第五十七話【A級戦犯の名は?(ただし連合国の)】

「ソビエト連邦最高指導者『ヨシフ・ジュガシヴィリ』、アメリカ合衆国第33代大統領『ハリー・トルーマン』は人道に対する罪を犯したA級戦犯です」天狗騨記者は宣告した。


(こいつ本当に公言しやがった!)リベラルアメリカ人支局長は驚嘆しある種の動揺を自覚した。と同時に猛烈に腹が立ってきた。

「なにが『ジュガシヴィリ』ダッ! 『スターリン』と言わネバ誰だか解らナイ!」思わずそう口からほとばしり出た。アメリカ人の立場としては『アメリカだけを的にして攻撃された』と思うしかない。


「遂にアメリカ人も『スターリン』が非難できるようになったのですか?」天狗騨記者は言った。これは強烈な嫌みである。

 天狗騨記者が一連のバトルの中で既に指摘したように、一般論としてアメリカ人・アメリカ社会ではレーニンは非難できるがスターリンの非難はタブーなのであった。〔第四十八話【『レーニン』は罵れるけど『スターリン』は罵れない人たち】https://kakuyomu.jp/works/1177354054891416223/episodes/1177354054897911915参照〕


 しかしリベラルアメリカ人支局長は怒りで我を忘れるといった感情に支配されてはいなかった。

(ふん、これは読み通りに過ぎない。『連合国にA級戦犯がいる』と抜かす以上はトップを狙ってくるのはある意味当たり前だ)と同時に究極の反撃方法が期せず目の前に転がってきたと思っていた。

(やはり〝語るに落ちる〟とはこのことだ)

 リベラルアメリカ人支局長はさらに考える。

(こいつの言わんとしていることなど予想がつく。ここは敢えて言いたいことを言わせた上での大逆転狙いだ! お前の『正義』を言えば言うほどお前は窮地に陥る。お前自身のことばがお前を地獄へと追い込むのだ!)

 とはいえこの考え、どこか自分達の行状を忘れているようなところがある。ある意味『慰安婦問題』で懲りてない。


 さて一方、天狗騨記者はそんなリベラルアメリカ人支局長の〝戦術〟などどこまで解っているものか、蕩々と持論を展開し続けていた。

「スターリンは日ソ中立条約を破りました。スターリンは条約破棄を宣言した直後に日本に戦争を仕掛けてきたという意味です。条約を破り戦争を始めたわけですから当然『平和に対する罪』となります」


「『人道に対する罪』はどうナッタノダ?」


「『スターリンの味方だ』と、そういうレッテル貼りを避けるため、まずこれから持ち出しました」


「フン、第二次大戦ではアメリカ側カラ撃ってはいないカラナ、アメリカに『平和に対する罪』は絶対当てはまラナイ」

 リベラルアメリカ人支局長は〝日本の方から理不尽な攻撃を受けたのだ〟との寓意を含んだ返答で返した。

 しかし実は『フライング・タイガース』の件で突っ込もうと思えばできた。

 アメリカ製の戦闘機を中国国民党軍に供与し中国国民党軍のペイントを施す。その戦闘機をアメリカ人パイロットが操縦しアメリカ人整備士が整備していた、という〝偽装アメリカ軍〟問題である。

 真珠湾攻撃、その半年前にアメリカは既に対日戦争に参戦していたのではないか? という突っ込みは成り立つのだが、ここではそれを末節と判断し天狗騨はスターリンに集中した。


「スターリンの犯した『人道に対する罪』は捕虜とした日本人を強制連行・強制労働させた〝シベリア抑留〟です。その数200万人。うち40万人が死亡。紛うことなき大虐殺でした。スターリンがA級戦犯であることは疑いの余地がありません——」ここで突如天狗騨が大きな声を出し、言った。

「ヨシフ・スターリン、デス・バイ・ハンギング!」


 リベラルアメリカ人支局長はたじろぐ。すぐ目の前にいる人間が唐突に叫んだのだから当然である。率直に言って狂気すら感じた。


「次はトルーマンです。もちろん1945年8月の広島・長崎への核攻撃が『人道に対する罪』に該当します。1945年年末までに広島では14万人が死亡、長崎では7万人が死亡しています。紛うことなき大虐殺です。同じようにA級戦犯であることは疑いの余地がありません——」再び天狗騨大きな声を出した。

「ハリー・トルーマン、デス・バイ・ハンギング!」


(ふざけやがって!)


「もちろん日本人捕虜の強制連行・強制労働に携わったソビエト連邦の軍人、広島・長崎への核攻撃に携わったアメリカ合衆国の軍人も当然『人道に対する罪』を犯した戦犯となります」


(いったい何人の連合国関係者をA級戦犯にするつもりか————)


「もっとも、非戦闘員の無差別虐殺や捕虜を強制労働させることは事後法である『人道に対する罪』に拠らなくても従前からの国際法違反なのですが、これでは死刑にはできません。『人道に対する罪』を使うと死刑が可能となるのでこちらを使いました」

 死刑肯定論者である天狗騨にはこの点に関して矛盾は無い。そしてリベラルアメリカ人支局長は歯ぎしりする。

(敢えて〝事後法〟を強調しやがったな——)


 さらに天狗騨はこんなことまで口にした。

「——連合国の戦犯を裁かずに東京裁判を途中で終わらせたのは間違いでした。『人道に対する罪』は誰に対しても適用される! 連合国が連合国の戦犯を自らの手で裁いて絞首刑にしていれば見事これが証明され連合国の正義は揺るぎないものになったでしょうに、非常に残念なことでした——」


「な……」と思わずリベラルアメリカ人支局長の口から声が漏れた。


「しかし今からでも裁かれなかった連合国の戦犯を裁くため、東京裁判を再開することはできる!」

 このもの言いにリベラルアメリカ人支局長の内心は戦慄と怒りばかりで満たされたものの僅かに怒りがまさった。

(後で吠え面かくなよ!)

 しかし天狗騨は東京裁判を再開し連合国のA級戦犯を定めることの意義を堂々展開し続けている。リベラルアメリカ人支局長は言葉尻を捉えるため怒りに打ち震えながらもただひたすら忍耐を続けていた。反撃方法が既に頭の中にあるからこその忍耐だった。後はいつ繰り出すか、そのタイミングだけである。しかしさすがに堪忍袋の緒が限界に近づきつつあった。

(撒き餌でも撒いてみるか)そう思った。


「トルーマンの前、ルーズベルトは戦犯ではないのダナ?」リベラルアメリカ人支局長は訊いた。


「アメリカ合衆国第32代大統領ルーズベルトについてですか。この人物は〝東京大空襲〟に象徴される都市に対する無差別空爆で民間人を大量に虐殺するという『人道に対する罪』を犯しています。しかし東京裁判の始まった1946年5月には既にこの世の人ではないので裁きようがありません。生きていればA級戦犯は間違いのないところです」天狗騨記者はそう答えた。


(よし今だっ!)リベラルアメリカ人支局長が動く!


「そういう意味ではスターリンもトルーマンも既にこの世の人ではないわけダガ、あくまで1946年5月に存命していたかドウカ、それが基準というワケカ?」これはリベラルアメリカ人支局長の本格的な反撃の始まりだった。


「その通りです」天狗騨はあっさりとそう返答した。


(完全にかかったな!)


 おもむろにリベラルアメリカ人支局長は口を開く。

「スターリンもトルーマンも一国のトップだ。では日本のトップは誰かといえバ昭和天皇ではナイカ。ひとつ訊くがテングダ、昭和天皇はA級戦犯カ?」


 その問いに社会部フロアは一気に空気が凍り付いたようになった。その問いの恐ろしさを誰もが理解していたからだ。これこそが究極の反撃方法だった。日本の政体は君主制でありトップが君主、ナンバーツーが首相というこの構造を使い、リベラルアメリカ人支局長は究極の攻撃を仕掛けてきた。

 さらにリベラルアメリカ人支局長がとどめ的に口にした。

「昭和天皇は1946年5月には存命だっタナ」


 天狗騨が今やり合っている相手は外国の新聞記者。返答次第によってはセンセーショナルな記事にされる可能性もある。


 これは命懸けの返答になる! 誰もがそう思った。果たして天狗騨の返答やいかに?


 しかし当の天狗騨記者はまったく表情も変えずその内心はまったく読み取れない。

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