終章
終章
騒動から半年が過ぎ、季節は冬へと移ろうとしている。
突然髪を切った二日後、アルドワーズは出て行った。気紛れだと本人は言っていたが、町の人々の複雑な心境を慮ってのことだったのだろう。突然の申し出だったので、アルドワーズが出て行くと告げた日は、子どもたちがいやだ行くなと駄々を捏ねて、それはそれは大騒ぎになった。
猛威を振るった流行病は本格的な夏を迎える前に収束した。セルカが胸中で懸念していた、子どもたちが不当に迫害されることも、町を出て行ったアルドワーズが悪し様に言われることもなく、今ではすっかり穏やかな日常が戻っている。
冬になると賃仕事や畑仕事が減るので、セルカは編み物で小物を作って稼いでいる。自室でせっせと編み棒を動かしていると、扉が叩かれた。返事をする前に扉が開いてひょこりとレオンが顔を覗かせる。
「セルカねえちゃん、手紙だよ」
「ありがとう、レオン」
セルカは手紙を受け取った。差出人の名前がないが、宛先は確かに孤児院になっている。レオンは廊下からの声に呼ばれてすぐに戻って行った。子どもたちは今日も元気だ。
編み物を中断し、セルカは手紙の封を切った。便箋は一枚だけで、見覚えのある筆跡で、近いうちにそちらへ向かうと書いてある。末尾にはアルドワーズの名前があった。
(近いうちにって、どこから出したのかしら。現在地くらい書いてくれればいいのに)
苦笑して、せっかくだからみんなに見せようと手紙を片手に、セルカは立ち上がった。座りっぱなしなのも疲れるので、少々休憩しようかと思う。クレフたちも呼ぼうかと廊下を歩いていると、クレフと行き合った。
「ああ、先生。丁度良かった」
「どうしました?」
「お茶を淹れようと思って。あと、アルから手紙が届いたんです」
「アルから? なんて書いてありましたか」
「近いうちにこちらへ来るそうです。どこから来るのかは書いてなかったので、『近いうち』がいつなのかはわかりませんけど」
「アルらしいですね」
微笑むクレフにつられてセルカも笑う。正直なところ、アルドワーズは何年も戻ってこないのではないかと思っていたので、あまり間を置かずに訪ねてくれることが嬉しい。
「クレフせんせい! セルカおねえちゃん!」
セルカは走ってくるライヤを受け止め、顰め面を作って見せる。
「廊下を走っちゃ駄目よ、危ないから。どうしたの、ライヤ」
「あのね、お庭にアルがいるの」
『は?』
声が重なり、セルカはクレフを見上げた。彼も当惑したような表情でセルカを見ている。
「行ってみましょう、セルカ」
「はい」
頷き合い、二人はライヤに手を引かれながら裏庭へ向かった。端には昨日降った雪がとけ残っている。
「アル、おかえりー」
「どうしたの? 眠いの?」
「ねえねえ、どこ行ってきたのー?」
「おみやげは? あと、おはなしききたい!」
「メルーも!」
好き勝手に騒ぐ他の子どもたちに囲まれ、アルドワーズが畑の前に
「……アルですね」
「本当、アルですね」
手紙を受け取ったのはついさっきだ。どこで出したのか、追い越してしまったらしい。
クレフとセルカの声が聞こえたのか、アルドワーズは柳の枝のような動きで首を巡らせた。二人を見上げ、震える唇で呟く。
「お腹……減った」
クレフとセルカは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「んもう、またなの? 今は薔薇咲いてないわよ」
「中へどうぞ。おもてなしはできませんが、簡単な食事でしたらお出しできますよ」
了
女神の微笑み、旅人に花 楸 茉夕 @nell_nell
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます