第四十一話【人質司法・リベラルアメリカ人支局長の逆襲】

「日本軍慰安婦像の隣に米軍慰安婦像を建てましょう。そう、カリフォルニアの全ての慰安婦像の隣に」

 これを口火とする天狗騨記者の米軍慰安婦問題での攻撃は熾烈を極めた。

 だがその内実は天狗騨が一方的に喋り続けただけの不毛そのもの。しかし天狗騨とて本日二度も延々同じ事を喋り続けて面白いはずも無い。


 なぜこんなことになったのかといえば、リベラルアメリカ人支局長が米軍慰安婦問題で決して謝らないからである。反論めいたことのひと言でも言ってくれれば天狗騨もそこを足がかりにできたのだが、あたかもリベラルアメリカ人支局長は黙秘権を行使したかのように振る舞い続けた。

 だが決してうつむくことはせず、その間ずっと鋭い眼光を放ち天狗騨を睨みつけていた。


 天狗騨が『慰安婦対米非難決議案』(第二十八話【米軍慰安婦問題  アメリカ合衆国下院は『慰安婦対米非難決議』を採択せよ!】https://kakuyomu.jp/works/1177354054891416223/episodes/1177354054893334452参照)を朗々と読み上げた時でさえ激高を表面には現さなかった。敢えて誉めことばを使って表現するならこのアメリカ人は実にタフだった。



 なぜ彼はここまでタフになれたのだろうか?


 これは今慰安婦問題を声高に叫べばアメリカ合衆国も無事では済まない情勢であることを、このリベラルアメリカ人支局長が理解しているからであった。そして危機感を覚えているのはなにも彼限定というわけでもない。

 『慰安婦問題』とは一般的なことばで表現すれば〝軍隊と性の問題〟であるが、この手の問題が近頃奇妙な情勢になっている。

 大韓民国がイギリスというまったくの第三国で〝軍隊と性の問題〟で糾弾を受け始めた。

 こちらの〝軍隊と性の問題〟は名を『ライダイハン問題』という。ベトナム戦争時の韓国兵とベトナム人女性との混血児の問題が二十一世紀が始まって十五年以上過ぎてから突然噴出し始めたのである。


 〝軍隊と性の問題〟を持ち出せば大韓民国は連戦連勝、アメリカや欧州のメディアや政治家、それに国際機関などがことごとく韓国側に立ち日本を非難。日本を絶対の悪玉に出来たものだったが雲行きはにわかに怪しくなってきている。


 これはひとつの仮説である。大韓民国が声高に慰安婦問題を追及しなくなれば、即ち温和しくなれば、慰安婦問題は収束するほかなくなる。

 そして今や慰安婦問題の収束は米軍慰安婦問題を抱えるアメリカの利益である。そしてイギリスという国はアメリカの、古くからの特別な同盟国である——



 天狗騨は天狗騨でこのアメリカ人に非常に頭に来ていた。彼はアメリカ合衆国は米軍慰安婦問題で謝罪と補償をする義務があるという強固な価値観を持っていた。だがしかし日本を慰安婦問題で激しく糾弾してきたにも関わらずアメリカンジャーナリズムはその要求には応じない。

 日本の場合もアメリカの場合も同じ韓国人元慰安婦が証言する慰安婦問題である。日本人には『謝れ』と言いながら自らは決して謝ろうとしないこのアメリカ人の態度は人間の風上にも置けぬ、と、天狗騨はもはやそこまで断じていた。そう、ほとんど悪魔扱いであった。


 だがさすがに天狗騨記者の米軍慰安婦問題追及も、話すネタは尽きてくる。攻勢限界が来た正にその時、リベラルアメリカ人支局長が逆襲を始めた。彼は表面上は温和しかったがその心中は天狗騨に対する憎悪の炎が燃えさかっていたのだ。



「日本人が人権問題でアメリカ人に説教とハずいぶんと偉くなったモノダ。シカシ人権問題ナラこちらニモ日本ニハ注文がアル」リベラルアメリカ人支局長は言った。


 『慰安婦問題』を『人権問題』と言い換えた。これこそがリベラルアメリカ人支局長の策略だった。『人権問題』という広義の問題にすり替え、主題の転換を謀ったのである。



「日本の刑事司法制度 は海外カラは極めテ「異質」デ信じガタイものダ!」


「唐突ですね」天狗騨記者がことばの棘を隠そうともしない語調で言った。


「唐突ではナイ、同じ人権問題ダ! 取り調べニ弁護士の同席を認めていないナド全く信じがタイことダ!」


 こう来たか。天狗騨は思った。



 NS自動車という、日本に本社のある大手自動車会社の会長CG氏が会社のカネを私的に流用した容疑で逮捕された。

 この逮捕劇はフランスの自動車会社RN社が傘下にあるNS自動車の完全子会社化を画策したことが発端であり、この逮捕劇はNS自動車の完全子会社化を阻止せんがための日本政府の国策捜査ではないかという説が公然と流布された。

 そのような中、日本の司法制度が外国政府と外国メディアから激しい非難を受けた。


 非難の柱は以下の二本だった。

 ・取り調べに弁護士の同席を認めていないこと

 ・勾留する期間が長すぎること 


 このうち一本は被疑者CG氏が彼の出身国レバノンへと不法出国したことにより、『やはり保釈などせずそのまま勾留しておくのが正しかった』と証明されてしまい、こちらの柱は既にポッキリ折れていた。

 しかし残る一本の非難の柱は健在である。



「ココは共産主義の中国の出来事カ? いや、資本主義のハズの日本ダ! この国デハ弁護士の立ち会いなしデノ過酷な取り調べが毎日続くノダ! まったく日本の人権軽視の司法制度はグローバル化の潮流トノ隔たりが無視できないレベルとなってイル! アメリカを始メ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、そして隣の韓国も取り調べに弁護士の同席を認メテいるノダ! いかに日本が異常かが解ろうトいうモノダ! 日本はグローバルスタンダードに合わせるよう司法改革をスベキダ! 日本人が人権について語る資格を得るノハその後ダッ!」

 リベラルアメリカ人支局長の正に怒濤の逆襲だった。


「確かに人権感覚溢れる価値観です」天狗騨は平坦な声で言った。


「なんダその〝溢れる〟という棘の言い方ハっ! 人権軽視を直視したくないノカ⁉」リベラルアメリカ人支局長が起伏にあふれ過ぎた声で噛み付いてきた。


「確かに取り調べに弁護士同席を認めないことに対する批判は甘んじて受けなければなりません」天狗騨は答えた。


 リベラルアメリカ人支局長はそのことばを聞いてニヤリと笑った。

「ようやく日本が人権後進国ダト認めたカ!」

 とうとう天狗騨を屈服させたことにご満悦のリベラルアメリカ人支局長である。で、あるのでさらに調子に乗った。

「NS自動車の会長逮捕、あの事件ハ国際基準に照らシテ日本が異常であるコトを世界に広く知らシメタノダ。グローバルスタンダードに適合スル刑事司法に見直すきっかけにスベキダ! あれコソが『人質司法』ダッタ。オット、そんなネガティブな名詞を貼り付けると『ネーム・コーリング』にナルンだったカナ?」

 その笑顔は正に憎悪の具現そのもの。完全なリベラルアメリカ人支局長の意趣返しだった。


 しかし、こうした不利な状況からの立て直しこそが天狗騨の本領であった。

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