第五話・サードバースデー
人間が神になるのはこの世界で初めての出来事だった。
森へと転移したアルタナの周囲には、悪意が渦巻き、それが黒い渦となっていた。
やがてそれは大きく育ち、空も大地も覆い尽くしてしまう。
アルタナは、悪の化身を演じた。そして、人類が持つ遍くすべての悪意を司る神格を得てしまった。その代償として、アルタナの心の中に悪意が渦巻き、彼の本質を奪い去ろうとする。
『殺せ、犯せ、壊せ、奪え』
悪意も様々だった。だが、アルタナの心の中でそれは徹底的にアルタナの良心にとって変わろうとする。
「嫌だ! やめろ! やめてくれ!!」
アルタナは黒い渦の中心で、叫び、のたうち回り、必死にそれを押しとどめる。
サードバースデーによって訪れる痛みよりも、心がそれに侵食されていくことのほうがアルタナにとって恐ろしかった。
全身を地面に、岩に、気に、打ち付け、その痛みで無理矢理に正気を保つ。骨は折れ、皮膚は裂け、血が吹き出るが、サードバースデーの肉体再構成により傷は瞬く間に消えていく。
破壊と再生を繰り返し、歪に歪んでいく体は、それ以上の破壊を許容しないためにさらに強靭なものへと組み替えられていく。
避けた額からは悪魔のような黒い角が、力任せに叩きつけられた右腕には龍のような鱗が、それぞれの箇所を覆い尽くしていく。
悪意たちは、アルタナの必死の抵抗を嘲笑し、さらに力を増してアルタナの心を壊していく。
アルタナはそれに抗うが、アルタナにとって絶望とも思える声がそこに響いた。
「お、居たぜ。やっぱりサードバースデーの最中だ。」
「さすがね、アポロン。これで、ようやく深海に平穏が訪れる。」
「任せて、私が……。」
現れたのは、三柱の神だった。
三柱の内、最後に喋った一人が弓に矢をつがえる。
その矢はまるで、月光のような淡い光を発していた。
「射ッ!」
声とともに、矢が放たれ、アルタナの胸を貫く。
周囲の肉も大きく抉れ、死の予感がアルタナを襲った。
「ここで……おわり……か……」
だが、サードバースデーの最中にある肉体はすぐに滅びることもできず、胸に穴を開けたまま矢を避けて再生してしまう。
穴の空いた心臓も、穴を開けたまま機能してしまう。
サードバースデーの最中、その肉体を破壊するには、神ですらそれなりに時間がかかるのだ。ただし、バースデー中は痛みと変化により、反撃ができない。だから、アルタナはその状況に絶望した。
まさにその時だった。
「諦めるな!」
突然、アルタナの周りを障壁が守るように取り囲み、ランタンがその中心に置かれる。
ランタンは下へと向かう光だけを発して、光がまるで冥界への導きのようにも見えた。
ランタンが置かれた場所に、骸骨のような顔をした男が現れる。
「ペルセポネ!」
現れた男、ハデスがそう言って、ランタンを空高く投げると、今度は一人の美しい女が天から降りてきた。
「はい、ハデス様」
女、ペルセポネは呼ばれたことを心底嬉しそうにしながら、アルタナへと向き合いその心臓から、矢を引き抜いた。
引き抜かれた矢は、放たれた時の月光のような光を失って、ただの装飾過多な矢に成り下がっている。
代わりに、アルタナの周囲に渦巻いていた黒い奔流は、今や白と黒に二分され均衡を保っている。
殺すために放たれた矢が、皮肉にもアルタナが自我を保つ助けになってしまったのだ。
それでも、アルタナが立ち上がってしまえば数的有利を失う三柱の神はそれを必死に妨害しようとするが、ハデスがそれを許さない。アルタナとペルセポネの前にハデスが仁王立ちし、攻撃の全てをいなしている。
「ハデス! そこをどけ!」
弓を構えた神は言うが、ハデスは一歩たりとも動かない。
「私が邪魔で、彼を射れないか? 弓の名手の名が泣くぞ、アルテミス!」
それどころか、不敵に言い返してみせる。
「遅くなり、申し訳ありませんアルタナ。でも、あなたの心臓が穿たれ、ようやく冥界とあなたを繋ぐ門が開きました」
ペルセポネはアルタナに申し訳なさそうに告げながらも、全力で、ペルセポネの権能が有する再生の魔力をアルタナに注ぎ込んでいる。
渦は、中央で均衡を保ったまま徐々に、小さく、弱々しいものへと変わっていく。
渦の中で徐々に鮮明になっていくアルタナは、右半身だけが髪を含め黒く染まり、左半身は元の彼のままというちぐはぐな姿へと変わっていた。
そのアルタナの姿を見て、ハデスはほくそ笑む。
「さぁ、反撃開始と行こうか!」
大器晩成という言葉がある……だけどこれはそれが過ぎませんかねぇ! イベリア @iberia
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