お金をたべる男の話

ジュオミシキ

お金をたべた

ある男がいた。

男はあまり物欲がなく、貯金を趣味とするほどだった。

さらに重度のワーカーホリックで、一日中仕事をしていても平気だった。

稼いでは貯金、稼いでは貯金、そんな日々を過ごしていく。

そうして男の貯金はみるみる増えていった。



ある日のことだった。

食べれないのだ。

今まで普通に食べていた物が。

男は食にもあまり興味がなく、三食コンビニ弁当や、ひどい時には一日何も食べずに仕事をしていた。

そんな男がいつもの通りにコンビニ弁当を食べている時、ふと気づいた。

美味しい、不味い、ということではなく、

全く喉を通らない。

変だと思ったが、一日何も食べない時もあるので、男は気にせずにそのまま食事をやめた。


何日か経って、それでも何も食べられないので、男は病院に行った。

検査結果は異常なしだった。

おかしいとは思いながらも、異常がないと言われてはどうしようもないので、そのまま帰ることにした。


男が会計を済ませようと財布を取り出した時、それは起こった。

おいしそう

そう思った。

男の手には財布から出したばかりの一万円札があった。

無性に腹が減った。

男は会計を済ませようとするが、

なぜか一万円札を渡すのが惜しくなってきた。

そのまま少し固まっていた。

受付の人に声をかけられ、ハッと我に帰り、自分が一万円札を離していないことに気づき、

慌てて離し、逃げるように病院を後にした。


男が家(と言ってもちゃぶ台くらいしかない、殺風景で狭いアパートだが)に着いたとき、その手には封筒が握られていた。

中にはぎっしりと一万円札が詰まっていた。

男は病院の帰りに何故かお金を下ろしていた。

ほとんど無意識のようだった。

男は部屋に入り、手に握られている封筒を開けた。

中から一万円札が流れ出てくる。

不思議と食欲が湧いてきた。

一万円札に自然と手が伸び、そのまま口に運んだ。

おいしい。

男はそう感じた。

これまでにないくらい、いや、食にもあまり興味がなかった男には初めてと言っていいほど、おいしいと思った。

そのまま無我夢中で目の前の一万円札を口に運んでいった。

気づけばさっき下ろしたばかりの20万がきれいさっぱりなくなっていた。

もっとたべたい。

男はそう思い、さらにお金を下ろしてきてたべた。


しばらくして、男は考えた。

自分はお金をたべている。

それがおかしいことは男にも分かっていた。

しかし、結果的に今お腹はいっぱいで、今までにないくらい、おいしいと感じることもできた。

男はそれからお金をたべるようになった。


色々たべてみて分かったことがある。

まず、お金は金額が高くなるほどおいしくなる。

一万円札ではなくても、百円硬貨でも千円札でも問題なくたべることができた。

しかし、最初に食べたのが一万円札だったので、百円硬貨や千円札では物足りなく感じ、もっぱら一万円札をたべるようになった。

十万円金貨というのもあるらしく、どんなにおいしいだろうかと想像している。

いつかたべてみたい。

ちなみにキャッシュカードなんかはたべられなかった。

どうやら現金のみらしい。

次に財布について。

最初は新鮮(?)な物が良いのではないかと思い、銀行から下ろしたてのものをそのままたべていたけれど、ある寒い日、どうしても外に出たくなくて財布に入っていた千円札をたべた時に気づいた。

財布に入っているお金が特別においしい。

千円札でも一万円札に匹敵する、いや、もしくはそれ以外のおいしさになっていた。

財布に入れていれば入れているほどに、また、財布が古いほど、お金はおいしくなっていった。

それから男はお金を下ろしてすぐたべるのではなく、財布にしばらく入れておいてからたべるようになった。

おかげで男の殺風景だった部屋にはたくさんの財布が置かれるようになった。

そして3つ目に、外国のお金もたべれるが、日本のお金が一番おいしい。

生まれ育ったところだからだろうか。

ふるさとの味とは多分こういうのではないのだろうけれど、男にはこれがふるさとの味だった。

そして最後に、古いお金もたべることができた。

同じ一万円札でも今使われているものと昔使われていたものでは味が違い、

色々な味が楽しめた。

小判なんかもたべることができて、いろんな時代のお金をたべてみた。

貝殻は流石にたべられなかった。



お金をたべるようになってから、男はより一層仕事に励むようになった。

なにか欲しい物を買うためのお金を貯めるためでなく、

お金自体をたべるために。

もともと貯金はかなりあったが、それでも男は働き続けた。

そうして稼いではたべ、稼いではたべを繰り返していくうちに気づいた。

男はお金をたべている限り死ぬことはない。

それを知ったのは男がお金をたべ始めてから150年経ってからだった。

男は世界一の富豪に上り詰め、どんどんお金をたべていった。

それにより世界の経済は大混乱、世界規模の戦争まで起こるようになった。



このまま男は世界中のお金をたべ尽くしてしまうかに思われたが、その時はある日突然やってきた。


「世界規模の改革が起こりました。貨幣制度を廃止し、全世界完全キャッシュレス化に踏み切ることが発表されました。繰り返します。世界規模の……」


お金をたべる男のあっけない最期だった。



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これはキャッシュレスの波に乗れなかった男の話

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