220.-Case真-真

 風にやや涼しいものが混じり始めた、立秋近い夏の終わり。

 焼けたアスファルトの匂いから秋草の香りのする日が増えていた。

 連日の熱帯夜が嘘のように、過ごしやすい穏やかな夜の時もある。

 いまだ夏の名残は消えないものの、秋は確実に近づいていた。


 私こと夕暮 真(ゆうぐれ まこと)は菊の花束を携えて、この地域のお寺までの道のりを歩いていた。

 遠い親戚にあたる夕暮 秋貴という人が逝去してから49日が経過していた。

 今日は使われるお供え花を学校帰りに購入し、その足でそのまま法要に合流する予定だ。


 私が住んでいる街の隣り。

 隣接しているにも関わらず訪れたのは人生で初めてである。

 その秋貴という人は殆ど他人なくらい遠い親戚になるらしく、歳も近いらしかったが会ったことはない。

 苗字は同じでも同じ親戚の集まりで家同士が同席したことすらない。

 だから彼の顔を見たのは葬式の時の遺影が最初だ。


 若くして亡くなった。

 そのことに同情をすれど、それ以上の感慨は何もない。

 それくらい私は彼を知らない。

 かつて同級生の葬式に参列した時よりもずっと悲しくもなかった。

 知らない親戚とはそのくらいの距離感なのだろう。


 この街は私の街と大差ない。

 住宅も店の発展度合いも概ね似たり寄ったりだ。

 5.6階のビルもあればデパートもあり、小奇麗なマンションもあれば時代に取り残された日本家屋や小売店もある。

 比較的海に近く、歩いてすぐ行けるところが少し羨ましいくらいか。


 ただほんの少し、何か違和感のある街でもあった。

 具体的に何がどうというわけではない。

 言葉にし難いが今まで私が経験してきた街並みと明らかに違うと感じるところがある。

 雰囲気、匂い、街の構造……しかしどれもが凡百の物だった。


 そして考えをまとめようとする間もなく、思考の断片は頭から抜け落ちていく。

 きっと気に留めるに値しないことなのだろう。

 意識せずとも忘れた。


 そんな道中の折、奇妙な光景を目にする。

 中学生くらいの少女2人が連れだって歩いているのだが、妙に異質なものを感じとった。

 特にどうというでもない光景、視線を外せない強い違和。


 小柄な方の少女が、もう1人の少女との間の空間に向けて手を差し出して猫撫で声を放つ。

 2人の間にはちょうど人1人分ほどの空きがある。


「ねぇ、あーくん。デートなんだし、さーや、お手々つなぎたいなぁ」


 ゴシックパンクのような服を着ている少女の顔に不満がありありと浮かんでいく。

 イラついた様子で親指の爪を噛んだ。


「街中でいきなりハンドインハンドを要求してくるなんて、なんていやらしいの!」


 しかし彼女の面の皮もさるもので、苦渋の顔面に一転コロリ笑顔の花が咲く。

 誰もいないはずの空間の正面に回り込み、


「そういうことなら、ボクと手を繋ごうよ、あーちゃん」


 ゴシックパンクの少女の手が小柄な少女の手の上に重ねられる。

 お互い笑顔だが競い合っている。

 2人の間柄はどうも温厚ではなさそうだった。


「あーくん、あーくん♪」


 彼女たちはまるで誰かに話しかけているようだったが、私にはその誰かが見えない。

 一見すると幸せそうな表情を浮かべる2人。

 事実、彼女らは幸せの中に生きているのだろう。


 だが私には彼女たちが何かに病んでいるように見えてしかたなかった。

 禍福の中に言い知れぬ狂気が垣間見える。

 彼女たちはそのまま楽しそうに服屋へと歩き去っていった。


 私は視線を外して再びお寺を目指す。

 風に僅かに秋の香が混じる中を。

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ヤンデレ男の娘の取り扱い方 -小説版- 下妻 憂 @shimozuma_yu

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