第三百三話【恐怖の『永久能力主義』】
「——『40代半ば過ぎから会社に見切りをつけ、積極的意志を持ち第2の人生を始めた』という趣旨の新聞記事、『45歳定年制』という会社ルールの変更、ここからは〝労働者を守る〟という価値観がうかがえない。明らかに『左翼・左派』とは異質の価値観である」
「——果たして『左翼・左派』といった連中は自称リベラルな『ネオ・リベラル』な者どもと対決する事ができるだろうか? 戦わない場合『左翼・左派側』が大衆の信用を失い絶滅するだけだから我々としては願ったり叶ったりである。あるいはこの両者が〝殺し合うほどに互いを憎しみ合う〟のもなかなかの展開だ。どちらに転んでも面白いとしか言い様がない」
「——ただ我々『極右』は日本の『左』側連中を煽っただけで満足しそこで終わりにしてはならない。現代日本を支配する『ネオ・リベラル』の奴ばらと対決し、奴らを地獄の業火の中に叩き落とすべきである。ターゲットを間違えさえしなければ我々『極右』による大衆の4割獲りがいよいよ現実味を増してくるのである」
「——と、威勢よく言ってみたが、『ネオ・リベラル』とはそもそもどういう価値観なのか? それが解っていないと攻撃のしようがない」と盛り上げておいて一転、仏暁は気の抜けたような事を言う。
(あらら、)とかたな(刀)も。
「——先ほど少しだけ触れたフレーズ、『ネオ・リベラルな奴ばらが「構造改革・規制緩和・自由化」を押し進め日本社会を破壊してきた!』では、どういう感じで悪い連中なのか、ほとんど誰もピンと来ないだろう」
「——と言うのも『改革』『緩和』『自由』などと聞けば、どの語句にもポジティブな意味が含まれているため、一見悪い事をしているようには思えないのだ。そこが奴らの狙い目なのである」
「——そこで私が『ネオ・リベラル』なる価値観の真の中身を、これ以上ないくらいに短いことばで定義してみよう。それは『能力主義』である」
「——『能力のある者が活躍しやすいように社会構造を改革する、規制は緩和する、そうして能力のある者に活動の自由を与えたらなら社会は活性化しより良い社会になる』、単語ではなく、文章で説明するとこうなるであろう。もう少し短くするなら『能力のある者が報われる事こそ合理的である』となる。これが『ネオ・リベラル』という価値観なのである。こうして話してみると、たいへん結構な価値観のように聞こえる、」
「——だがこの価値観から弾かれてしまう者、即ち能力を欠き経済的弱者となってしまった者にはもれなく『自己責任』ということばが贈られる。『今のお前の状況はお前が能力を高める努力を怠ったせいだ』、というわけだ」
「——しかし脳天気な者というのはいる。『そうした価値観の下では旧弊でしかない〝年功序列〟は否定され〝真に実力のある者〟が報われる!』などと抜かす奴らに贈ることばは、『自惚れるな』意外には無い。言った奴が〝若者〟なら、それは一字違いの〝バカ者〟であるとしか言い様がない。支配層にとって都合のいい価値観を、支配もしていない、いやむしろ支配されている側の者が信奉する理屈などどこにも見当たりはしない」
「——と言うのも『能力主義』とは実は『永久能力主義』に他ならない。それは『今この時この瞬間、利益をもたらさない奴は要らん』という〝主義〟である。それは過去の能力がどうであれ、という事なのだ」
「——さて、少し考えてみよう。年功序列の結果、現在組織の上に地位にいる、一見たいして能があるように見えない人間も、最初からそうだったのかどうかを。仮にその場が東証一部上場企業なら〝かつては能があった〟と考えるのが真っ当な頭を持った者の思考である。『ネオ・リベラル』という価値観の下ではそうした人間がこれまで悪戦苦闘してこなし成した過去の実績・過去の功績は一切顧慮されず冷酷な通告が成されるのだ。その冷酷な通告とはこうだ。『人間は生きている間は永遠に有能でいろ』。有能とはむろん『組織に利益をもたらせる人間』という意味以外には無い。それが『ネオ・リベラル』という価値観の真の正体なのである」
「——この価値観は支配層にとってよほど都合が良いのか、衰えるどころかさらにそれを暴走させるところにまで至り、この日本社会は際限なく狂っていっている。現在進行形でだ! これだけの格差社会を造っておきながら尚これはまだまだ終わってはいない! 『ネオ・リベラル』という価値観を象徴しているとしか言い様のない、今まで聞いた事もない語彙が既に我々の前に現れている、それが『リスキリング』なのだ」
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