恋愛独占権
中瀬一菜
恋愛独占権
人 物
平坂千珠(17)高校生
双海聡(そう)(25)アイドル
加賀谷紗稀(17)千珠の同級生
黛景彦(37)双海のマネージャー
李浩然(ハオラン)(58)中華料理屋店主
スタッフA
スタッフB
スタッフC
〇高校・生物室
平坂千珠(17)、蝶の標本を作製中。
机の上には数十羽の蝶の標本が並ぶ。
紗稀の声「おーい、昆虫少女~やってるか~?」
加賀谷紗稀(17)、部屋に入ってくる。
千珠、作業の手を止めて顔を上げる。
千珠「ゲッ、また邪魔しに来たな~?」
紗稀「酷いなァ! じゃあ紗稀様からの差し入れは無しってことで……」
紗稀、コンビニの袋を掲げる。
千珠「要る! 紗稀様ありがとうございます」
紗稀「うむ! 苦しゅうないぞ~」
紗稀、コンビニの袋からアイスを出し千珠へ渡す。机の上を覗き込みながら、
紗稀「は~、相変わらず千珠の標本は凄いね」
千珠「まあ、ウチの部が文化祭で映(ば)える出し物ってこれくらいだしね」
紗稀「映(ば)えると言えばさ、昨日のMステ見た? 聡ちゃんカッコよかったよね~!」
紗稀、スマホを操作し、千珠に見せる。
画面に双海聡(25)の画像が映っている。華美な服を来て笑っている。
千珠「ゴメン、昨日見てないや。裏山にカブトムシ採りに行ってたから」
紗稀「もう~、動画送っとくから絶対見て!」
千珠、溜息を吐きながら、
千珠「ホント、紗稀は聡ちゃん大好きだねェ」
紗稀「千珠は熱量が足りないんだよ!」
千珠「カッコいいとは思うよ、眼福っていうのかな。視界に入ってると気分が良い」
紗稀「あー、分かりみが深い。それな」
千珠「はい、聡ちゃんに合掌、ありがたや~」
千珠と紗稀、合掌して笑い合う。
紗稀「ねえ、今日は一緒に帰れるでしょ?」
千珠「あー、今日この後バイトだ」
紗稀「全くこの子は。夏休みに休んでないな」
千珠「逆に自由を満喫してるって言ってよ」
紗稀、千珠の頭を小突く。
〇撮影スタジオ・廊下
大勢の人間が行き来する。騒がしい。
双海と黛景彦(37)、颯爽と歩く。
黛「聡くん、これが終わったら控室でそのまま雑誌のインタビューがあるから」
双海「了解、衣装着替えながらでもいい?」
黛「あぁ、その方が時間が取れて助かるよ」
スタッフA、双海に駆け寄りながら、
スタッフA「撮影定刻まであと十分です!」
双海「はいはい、このままスタジオ入るね」
スタッフB、前方の人波を搔き分ける。
スタッフB「双海聡さん、スタジオ入ります!」
〇撮影スタジオ・スタジオ・中
十数人のスタッフが仕事中。
双海と黛、中に入る。黛は後方で待機。双海はそのまま前方へ。
双海「よろしくお願いしまーす!」
スタッフC、双海に上着を手渡す。
スタッフC「撮影開始しまーす!」
双海、ライトの下に立ち、微笑む。
〇道路・車・中(夜)
数十台の車が走行中。
双海、後部座席に座り込む。疲労困憊。
双海「はぁぁあ……」
運転席に座る黛、運転しつつ、
黛「お疲れ様、聡くん。撮影もインタビューも良かったよ。さすがだね」
双海「ありがと。明日は何処に何時入り?」
黛「ああ、明日はオフになったよ」
双海「あれ? 歌収録入ってなかった?」
黛「エディくんたちが今海外でしょ? 飛行機が遅延して間に合いそうにないんだ」
双海「それは災難だなァ。LINEしとこ……」
黛、バックミラーで双海を見ながら、
黛「中々オフ作ってあげられなくてゴメンね」
双海、スマホを操作しつつ微笑む。
双海「それは黛さんも同じでしょ」
黛「ハァ……聡くんはどこまで完璧なんだか」
双海「えぇ?」
黛「時々、聡くんに出来ないことはもう何にも無いんじゃないかなァって思うよ」
双海「……空は飛べないよ?」
黛「近いうちにでも飛べそうだけどね」
双海、笑いながら窓を見る。映る自分の顔を見て溜息を吐く。
〇マンション・廊下(夜)
双海、ドアに鍵を差し込む。解錠。
双海の声「完璧な人間なんか居るわけがない」
〇マンション・室内・リビング(夜)
暗い室内。双海、室内灯を点ける。
双海の声「完璧に見えるなら、それは」
双海、鞄を下ろし、溜息を吐く。
双海「何かを犠牲にしてるってことだよねぇ」
ゴミや物、服でぐちゃぐちゃな室内。
双海のお腹が鳴る。双海、苦笑。
〇陽来軒・厨房(夜)
千珠、厨房に駆け込む。
千珠「五番さん、焼き餃子追加でーす」
千珠、出来上がった料理を手に持つ。
李浩然(ハオラン)(58)、中華鍋を振るいつつ、
李「アイヨォ! それ三番さんネー!」
電話が鳴る。李、電話に出る。
千珠「はぁい!」
〇陽来軒・客席(夜)
客で満席状態。千珠、客に品出しする。
千珠「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
李、厨房から顔を出す。
李「チズちゃーん、次、出前、行けるカー?」
千珠「はいはーい! 行きまーす!」
千珠、厨房に駆け戻る。
〇マンション・玄関・外(夜)
千珠、立ち尽くす。
〇マンション・外観(夜)
築年数の浅い超高級高層マンション。
〇マンション・玄関・外(夜)
千珠「すっご……世界が違うわ、場違いかよ」
千珠、自転車を止め、恐る恐る入る。
〇マンション・玄関・中(夜)
オートロック式。千珠、恐る恐る部屋番号を押す。通話が繋がる。
千珠「もしも――」
双海の声「す、すす、すぐ来てッ!」
千珠「……えっ?」
通話終了。千珠、訝しげに首を傾げる。
〇マンション・廊下(夜)
千珠、エレベーターからひょっこり顔を出す。じりじりと部屋に近づく。
千珠「渡す、お金貰う、ダッシュで逃げる……うん、いける、出来る、出来るぞぉ……」
千珠、インターホンを押す。
速攻で扉が開く。双海、半泣きで出る。
双海「黛さんッ! ――あ、れ……」
千珠「よ、陽来軒、でーす……」
双海、目を丸くして、顔を赤らめる。
千珠「あの、大丈夫ですか……って、あー、大丈夫では、ない、感じ、ですね……」
双海「あー……そっか、そっちにも電話……」
千珠「えっと、フタミさんって、リルファイブの双海聡――」
双海、千珠の腕を引っ張り家に入る。
〇マンション・室内・玄関(夜)
双海、千珠の口を覆う。至近距離で、
双海「君は今日僕に会ってない、いいね」
千珠、涙目でコクコクと激しく頷く。双海、千珠を解放。
千珠「それで、その、何かあったんですか?」
双海「~っ! そう、それ! ちょっと来て!」
〇マンション・室内・リビング(夜)
双海、千珠の背中に隠れながら、
双海「そ、そこ!」
千珠、汚い室内を見渡し、目を凝らす。
壁に蝉がくっついている。
千珠「アブラゼミだ。なんでいるんですか?」
双海「ま、窓開けたら、入ってきて……!」
千珠「なんでそのままにしてるんですか?」
双海「僕は虫がダメなんだって!」
千珠、背後の双海を見る。
双海、半泣きで必死な顔。
千珠「あの子を捕まえればいいんですね」
双海「ハァ? 殺せばいいんじゃないの?」
千珠「ダメですよ、無駄な殺生は。元の世界に返してあげれば済む話じゃないですか。というか、蝉もこんな汚い部屋――」
双海、千珠を睨み上げる。
千珠「あー、出前でも食べて待てって下さい」
千珠、双海に出前を渡す。
双海、立てったまま天津飯を食べる。
千珠、ゆっくりと壁に近づき、捕獲。
千珠「うん、傷ついてない。すごく綺麗な子」
千珠、窓を開け、蝉を逃がす。微笑む。
千珠「バイバイ、元気でね」
双海、ハッとする。千珠を見つめる。
千珠、窓を閉め、玄関へ移動。
千珠「じゃあ、私はこれで……」
双海、食器を置いて、千珠の腕を取る。
双海「ね、ねえ」
千珠「ああ、このことは誰にも話しませんよ」
双海「そうじゃなくってさ、その、名前――」
千珠「名前? 私? 平坂千珠です」
双海、両手で千珠の腕を掴み直す。
千珠、双海の顔と腕を見つめる。
双海「チズちゃんは僕を完璧だって思う?」
千珠、首を傾げ、笑う。
千珠「顔だけは完璧かな? じゃあ、これで」
双海、目を見開き、上気する。
千珠、部屋を出て行く。
双海「――アッ、お金、渡し忘れちゃった」
双海、赤い頬を両手で包む。
双海「あー、治まれ、治まれ……っ」
双海、財布を持って部屋を出る。
恋愛独占権 中瀬一菜 @ebitenumeeee
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