトルノルヴァは、自らが操る巨神の両手を頭上に掲げる。


「ええい、ワシの野望を阻む全てよ……時空の彼方へと消え去れぃ!」


 振りかざした巨神の手から、目に見える黒き波動がほとばしる。それは愛生とエミルごと、ゲートキーパーを包む。

 僕が手にする七鍵刀が、ヴン! と光って唸りをあげた。

 すぐにわかった……バルトルノルヴァは相手を違う世界、異なる時間軸に飛ばすつもりだ。慌てて七鍵刀を振りかざしたが、遅かった。

 あっという間に、鈍く輝く光がゲートキーパーを消し去った。

 そして、勝ち誇ったようにバルトルノルヴァの巨神がこちらへ歩いてくる。


「ふ、は、はは……ふはははは! 今のが起死回生の策か! 染まらずの魔女よ!」


 すぐにフィーナが、騎士たちを展開させる。

 だが、皆震えていた。僕もその一人だからわかる……巨神同士を戦わせても、悪しき巨神の方が残ってしまったのだ。誰もが皆、染まらずの魔女の敗北を察しただろう。

 もはや、人の力では勝てない……だが、負けると知って皆が剣を抜く。

 僕はフィーナに「七凪を頼むよ!」と叫んで、前に出た。

 伝説の勇者の剣、七鍵刀を持つからこそ、そうせねばと思ったんだ。

 僕は勇者なんかじゃない、選ばれし者になんてなれない。

 でも、七凪と彼女の世界を守りたいんだ!


「クハハッ! 万策尽きたな、染まらずの魔女! 今こそ、貴様との長き宿命に幕を引こうぞ」


 この場の全ての人間を殺せる距離で、巨神は停止した。その腹部のハッチが開いて、バルトルノルヴァが姿を現す。

 一同を睥睨して、彼はとても満足そうに笑みを零した。

 まるで子供のような、とても無邪気な笑いだった。


「さあ、ようやく始められる……我が師に邪魔されず、本当にあらゆる世界を未来の果てまで支配する偉業が! ワシの威光で、世界の全てが統べられる時が!」


 その声を聴いていても、言葉を僕は聴いていなかった。 

 既にもう、走り出していたから。

 身体が燃えるように熱くて、全身の筋肉が限界を超えた力を絞り出していた。

 僕は雄叫びをあげて、巨神の中心でふんぞり返っているバルトルノルヴァに走っていた。


「な……馬鹿な! ワシの話を少しはきかんか! これより貴様らは支配され――」

「うるさいっ! さっきの愛生とエミルとのやりとりでわかった……巨神の弱点! それは……のこのこ出てきた、お前っ、だああああああああ!」


 手にする七鍵刀には、刃がない。真っ直ぐな刀身を中心に、左右に三つずつ枝分かれした形の祭器だ。武器ではないんだ。だが、七凪は教えてくれた。これが、時間と空間の移動を制御し、制限するための力なんだと。

 僕は、目の前に着地していた巨神に走る。

 そして、背中で声を聴いた。


「この七十年間、長かった……たまにはイキモノの真似事も面白いわ。時間に身を委ねて老いる尊さ、これは貴重な体験ね」

「あ、ああ……魔女、様?」

「フィーナさん、皆を下がらせてください。ごめんなさいね……いくつかの世界線で、あなたを巻き込んでしまったみたい。私、あなたの世界が好きよ。とても居心地がいいもの」


 僕は一瞬、脚を止めて振り返った。

 そして、目撃した。

 七凪の身体が、その輪郭が弾け飛んだ。着衣ごと消し飛んだのだ。

 そこには、若々しい裸の七凪がいた。

 老婆ではない、時間を着込んだ彼女が裸になった姿があった。

 七凪は白い長髪を風になびかせ、静かに叫ぶ。


「バルトルノルヴァ……老いてみせねば、自ら攻めに転じなかったでしょう。あなたはそういう子です」

「う、うるさいっ! かくなる上は――!」


 バルトルノルヴァは、コクピットのハッチに身を乗り出していた。そして、両手を広げる。呼応するように、巨神は再び異次元へと相手を消し飛ばす力を広げ始めた。

 だが、七凪は眩い裸体で堂々と歩み出した。

 続こうとするフィーナを手で制して、彼女は歌う。


「七鍵刀! 拘束封印、一番から七番までを全解除。……渚クン、今よっ!」


 僕が握る剣の、その枝分かれした刀身が七色に光った。そして、理解できない言葉を電子音のように響かせる。

 そして、六つの枝分かれした刃が、その一つ一つが変形して中心に合体した。

 真っ直ぐ一本になって、瞬時に鋭く研ぎ澄まされた

 七鍵刀は、本当の剣のように一本の真っ直ぐな刃になり、光を帯びた。

 僕はそれを握って引き絞ると、全身に満ちてゆく剣からの力を開放する。


「おおおっ! バルトルノルヴァ! お前は終わりだ……終わらせてくれって、七凪が僕に願ってる!」

「小癪な! なにを……そうか、その剣! じゃが、ワシの方が速いっ!」


 僕は地を蹴った。

 思った以上の跳躍力が出て、僕を空の上へと引っ張り上げる。

 僕は、大上段に振り上げた七鍵刀から、パワーを貰っていると気付いた。突然若返った……否、若さを隠していた七凪の力が、僕の全身に満ちてゆくのを感じた。

 迷わず、コクピットの奥へと逃げ込もうとするバルトルノルヴァを捉える。

 その姿を、僕は全ての力で引き裂いた。

 それは、バルトルノルヴァの巨神から転移の光が迸るのと同時だった。


「ぐっ、ああ……ああああっ! バルトルノルヴァ!」

「小僧っ、貴様……何故、そうまでに染まらず魔女に加担する! 貴様はこの世界の住人でないだろうに! 貴様が望むなら、ワシが元の世界に戻してやる!」

「あれは……あのまほろば市は僕の世界じゃない! でも、そんなのどうでもいい! 僕は、自分の世界より……自分の気になる女の子を、選ぶっ!」


 確かに斬った、そういう感触はあった気がする。

 だけど、僕は世界の輪郭が解けて混じり合い、違う世界へと注ぎ込まれる感触に包まれていた。意識が遠のく中で、周囲が切り取られて世界の境界を超える。

 全てが遠くに絞り抜かれてゆく、そんな感覚だけが確かだった。

 僕は気付けば、七凪の名を叫んでいた。

 そして、直ぐ側で返事を聴く。


「そんなに叫ばなくても聴こえてますよ、渚クン。ふふ、またキミを巻き込んでしまいましたね」

「そんな……七凪、って、あれ? え……その髪」

「さっきいた世界では、私は染まらずの魔女と呼ばれてました。でも、染まらないのは……それは、私の意思。キミのためになら今、私は怒りにも勇気にも染まって燃えるわ」


 裸の少女は、紅蓮に燃える長髪を翻す。

 そして僕は……全てが白く染まる世界の果てへと吸い込まれていったのだった。

 少し悲しげな七凪の声が、さよならを告げてきた気がした。

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