第三百四話【リスキーな『リスキリング』】
「——『リスキリング』、これは断じて放置できない問題である。昨今日本政府が『学び直し』『リスキリング』などと言い出し始めている。別にこれは〝趣味の園芸活動〟であるとか、その手の人生を豊かにするための趣味活動を国家が勧めているわけではない。ここは手短だが解説をしておく必要があるのかもしれない。『リスキリング』とは次の時代の働き方に向け新スキルを身につける事であり、そうした新スキルを習得することで既存の業務から離れ、今までとは別の業務に就く事を目標 とする価値観である」
「——つまりカネに換金できるスキル、そうした新たなスキルを独力で身につけろと、しかも歳に関係無く身につけろと、我々大衆に向かって日本政府はそう要求しているのである」
「——確かに『歳に関係無く』などと聞けば、アンチエイジング好きな日本人、一見立派で好ましい事を言っているように見えてしまう事だろう。目的意識を持った者はやればいい。我々はそうした個人を叩くような野暮な真似はしない。それができる者はいる事はいるのだ。だがポジティブにできる者とネガティブにしかできない者とがいる。ポジティブ・ネガティブの区別は簡単だ。前の仕事に比べ収入が上か下かだ」
「——今までの既存の業務から離れ、新たなスキルを身につけ、これまで経験した事も無いような仕事で却って前より収入が上がるなどと言う事は滅多に起こらない。〝今までの続けて来た既存の業務から離れ〟だぞ! しかも四十代半ば過ぎからこれをやれと! 私が思いつく限りではサラリーマンを辞めて小説家になっただとか、それで創った作品が売れに売れたという、ほとんどレアケース中のレアケースしか思い浮かばなかった。具体的には〝松本清張〟といったところだ。こうした極少数者が〝ポジティブにリスキリングできる者〟だ」
「——逆に『ネガティブにしかリスキリングできない者』の場合について考えた時、『非常にありがちなケース』が簡単に思い浮かんだ。こうしたパターンでは収入が前より上がる事はほとんど考えにくい。今までの仕事をクビになり、これまでの経験を生かせるような他の仕事が見つからない。そこで〝しかたなく〟介護の資格を取るだとか、こういったケースである。別にこの仕事に対する情熱があるわけではない。生きるためにしかたなく、だ。そのため一応は新スキルだけは習得するものの、元来がこうした仕事に就くべきではない性質の人間までが多数紛れ込む結果となるのだ」
「——国家権力が年齢お構いなしに己の能力を己自身の力で向上させるよう、国民の意識改造に手を染め始めた事を軽く扱い見逃してはならない。これはカルトの洗脳に等しい。こうした価値観が社会常識化したなら事は穏便には済まないぞ。ここにあるのは『自己責任論再び』である」
「——かつてこの日本社会で流行語となった『自己責任』という支配層にとって実に都合の良い、しかし大衆にとっては悪魔の四字熟語でしかなかった存在が再びチラチラ見え隠れし出している。現在『今のお前はカネになる新たなスキルを身につける事を怠ったお前の自己責任だ!』これを言いやすい社会を造らんがための布石を打っている最中と見て間違いない」
「——『今までに積み上げたスキルをさらに研鑽し高める』、と言うのなら解る。日本人にとっては『道を極める』という価値観はお馴染みだからだ。——だが『今まで積み上げてきた事とは全く別の、カネを稼げるスキルを中高年になってからでも身につけろ』と、畑違いの要求するに至っては、『道』は道でも完全に道を踏み外している〝外道〟と断ずる他ない。この『リスキリング』という悪魔の語彙を誰の口が喋っているか、我々は喋っている奴らの顔を全て覚えなければならない。そいつらは我々大衆の敵なのだ」
「——と言うのも決定的なのはこの『リスキリング』を唱えているその連中が、自らは『リスキリング』しないという紛れもない事実である。あるいはできないと言った方が正確なのかもしれない」
「——大事な事なので何度でも繰り返すが、『リスキリング』とは次の時代の働き方に向け新スキルを身につける事であり、そうした新スキルを習得することで既存の業務から離れ、今までとは別の業務に就く事を目標 とする価値観である」
「——こうした価値観を我々大衆に押しつける政治家どもは今までとは別の業務に就く事が可能な程の新スキルを習得する事ができるであろうか? 例えば現代の政治家に必要なスキルは〝英語力〟と言われる。英語力が無いと就けない大臣ポストというのはある。しかし、一見たいそうなスキルに見えて、そのスキル、20代で身につけたスキルではないのかね? 留学なんてのは大半がその頃だ。せいぜい延ばしても30代前半か。20代や30代で身につけたスキルで一生食っていけるのかあいつらは、と考えたらなんだかムカムカしてこないかね? あいつらは中高年になっても新スキルなど身につけなくてもいいんだからな」
「——『政治家は選挙で落ちる可能性があるではないか』、と言う者もあるいはいるのかもしれない。だがしかし『世襲の政治家』なんて者どもがいる。仕事をするに当たって必要なスキルを親からマンツーマンで受けられた連中だ。そんな奴らが我々大衆に向かっては『お前達は何歳になろうと食っていくためのスキルを自分の力で身につけろ!』などと抜かしている」
「——同じ事は社長といった企業経営者にも言える。特に大企業を渡り歩く『雇われ社長』だ。既存の大企業を渡り歩いているだけで、自らは造れない。ではお前に何かまったく別のスキルがあるのか? と問いたい。そしてその問いの答えは決まっているものだ。実のところ支配層ほど『リスキリング』などする意味は無い。というのも他のスキルを身につけて別の業務などに就いたら支配層ではなくなるからそもそも他の業務に就くための別のスキルなど身につけようとする意志さえも持ち合わせていないのだ」
「——支配層の奴ばらは既存の業務から離れ別の業務に就けるスキルを習得する能力も意志も無いくせに我々大衆には自分達のできない事を平然と『やれ』と要求する。なにが『リスキリング』だ。そんなものができるのかどうか、支配層がまずやってみせてみろ! 我々大衆は支配層の宣伝にそう易々と乗せられはしない。奴らができないのにどうして我々にはできる事になっているのだ? もしそういう事にするのならば我々大衆の方が優秀で支配層は無能という事になる。社会を支配するのが無能どもならそんな無能どもは速やかにその地位を失うべきである」
「——まったくリスキリングとはよくも言ったものだな。既存の業務から離れ別の業務に就くなど、そんな行為をして成功するなどめったには起こらない。これこそリスキーな道。支配層は決して選ばない道。まったく名は体を表すとはよく言ったものじゃないか!」
(すっごい悪口雑言、でもなんだかスッとしてしまうのはなぜ?)と思ってしまうかたな(刀)であった。
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