第14話 不穏な影

「で――――犯人は見つかったの?」


 男はため息交じりに言った。


 海沿いの街サイラスの地下にある洞窟。ごつごつとした壁面にはいくつかの部屋がある。その中の一つ、一際大きな部屋からは、明かり用の魔石が放つ淡い光が漏れ出していた。室内の中央に設置された高級なソファには、灰色のマントを纏い、フードを目深にかぶった小柄な男が座っていた。歳に似つかわないその体躯は十代かそこらの少年を思わせる。だが、その小さな体から発せられる、物々しく、邪悪な雰囲気はただものではない。


「い、いえ・・・・・・それが・・・・・・その・・・・・・まだでして・・・・・・」


「あれだけ人数がいたのに何もできなかったって、いくら下っ端とはいえどうかと思うんだけどなあ。商売道具だけじゃなく金も奪われたし。奪うのが仕事の盗賊が逆に奪われるってどういうこと?これは流石に笑えないよ?ねえ分かってるの?」


 マントの男の声に怒気がこもる。硬い地面に正座させられている下っ端の男は、魔石灯に照らされている自分の影に目を落としたまま、顔を上げられないでいた。


「それはもちろん・・・・・・承知しております。もう少し、もう少しだけお時間をいただけないでしょうか?そうすれば必ず――――!?」


 男が顔を上げた瞬間、その左目に細い針が食い込んだ。


「ぎゃああああああああ!」


 眼球を貫き、一瞬のうちに眼窩まで達した針。男は喉が焼ききれそうなほどの悲鳴を上げた。


「僕が待つの嫌いなの知ってるよねえ。あんまり苛々させないでくれるかなあ」


 何のためらいもなく針を突き刺したマントの男は、冷たく低い声で男を見下す。

 しかし、男はのたうち回るだけで、何の返答もできないでいた。それが、マントの男の怒りの琴線に触れてしまい――――


「もう死んでいいよ」


 転げまわる男の頭部を思い切り踏み抜いた。眼球は飛び出し、脳梁はぶちまけられ、つぶれたトマトのごとく、放射状に赤々とした液体が広がる。


「あ~あ。汚れちゃった」


 人を殺した後でさえも、マントの男は冷静だった。


「やっぱり適当に拾った冒険者じゃ役に立たないなあ。めんどくさいけど僕が動くか・・・・・・」


 血で汚れたブーツを死体からはぎ取った服で拭い、


「はあ・・・・・・」


 またため息をついた。







「ここが市場か・・・・・・辺境の割に結構栄えてるな・・・・・・」


 ノームがナルシス、ナルシスハーレムのメンバー四人、ユリオを連れて向かっているのはサイラスの中心に位置するギルドだ。そこに併設されている役所で市民権獲得の手続きを行う。ちなみにルチアはまだ眠っていたので、起こしては悪いと思い置いてきた。


「海も近く、交易にも適していて、なおかつ旧市街の近くということもありますからね。冒険者も数多く暮らしていますし、それを目当てに武器商人・魔石商人なんかも大勢やってきます。栄えて当然ですよ。ああ、ちなみに、あの店がクレスの働いているパン屋です。その向かいの店がパルムが働く武器屋。後で寄ってみてはどうですか?」


「へえ・・・・・・詳しいんだな。確かにあいつらの働いてる姿は見てみたい気もするが――――考えとくよ」


 そんなこんなで、しばらくたわいもない会話を続けていると、だんだんと目的地が見えてきた。


「やっと着いた・・・・・」


 冒険者ギルドはどの街であっても同じ造りになっている。屋敷に塔を足したような外観が目印だ。規模は街のそれに比例するため、王都なんかのギルドは馬鹿みたいに大きいが、サイラスはいたって普通、中級貴族の屋敷ほどの大きさだ。まあそれでも大きいことは大きいのだが。


「相変わらず人が多いな・・・・・・」


 ギルドは常に人でごった返している。それはなにも冒険者だけではない。役所に手続きに来る一般人や商人、さらには人間以外の種族――――例えば魔物など――――も当然いる。建物奥に併設された酒場は昼夜問わず客でいっぱいだ。騒がしいことこの上ない。


「えーっと、列は――――あれか・・・・・・」


 入り口から左側がギルド。右側が役所と、わかりやすく隔てられており、役所では、その手続きによりいくつかの列に分かれている。ノームたちが並ぼうとしているのは市民権関係の列だ。ここは報酬関係の列なんかよりもよっぽど人―――――といっていいのかあれは――――が並んでいる。市民権を得ようとする魔物は存外多い。これは結構時間がかかりそうだな。


「ナルシス、ユリオ、お前たちはこの辺で待っていてくれ。なんなら適当に外で時間をつぶしてくれても構わない」


 市民権を得るためには保証人が必要だ。ナルシスやユリオは厳密にはまだ冒険者ではない。そのため、明確な身分というものを持っていない。だから保証人はノームである必要があるのだ。まあなんとなく女四人に男一人というのは気がひけたので、ナルシスとノームをお供に連れてきたわけで。本来ならば彼らは必要なかったわけで。ノームはやはり小心者であった。


「いえいえ教官殿。せっかくだから酒場で待っていますよ。ちょうど少し腹も減ってきたところですし」


「僕もそうします。あ、ちょうど空いたのであそこに座りましょう」


「そうか。分かった。じゃあ終わったら声かけるよ」


 ナルシスとユリオはそのまま奥の酒場へと向かった。ユリオの顔色が悪かった気がするが大丈夫だろうか。帰ってきてからというもの、少し様子が変だ。・・・・・・杞憂だといいのだが。


「ほら。早く並ばないと後ろからどんどんくるわよ」


 シーラに促され、我に返ったノームは、四人のサドデスを伴って列の最後尾に並んだ。ちょっとしたハーレム状態で実はちょっと嬉しかったりもするが、彼女らの心はナルシスだけに向いている。こんなものはまやかしだ。しっかりしろ。ノームは動揺している自分を戒め、ゆっくりと進んでいく列に身を任せていた。




「疲れた・・・・・・」


 何が書いてあったかも覚えていないくらい山ほどの書類に目を通し、これでもかというくらいに誓約書やらなんやらを書かされ、金を払い――――ようやく手続きが終了。これで晴れて市民権を得た―――――わけではない。あくまで手続きが終わっただけであって、身分証明書発行にはもう少し時間がかかる。お役所仕事というのはそういうものなのだ。こればかりは仕方ない。ひとまずナルシスたちの元へ向かうことにした。


「よう。うまそうなもん食ってるな」


 酒場の端、四人掛けの長机に並んで座っていたナルシスとユリオ、向かいにはフード付きのマントを目深にかぶった小柄な人物が座っていた。見たことがないが、ナルシス達の知り合いなのだろうか。少し不気味だ。


「おお、教官殿!もう終わったのですか?」


 二人とも流石に酒は飲んでいなかったようだが、ナルシスは肉が挟まれたサンドイッチを、ユリオはレモネードを注文し、それぞれ味わっていた。向かいの男はでかいジョッキになみなみと注がれたビールをがぶ飲みしている。空のグラスはすでに五つ。相当飲んでいるとうのに酔っぱらっている様子は見られない。まあ顔が良く見えないので実際はどうか分からないが。


「ああ。一応な。発行はこれからだからもう少しかかる。にしてもユリオ、大丈夫か?」


「え、ええ。まだ少し体がだるいんです。でも大丈夫なので気にしないで下さい」


 苦笑いで応えるユリオ。あれからずいぶんと時間が経っているのにもかかわらず、ジョッキに注がれたレモネードは全然減っていなかった。やはり大丈夫ではなさそうだ。


「そうか・・・・・・それで、そちらの方は?」


「ああ。先ほど知り合ったんですよ。席が空いていなかったので相席をしていたのです。現在魔物の待遇についての改善要求運動をされているようで、我々の話をそれはもう熱心に聞いてくださったんです。これがまたなかなか気さくな方で」


「気さくだなんてそんな。ははは。おやおや?そちらが連れのお方ですか?ふむふむ。なるほど。そうか。そういうことでしたか。納得しました。ええ。ええ」


 男はノームの方をじっと見つめ、顎に手を当て何やら品定めをしているようだ。それからジョッキに残っていたビールを豪快に飲み干すと、おもむろに立ち上がった。ゆっくりとノームに近づき、その耳元に冷たく囁く。


「後でお礼、させていただきますね」


 ――――全身を刺すような殺気。瞬間、ノームの魔力が熾る。産毛までも逆立ち、ほぼ反射的に臨戦態勢に入った。身体が勝手に危険だと判断したのだろう。すぐさまナイフを引き抜き構えたが――――


「ちっ・・・・・・」


 どこを見渡しても、男の姿はすでになかった。あの男・・・・・・何者なんだ。まだ息が荒い。こんな感覚久しぶりだ。やばい。それ以外の言葉が見つからない。


「教官殿!?」


「すまん。なんでもない。――――そろそろいくぞ」


 異変に気付いた酒場の連中がこちらを見ている。騒ぎになると色々面倒だ。


 ノームらは発行された身分証明証を人数分受け取り、そそくさとその場を後にした。

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冒険者育成担当の災難 ヤマダマヤ @yamada999

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