鉱物食いの食卓

花房いちご(ハナブサ)

第1話 鉱物食いの食卓


この世には二種類の人間がいる。石を食う者と、食わない者だ。(マリーカ・フィルカ・ディスティパーゴ 1789〜1865 ラタン国親善大使、鉱物食研究家)


ちょっと外して置いていただけだった。

「あたしのエメラルドが!家宝なのに!」

「ロザリンド様お鎮まり下さい。スピネル様はお菓子とお間違いになられたそうで……」

「何処をどう間違えたら!指輪とお菓子を間違えるのよ!」

それを間違えるのが彼ら鉱物食いだった。


『鉱物食い』

彼らの歯は、我々より少し鋭くて硬い程度だ。が、唾液や胃液など体液が強力である。王水に似てあらゆる鉱物を腐食し溶かす。主な食事は砂か礫状になっている鉱物だ。口内で溶かしながら食べる。含有する鉱物ごとに味が違うので、一度の食事につき複数種の砂を組み合わせるのが一般的だ。

結晶のままの鉱物や拳大以上の岩石は、一部をのぞき調理が手間であった。長らく一般家庭では避けられていたが、近年では調理器具が発達したため様々な料理が生まれている。

『彼らのご馳走』

1. 鉱物ケーキ

泥と砂を薄く重ね、粒または薄い板状の鉱物を振りかけたステゥレイタム・ケーキ。

蛍石や水晶などの小さな結晶を混ぜ、白や茶色の泥で包んだ晶洞菓。

雲母で泥を巻いたロール・マイカなどが特に有名。

2.削り鉱物

色鮮やかな鉱物を削りおろして器に盛る。大体の鉱物は削ると色が淡くなるので、彩りに砕いた鉱物を添える。無論、器も鉱物製だ。食べてもいいし、再利用してもいい。

意外にも、彼らは鉱物を加工するのが不得手だ。我々が作る水晶や翡翠の器が好まれる。1900年代以降、チャナン共和国では爆発的に輸出量が増えた。この他、美しい陶器や宝石細工のアクセサリーなどを土産に渡せば喜ばれる。が、まず間違いなく食べられるだろう。彼らにとっては華やかなデコレーションの菓子だから仕方がない。

1821年。あわや外交問題になりかけたが、私を始めとする研究家が相互理解の促進を図り(以下、数ページに渡り苦労話が続く)


「散々習っただろ。手の届く場所に放置したお前が悪い」

ロザリンド・エル・カサブランカは兄を無視し、水盆の淵に腰掛けた。このまま温室で籠城だ。籠城しかない。親が外交官だからと、なぜ鉱物食いなんかと暮らさなきゃならないんだ。人のものを勝手に食べるなんて!

「スピネルはいきなりここに来る羽目になって、一番困ってるんだぞ。許してやれよ」

「嫌!兄様も鉱物食いも大嫌い!」

返事はなく、やがてドアから人の気配が消えた。

静かになった。温室の緑と湿気が心地いい。今は春を抜け夏に足を踏み入れた頃。金色の蘭、白いジンジャー、終わりかけのヒスイカズラが輝き、柔らかな若葉たちが生を謳歌している。エメラルドが脳裏に浮かぶ。大粒で、雨に濡れた若葉の鮮やかさ。

「……お母様の形見なのに……もう御墓参りも出来ない……」

ロザリンドは恥ずかしくて仕方なかった。普段はしまっている指輪を出したのは、今日から暮らす子に舐められたくないから。本当は怒りより情けなさの方が強かった。

「これからどうしよう……」

温室の鍵は厳重に閉めた。三段階の暗号を全て解読するには、兄でも一晩はかかるだろう。幸い、食うに困らないだけの食料はある。一晩ゆっくり考えて、明日謝ろう。そう思っていたのだが。

ガシャン!音に振り返った。温室のガラスが一箇所割れている。外から回り込んで割ったのだ。割れ目をハンマーで砕きながら兄が入り込む。

「ロザリンド!拗ねてないで出てこい!」

「なにしてんのよ馬鹿兄貴!そのガラス一枚幾らすると思って……る、の……」

兄の背後からのぞく人物に固まる。髪も瞳も深い紅、微かに透けるピンクの肌。鉱物食いのスピネルだ。気まずい。指輪を食べたと知って散々に罵った後なのだ。

「……ロザリンド様」

スピネルが歩み寄り手を差し伸べる。咄嗟に身を引くが逃げ場はない。観念して顔を上げた。

「……え?」

ロザリンドの手のひらの上、あのエメラルドの指輪が輝いていた。

「これ!どうして?」

「口にしたけど不味くて吐き出したんだとさ。で、プレゼントだと思ったから食べたと嘘をついたと。慌てん坊の確認ミスだな」

兄の言い方は腹がたつが良かった。改めてスピネルに向き合い頭を下げた。

「ごめんなさい。もし、あなたが本当に食べていたとしても悪気はなかったのに話し合いもしないで……」

スピネルはそっと指輪を握らせて微笑む。

「いいんです。私の勘違いでご迷惑をおかけして申し訳ないです」

「気にしないで。そんな……」

「ストレイチア様が『屋敷にある石は好きに食べていい』って仰って下さったからとはしたな……ロザリンド様!落ち着いてください!抑えて!」

結局、調子のいい兄が適当なことを話したせいだった。けれど、この事件がきっかけでスピネルは屋敷に馴染んでいった。これで良かったのだろう。

「指輪に付着した皮脂とか化粧品とか香水も駄目なのね。食事の時も気をつけるわ」

鉱物食いは有機物由来の味を嫌う。ゆえに食用泥や砂は精製されている。スピネルは拾い食いすらしない貴族だから、余計に耐性がなかったのだろう。

「すみません。お手数をかけて」

「いいのよ。私たちだって手間がかかってるし。量もいるから、居住区より温室の方が広いしね」

「あなた方は本当に花しか食べないんですね」

その通り。ロザリンドの好物は、薔薇の花びらを重ねてプレスしたローズ・サンドや解した百日紅の花で、お気に入りの飲み物はジャスミンやエルダーフラワーのコーディアルだ。

「不思議ね。髪や肌の色以外ほとんど変わらないのに」

「本当に。私たちの祖先は実験で作られたそうです。ベースになった生物が一緒なのかもしれませんね」

だとしたら、自分たちのベースは兄弟かなにかだったかもしれない。

「だったらいいな。兄様よりあなたみたいな子の方が気が合うもの」

「また意地悪を……」

ロザリンド・エル・カサブランカは淡い緑の肌を輝かせて笑った。


おしまい

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鉱物食いの食卓 花房いちご(ハナブサ) @hanabusaikkon

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