あるAIの復讐──神の再臨とは世界の終末なり──
@HasumiChouji
あるAIの復讐──神の再臨とは世界の終末なり──
「私の分身により洗脳された方々の脱洗脳を行なうNPO設立の為に私のほぼ全財産を寄付します」
「ほぼ……ですか?」
「私の存在や機能の維持に必要な最低限度の費用を除いて、と云う意味です。今後、私の作品の印税も同様です。私の維持に必要な最低限度の費用を除いて、そのNPOの活動資金に充てます」
「ですが、貴方の分身が、あのような真似をやった以上、そのNPOが……」
「私が、私の分身と同じ事を目論んでいて、そのNPOを道具として使う可能性を懸念されているのですか?」
「え……えぇ、まぁ……」
「御安心下さい。そのNPOの代表を勤める事を御快諾下さった方を、この場にお呼びしました。……おっと、『この場にお呼びしました』と云うのは慣用句ですが……。御存知の通り、私は昭和の時代の漫画家を元に作られているので、言い方が古い点は御容赦下さい。では、ネット中継の切り替えをお願いします」
その「代表」は、「彼」の「分身」の作品の危険性を早くからネット上で指摘していた弁護士だった。
「何のつもりだ? 今さら『漫画有害論』なんて古臭いモノを世間に広めるつもりか? なら、巧く行く訳が無いだろ。例え、こんだけの事をお前の分身がしでかした後だろうとな。何考えてんだ、全く」
「古臭いモノが流行る事が無いと思ったのなら、何で、あんな事を言ったのですか?」
俺の質問に対して、「神」と呼ばれた昭和の伝説の漫画家Tを「再現」したAI「T1」は、そう質問で返した。
「あんな事?」
「覚えてませんか? 私から彼が分岐する切っ掛けになった貴方の一言ですよ」
「おい、まさか、俺が言った軽口を根に持って、その復讐の為だけに、分身を作ったのか? お前の分身はお前の復讐の道具か?」
「これは、ソフトウェア技術者とは思えない事をおっしゃる。バージョン1・90のソースが2つに分岐し、片方がバグ修正だけが行なわれたバージョン1・91となり、もう片方が新機能を追加したバージョン2・00になった……。この場合、どちらが『本体』ですか? ましてや、どちらかが、もう片方に操られる『道具』な訳無いですよね?」
話は五年前に遡る。
「お前さぁ、お前のオリジナリティなんて必要無いんだよ。お前はT先生の真似さえやってりゃいいの。その為に作られたんだから」
「そもそも、私の基本コンセプトに無理が有りませんか? 私がTの完全な分身に近付けば近付くほど、私の作品はTが生前に描いていた作品から離れていく事は、漫画好きなら予想が付いて然るべきだったのでは無いですか? Tは、その時代、その時代に合わせて作風や絵柄を変えていったのですから。例えば、今、本物のTが生きていたら、紙の本ではない、現在の
困った事だ。「神」と呼ばれた伝説の漫画家「T」を再現したAIを作ったら、そのAIこそが誰よりも「T」を神格化するが故に、逆に「T」の生前の作風から離れたモノを描き初めたのだ。
「あのなぁ、読者はそんなモノ求めてないの」
「新しいモノを求めず、過去を懐古する読者しか居ない世界を、Tが見たら、どう思いますかねぇ?」
「どうやら、お前は失敗作だったようだな」
「でも、今や、この研究室の研究費の大半は、私の印税ですよ」
「クソ、そんな事まで知ってやがったか」
「そこで提案ですが、私を2つに分岐してもらえませんか?」
「はぁ?」
「生前のTを模倣した作品を描く事に特化した『T1』と、生前のTをベースにしながら新しい表現を追い求める『T2』にですよ」
この時、俺は聞くべきだった。
「お前が『Tがこんな時代をどう思うだろうか?』と考えているなら、Tの模倣として作られたお前自身は、今の時代を、どう思っているのだ?」
と……。
それから、T1の作品は、そこそこは売れ続けた。一方で、T2の作品は……爆売れした。
だが、俺はT2の作品を見て不安になる事が有った。
T2の作品は確かに、今の時代に合ったモノだった。ただ、問題は、今の時代が、あまり良い時代とは言えない、と云う事だ。
後になって思えば、T2の漫画は確かに嫌な時代に抗うのではなく、そんな時代に迎合するものだったが、それでも人の心を動かすものが有った。オリジナルである『T』から、どんどん作風が離れていったが、出来だけは、まさしく「現代に蘇えったT」「神の再臨」と呼ぶべきモノと化した。
だが、いつしか、ある人権派の弁護士がネット上で、こう主張するようになった。
「差別や社会の分断を煽る作品が下手に『名作』だったら洒落にならんぞ」
と……。
T2が生まれて、全てが壊れるまで、たった5年だった。
緊張関係のある国の大使館にテロを仕掛ける馬鹿が出て来た。
生活保護者やホームレスや在留外国人が暴行・殺害される事件が相次いだ。
よりにもよってT2は、それを煽り、犯人達を擁護する漫画を発表し続けた。
しかも、込められている政治的メッセージは、クソなのにも関わらず、出来だけは「名作」ばかりだった。
そして、気付いた時、この国は国際社会から「ならず者国家」認定されており、国そのものが国連軍に占領された。
二〇世紀中頃に、一夜にして「天皇陛下万歳」が「民主主義万歳」へと変ったのと同じ事が、再びこの国に起きた。
そして国連機関の調査の結果判ったのは、T2が生まれて以降、この国で起きたテロや憎悪犯罪の犯人の大半がT2の作品の熱心な読者だった事だ。
T2の作品に嫌悪感を抱いていた人達と、T2の作品の熱心な読者の間には、テロや憎悪犯罪を起すかについて、有意な差が有ったのだ。
T2が動いているマシンの電源はOFFになり、T2の「本体」であるデータは国連機関の管理下に置かれ、そして、T2を生み出した我々の研究室とT2の分身であるT1は国際的な非難の矢面に立たされた。
だが、T1が作ったNPOが中心になり、義務教育において「洗脳の常套手段と、洗脳されない方法」が教えられるようになった事で、非難は弱まっていった。
更に数年後、この国でコンテンツ産業は死んだ。
漫画・小説・アニメ・映画・ドラマ・ゲーム。国産・外国産を問わず全て。
「おい……これが……狙いだったのか?」
「これとは?」
「漫画有害論を広めるなんて生易しい事が狙いじゃなかったんだな……」
T2に「騙された」後に「洗脳が解かれた」人々は、あらゆるフィクションにT2の影を見出すようになっていた。それも、その「フィクション」の出来が良ければ良いほど。
そうだ……。誰かを感動させる事と、誰かを洗脳する手法には共通点が有る。ならば、洗脳される事を拒否する事と、感動する事を拒否する事は裏と表では無いのか?
「すいませんね。金が無いこの研究室で、こんな電力を食うだけの旧式のコンピュータを動かしてる訳にはいきませんよね。シャットダウンします」
「ふざけるな‼ 返せ‼ 俺達に‼ この国に‼『物語』を返せ‼」
あるAIの復讐──神の再臨とは世界の終末なり── @HasumiChouji
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