S-02『伊吹が燐を甘やかすだけシリーズ』1

「はっ。せんぱい、せんぱい、佐野せんぱいっ!」

「何。なんなの。その三回呼ぶやつ、実は流行ってたりするの?」

「え? いえ、なんかそうしないといけないような気がしまして」

「はあ……まあいいけど。どした、銅後輩」

「えーと。何か用があるかとお訊きなられますと、別にそんなことはなかったりと答える後輩なのですが」

「じゃあなんで呼んだの……」

「まあ、日課の黄昏が終わりましたので」

「日課の黄昏」

「屋上にいるんですよ? 風に吹かれるのが当然のしきたりじゃないですか」

「どこの国の?」

「え、当たり前じゃないですか。だって屋上なのですよ?」

「なんだかんだで屋上好きだよね。めっちゃ好きだよね」

「佐野せんぱいも佐野せんぱいで結構お好きとお見受けしますけど、屋上……」

「いや、単に銅後輩と会うとき、いつもロケ地:屋上なだけで。……冷静に考えたらだいぶ謎だよなあ」

「あ、そう。それです。それですよ、佐野せんぱい!」

「どれです?」

「銅後輩、というわたしの呼び方です!」

「……それがどうしたんだ?」

「いや、だからですね。そういえば、なんでわたし、銅後輩なのかなって」

「……?」

「いやそんな『わけがわからない』みたいな顔されましても」

「いや、銅後輩がなぜ銅後輩なのか、みたいなこと訊かれても普通に困るでしょ。哲学?」

「そうじゃなくて。そういうことじゃなくってです。普通あんまり、後輩を『後輩』って呼ばなくないですか?」

「そうかな? ……まあそうか。言われてみれば」

「まあ、わたしは仲のいい後輩とかいた試しがないのでアレなんですけど」

「そういうのいらない」

「はあ……。まあそんなわけでして、どうしてわたしを『銅後輩』と呼ぶのかが、ちょっと気になったり?」

「そう言われると大した理由もないんだけど。お前が俺を『佐野せんぱい』って呼ぶから、俺も『銅後輩』呼びにしただけかなあ。合わせというか」

「それだけなんです?」

「んーまあ、特別な理由がないという意味では。後輩は上を先輩って呼ぶんだし、先輩が下を後輩って呼んでも、そんなに変ってことはないと思うんだけど」

「そういうふうに言えば、そうかもしれませんが」

「何? え、実はこの呼び方、気に喰わなかったりしてた? もし嫌なら突っ張らないけど」

「あっ、いえいえ! 別に嫌というわけではないのです。むしろ、どちらかといえば気に入っているわたしですよ?」

「そうなんだ?」

「はいっ。えへへ、なんかいいですよね。特別っぽい呼び方なので!」

「まあ俺も部活やってないしなあ。後輩と言えば、そもそも銅後輩とくらいしか付き合いがないっていうか」

「付き合い!?」

「そこだけ拾って照れんなよ、かわいいから」

「かわいい!?」

「天丼してくるな」

「うぇっへへへー」

「嬉しそうだな、また……いや、いいんだけどさ」

「せんぱいに褒めていただけると舞い上がっちゃうのです。ふわー」

「やめて。ここ屋上。落ちないでよ?」

「まあ、あまり褒められ慣れていないものですから」

「んでまたすぐそういうこと言うし」

「でも事実は事実ですよ? こう言うのもなんですが、わたしはかなり人生が下手なので」

「人生が下手て」

「基本的にルーレットを回しても1しか出ませんし」

「ゲームの話になってる」

「というか車の免許を持っていないので、なんの目が出たところで進まないというか。スタートから微動だにできず」

「あれ別に、実際に車を運転してるわけじゃないでしょ……。あくまでコマの表現っていうか」

「本当に結婚マスが強制イベントなら、人生もっと楽だったかもしれませんよね」

「……どうかな。結婚が必ずしも幸福に繋がるとは限らないと思うが」

「おや、深いことを言うのですね」

「うんまあ、たぶん深いことは言ってないんだけど」

「人生ゲームは奥深いですね」

「基本的には双六でしょう」

「自力では進めなくても、人生って流されて動きますからね。そういう意味では移動はしているというか」

「まあ、流れ流れて屋上へ辿り着く奴もいるからな……」

「そういう意味では、結婚はともかく、人生って割と強制イベントが多いかもですよね」

「いやー……どうなんだろうなあ」

「恋人くらい、強制イベントで作らせてくれてもよいと思うのです」

「銅後輩なら彼氏くらい作れると思うけど」

「はっ」

「鼻で笑わんでも」

「では言わせていただきますが、佐野せんぱいには彼女さんはいらっしゃるのです?」

「いや、……そりゃまあ、いないけど」

「佐野せんぱいなら彼女さんくらい作れると思いますが」

「…………」

「…………」

「……うん、わかった。俺が悪かった」

「ご理解いただけて何よりです」

「ごめん」

「第一、恋人もいない人にそんなこと言われたって説得力ありませんよね」

「悪かったって……意外と容赦ないこと言うなあ」

「佐野せんぱいがちゃんちゃらおかしいことを仰るからです」

「ちゃんちゃらって」

「前も言った気がしますが、わたしのことを好きになってくれるような人はそうそういないのです。これは過去の実績が証明している事実なのですよ残念ながら。残念だなあ……、なんでだろう……」

「急に落ち込まないで。あー、何? 銅後輩は彼氏が欲しいの?」

「そうまっすぐ訊かれると答えに窮しますが。でもわたしだって、恋に人並みの憧れはあるのですよ」

「うーん……。少なくとも俺は、銅後輩のこと大好きだけどなあ」

「――ほあっ」

「小っちゃくてかわいいし、素直だから話してて気分いいし。ちょっと格好つけなとこも含めて面白いと思うし――」

「いえあの、せんぱっ」

「それに結構がんばり屋さんだしな」

「ぁ――ぅ」

「こう言うのもなんなんだけど、実はときどき無性に銅後輩のこと抱き締めたくなるときがあるんだよな俺」

「ぽあっ」

「まあやったら普通にセクハラだからやらないけどさ。常に甘やかしていたいっていうか。なんか、俺の人生でもトップクラスに踊り出るレベルの、庇護欲をそそる感じなんだよ……」

「そ、そんなこと言われてどうしろと……」

「卒業までに一回、抱き締めてもいい?」

「そんなことを言われてどうしろと!?」

「いやこれ本当、不純な動機とかじゃなくて。純粋にかわいがりたいっていうか。純愛? いや、それだと意味変わってくるか。なんだろう。アガペー的な」

「わたしそんなのどう反応したらいいかわかりませんっ!!」

「あはは。まあ半分冗談だけど」

「半分本気ですか!?」

「言ってることに嘘はないよ。そりゃさすがに、本当に抱き締めさせてもらえるとは思ってないけどさ」

「佐野せんぱいは、女の子に対してめっちゃ普通に『抱き締めさせてほしい』とか言いますけど、もしやおばかですか?」

「いや、そういうふうに思われかねないのはわかってるんだけどね?」

「ほかの人にも言うんですか、そういうの……?」

「まさか。銅後輩にしか言わないよ」

「んんんんんんっ!」

「俺が抱き締めたいのは銅後輩だけだ」

「抱きたい女ランキング1位!」

「そういう言い方をするとまた感じが違ってきちゃうけど」

「それは、そのっ、……いや一瞬ちょっと嬉しい気がしましたが冷静に考えるとどうです……?」

「いやでも、どうだろう、銅後輩」

「え。あのっ、何がです?」

「ここらで一回、ちょっと本気で俺に甘やかされてみてくれないかな」

「わたし、人生でそんなお願いを言われる機会があるとは、今日この瞬間まで思いもしてませんでした」

「俺はときどき言ってるけど……」

「あれ……、これわたしがおかしいんです……? なんか自信なくなってきました……?」

「いやでも銅後輩。人は誰だって、好きな誰かを甘やかしたいという思いを、多かれ少なかれ抱えていると思うんだよ」

「そ、そう言われてみればそんな気も……!?」

「親が子を愛するように。愛くるしい動物に慈愛を抱くように。俺は隣人を愛したいと思っている(真顔)」

「せんぱいは器が大きいです……!?(ぐるぐる目)」

「……いいかな?(伊吹はおかしくなった)」

「えっ、あ、あのっ。でもわたしっ、そういうの初めてでっ!?(あかがねちゃんはこんらんした!)」

「大丈夫、優しくするから。それはもう心の底から世界一優しくするから……(イケボォ)」

「ああっ! だ、だめですっ。そんなっ、いきなりっ。心の準備がっ(若干ノッてきた)」

「最近、ちょっとご無沙汰気味でさ」

「欲求不満っ!」

「ほら、こっちにおいで。ちょっとだけ、ちょっとだけだからさ……ほんのちょっとだけ……」

「はわわわわ……」

「よーし、いい子だね。そう。うーん、銅後輩はホントにかわいいなあ。どうしてそんなにかわいいんだ?」

「ふぇあっ。あ、あのっ。……わからないでしゅ……」

「ああ。こんなことなら銅後輩にお弁当でも作ってくるべきだったっ!!」

「しょこまでしてもりゃうわけには……」

「なぜ……、なぜ俺はこんな絶好の機会に、銅後輩を甘やかすすべをほとんど持っていないんだッ!!」

「そ、そんなことに謎の後悔を抱かれましても(ちょっとしょうきにもどったぞ!)」

「くそぉ。俺は今、俺が憎くて仕方がない!」

「な、なんなんですか、せんぱいは。そんなにわたしを甘やかしたいんですかっ」

「当たり前だろ!!」

「(当たり前かなあ……?)」

「もういっそ、ウチに住まないか? 銅後輩」

「住むわけないですけど!?」

「そっか……」

「そんな悲しそうにしないでくださいっ」

「だって! 大好きな銅後輩がせっかく俺に甘やかさせてくれるチャンスなんだぞ!?」

「はうあっ」

「俺はお前をこの世でいちばん幸せな女の子にしたいのにっ!」

「あうあのえとあのあう」

「いったい俺はどうしたらいいんだっ!!」

「ぅあの、えと……せんぱい? あの、なんかもう、よくわからないんですけど、今もう胸がいっぱいといいますか、なんかすごく心がぽかぽかするので……もう充分と言いますか、その……あれ? わたしもよくわかりません……」

「こんなじゃ足りるものか!」

「ああ……。もうせんぱいがわたしの言うことを聞いていない……」

「決めた!」

「決めちゃった……。あの、何を?」

「今日はもう一日、銅後輩に尽くして過ごす!」

「リアクションの仕方がわかりません……」

「さあ、銅後輩! なんでもいい、何か俺にしてほしいことはないか!? なんでも言ってくれ!」

「な、なんでも……です?」

「なんでもだ!」

「迷いがゼロ……」

「どんとこい!」

「えと。あの……それじゃあ、ひとつ、いいですか?」

「なんだ!?」

「わ、わたしのこと……名前で呼んでいただいても、いいですか……?」

「それだけ!?」

「えっと、……はい」

「わかった」

「ど、どんとこいですっ」

「――燐」

「はう」

「これでいいか? え、これだけか……? もっとなんか、いろいろ言ってくれても……」

「いえあの、もうなんか……これで充分っていうか、そのっ」

「もっとなんでも言ってくれ、燐!」

「あひゅあ」

「燐!?」

「ああああのすみませんっ。やっぱりもういいですっ! てかもうやめてください!」

「なんで!?」

「な、なんか今、わたしすっごくしあわせだからです……」

「まだ俺なんにもしてないのに!?」




「――あれ。なんででしょう?」

「いや、俺は知らないけど……」

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銀髪美少女のヒロインなら養ってもいいと思いませんか? 涼暮皐 @kuroshira

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