第三百二話【我々大衆の敵を富裕層とする。それを言った結果『左』は分断し、我々は国民4割の喝采を獲得するだろう】

 が、「——だがその前に、」とことばを繋ぐ仏暁。「——絶対に『敵』と認定してはならない者達にまず短く言及しようと思う」


「——『極右の先駆者』の失敗から我々が学ぶべきは、『敵』に設定する対象として国内の定住外国人集団を選ぶ事は避けなければならないという事である。この設定では国民の4割をこちら側につける事は不可能であり、日本社会の分断は成功しない。現に我々の敵である『左翼・左派・リベラル勢力』に正義面をされた挙げ句、我々『右』の者達が悪魔化されたのである。というのも『左翼・左派・リベラル勢力』は事もあろうに国家権力たる政府と結託しこれを動かし、我々に攻撃を加えてきたのである。その物的証拠が『ヘイトスピーチ解消法』なる法律の存在なのだ」


「——ただこの法律がいかに悪法であるか、(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887821578/episodes/1177354054887821592『日本には俗に』以下参照)それについてはここでの主題ではない。むろん私は連中をこのままただでは済まさないつもりだが、今は〝〟が誰であるかを指摘する事が優先だ」



「我々大衆の敵を『』とする」仏暁は短く断言した。


 その意外な〝敵指定〟。いかにも左翼が言いそうな物言い。だが仏暁は続けてこう語り出す。

「——それを言った結果、我々は国民4割の喝采を獲得するだろう」


 だが、どよっ、とも場の空気が動く気配が無い。全てが固まってしまったかのようになっている。そんな中委細構わず演説を続けていく仏暁。


「——日本の『左』連中は共産主義や社会主義の看板を掲げていながら富裕層に悪罵を浴びせる事のできない腰抜けばかりだ。どいつもこいつも。誰も目をつけていない草刈り場が目の前にあるのに、黙って眺めている道理があるだろうか? ここは我々の手で刈るべきである」


「——では『極右』を名乗る者が『富裕層』を社会の敵と認定した結果何が起こるか? 正にここが私の真骨頂、十八番だ。即ち『左』側連中という敵勢力の分断が成る!」


「——我々『極右』が『富裕層』に対し激しい攻撃を開始した場合、『左翼・左派』といった者どもが『俺たちのテリトリーを荒らすな』とばかりに今さらながらに自分たちのアイデンティティーに気づき、必ずや我々につられるように富裕層を攻撃し出す」


「——仮に連中が『富裕層』を攻撃しなかったとしたならそれはもはや社会主義者でもなく共産主義者でもない。というのも『富裕層』を左翼用語で表すと『ブルジョア階級』となる。ブルジョア階級を攻撃しない『左翼・左派』などあり得るだろうか? 日和見を決め込んだ場合奴らのアイデンティティーは崩壊しこの世に存在する意味を持たない者どもへと落ちぶれるのである。故に『左翼・左派』は富裕層を攻撃するしか道は選べなくなるのである」


 空気が固まったままのような余韻がなお場内に続いている。

(ヒョロ長、目的のためには『左の思想』も『富裕層』も、何でも利用するつもりなの?)とかたな(刀)。


「——しかし、今し方私が名前を挙げなかった勢力がいる。それが『リベラル』だ。コイツらだけは『左翼・左派』の仲間ではない。〝反日〟をキーワードにして結びついているだけの別種の勢力なのだ。ではコイツらは何者なのか? 自分で自分の事を『リベラル』だと名乗っている勢力は『ネオ・リベラル』勢力である。『ネオ・リベラル』の奴ばらは、富裕層そのものか富裕層の代弁者なのだ!」


「——私がこうまで言うのにはむろん理由がある。『構造改革・規制緩和・自由化』、日本政府の手で実行されてきたこれらの『改革』と銘打った社会破壊、あるいは社会をアメリカ化させたとも言えるが、『リベラル』勢力はこうした悪行を非難する事もせず、逆に応援してさえいた。その代表格が『構造改革・規制緩和・自由化』に賛意を示し続けてきたASH新聞なのだ。これまであの新聞が書いてきたあまたの社説こそ奴らの本質が富裕層の味方であるという物的証拠であり、それを今さら無い事になどできない。メディアは、リベラルは、大衆の側に立たなかった! リベラルは『ネオ・リベラル』だった!」


「——メディアが『ネオ・リベラル』である以上、この日本社会に反対勢力は事実上存在しない。かくして日本政府の『改革』は順調に進んだ。『構造改革・規制緩和・自由化』を利用する事に長けた人間は富裕層となった。しかし低成長時代においては、誰かが富裕すると別の誰かが没落するのは道理である。『改革』の結果は〝富の移動〟が起こっただけだった。それを正当化するための4文字熟語が『自己責任』である。かくして日本の『中産階級』は没落し、一億総中流社会は〝古き良き日本〟と成り果て、貧富の格差は現在進行形でなお拡大中である。やはり『リベラル』は『ネオ・リベラル』なのである」


「——つまり、我々が『富裕層』を敵に設定し激しく悪罵を加えた場合、日本の『左』連中は、『左翼・左派側』と『リベラル側』とに分断されるのである」


「——さて、そのASH新聞だが、そうならないよう心がけ始めたのか、昨今、タワーマンション相続を引き合いに、『富裕層』に対し距離をとりだし日和見を始めたようであるが、これは専ら〝最高裁判決〟というお墨付きあっての事で、報道企業として無視を決め込むのも不自然で触れざるを得なくなっただけと言える。連中の性根が今なお『ネオ・リベラル』という富裕層に都合の良い価値観を信奉しているというその証明は、連中が紙面に掲載している記事から読み取れる。『日本から外国へと移住する日本人の特集』を連載記事として組むほどであった」


「——これは別に海外で生活できる富裕している者達の特集というわけではない。逆に生活のために海外へ出て行った日本人ばかりを特集していたのだ。『住みにくい日本から住みやすい外国へ——』と、日本人に〝移民〟という選択肢を選ぶよう煽っているかのようなシロモノなのである」


「——私が思わず頭に描いたのは『南米移民』『アメリカ移民』『満蒙開拓団』であった。国内の貧しい者は外へ出してしまえば貧富の問題は解決できる、という発想にしか見えなかった。どこへ移民しても移民した日本人達はとてつもない苦労を強いられ現地で迫害すらも受けたというのにな! ASH新聞は事あるごとに『歴史!』『歴史認識!』と、『俺達ほど歴史に詳しい者はいない』と言わんばかりの態度だが、そうした態度故にを感じるのである」


「——諸君の中にそうした見え透いた悪意に乗せられる者はいないと思うが、日本には古くからの戒めのための格言がある。『』という。この極近現代においてすらコロナ禍でアジア人が欧米で危害を加えられた事例は少なからず報じられてきたし、東南アジアにしても『海外に移住するほどだから金持ちだ』と、そう受け取られる事だろう。『俺の国に住む外国人の金持ち』などと現地の住民に思われて良い事が起こるかどうか、記事を書いた連中はそうした想像力すら持ち合わせていないのだろうか?」


「——さらに決定的な記事が比較的最近のASH新聞に載った。或る会社員がいた。大手企業の社員で『40代半ば過ぎくらいから仕事に情熱を持てなくなった』のだと言う。そうして〝第2の人生〟と称すると、そうした訓話めいた記事であった。そこで諸君に訊こう。こんな報道に記憶はないだろうか? 大手酒造メーカーの〝〟が、その会社一筋の社員達に対し『45歳定年制』なる制度を設けた記事である。結末は本能寺であった」


「——この社長に限らず、『これから給料を上げなければならない世代を会社から叩き出す事ができたらその分の人件費が浮き、浮いた分が会社の利益となる』と、不埒な事を内心で考えている経営者はこの日本社会の中にまだまだいる事だろう。なにせ『ネオ・リベラル』という価値観が支配して久しいこの日本社会だ、『そんな会社経営者など一人もいない』と考える方がどうかしている。いるに違いないのだ。こうした会社経営層にとってASH新聞の『40代半ば過ぎくらいから仕事に情熱を持てなくなった』なる記事は実に好都合な記事である。『君も新しい道に踏みだそう!』と調子の良いことを言って体よく会社から追い出せるのだからな!」

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