二日月#2

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____珈琲を作る時にコップとマドラーが触れ合って、

ちりん、となる音が好きだった。


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夏の朝や昼には、外でも同じような音がしているのが聞こえる。

けど、私はあまり外に出ないから音の正体を知らない。

私が外に出る時はターシャメガネザルに用事が出来た時だけ。

大体出る時は夕方か、深夜しかなかったけれど。


…ターシャはレムールの仲間のようなもので、主に「情報」を集めているらしかった。

私には「情報」が何の事なのかは分からないけれど、関係なく頭が良くて、

いつか私が「天使」を殺めた時から色々な事を教えてくれるようになった。


私はよく、思いついた事をターシャに質問していた。

レムールに聞くと答えてくれないことを簡単に正解に導いてくれるからだった。

…本当に正解なのか私は分からないけれど。


「ねえターシャ」

「…なあに、カレン」


__私はいつからか、カレンと言う名前で呼ばれていた。

良い気はしなかった。けど、悪い訳でもなかった。


「外で鳴ってるもの、なに」

意地悪な事に、私が聞いた途端にその音は止んでしまった。

「…何も聞こえないじゃないか」

ターシャは耳をすませていた。綺麗な顔だな、と思った。

また鳴り始めた時、彼はなるほど、と言うような顔で

「これは風鈴だよ」

と言った。


…風鈴…。私は初めて聞く言葉に思わず笑みを浮かべてしまう。

ターシャはそれを見ると満足そうにコーヒーを飲んでからパソコンに顔を向ける。

私はそれを、また何か情報を集めているのかしら。と思う。


私はこの部屋にはひとつしかない窓に顔を貼り付けて、風鈴の音をさらに確かめる。

ちりんちりん……と鳴っているだけなのに、私は幸せだった。

…いつか…おかしくてもいいから。

レムールとターシャと、風鈴を見に行けたらいいのに…。

子供心にそう思うのがとても楽しくなって、聞いた。


「ねえターシャ、朝に外に出られないの」

「駄目だよ」

「……どうして」

私は風鈴を見に行きたいの。と言った。

「………あー……夜の方が綺麗なんだよ」

ターシャはコーヒーをひとくち飲んだ。

「そうなの…本当?夜に鳴ってるのは、聞いたことない」

「片付けちゃうからさ…だから皆知らないんだよ」

「そう…」

「…今度買ってこようか?」

「本当?」

「嘘じゃないよ」

ターシャは、今でも構わないけれど?

とでも言いそうな顔で携帯を持ってこちらを見てくるのだった。

「今」

私はその意図を汲み取ることにした。夜の風鈴の方が断然面白そうだったから。

「…分かったよ」

ターシャは席を立った。

そして…こちらを見る顔が「やれやれ」に変わったのを私は見逃さなかった。


┄┄┄┄


…今、ターシャはレムールと電話をしている。


レムールは昨日の夜から何処かに行っていた。

ターシャから、そろそろ帰ってくるそうだよ。とは聞いていたけれど

最初に出会ってから随分と長い時間を共に過ごしていたせいで、

今は何も怖くなってしまって、むしろ会いたいくらいだった。


__というのは嘘で、私はレムールがいつも外に何をしに行くのかが恐ろしかった。

もし、あの時と似たように…私の腕を掴むよりも酷いことをしていたら…。

そうだとしたら…私は、あの怪物だったものにどう接すればいいんだろう。

もう二度と、痛い思いはしたくなかった。


┄┄┄┄


__僕は仕方なく携帯を片手にドアを開け、廊下に出る。

用がない以外は暗闇に落ちる冷たい廊下の方が、

カレンといるより断然、楽で好きだった。

(…もし彼女にもうひとつの名前を付けるなら、質問魔がお似合いだろう)


………と、急にふっと疲れが出て、座りこんでしまう…。

コーヒーも持ってくれば良かった、と思う。

とにかく早く事を済ませたい。僕は慣れた手つきでレムールに電話を掛けた。


「……やあ、レムール」

「ターシャ?…電話なんて珍しいじゃないか、どうしたのさ」

「風鈴を買ってきて欲しいんだ」

自分でも訳の分からない願いだった。

「……………風鈴…?」

レムールも拍子抜けな声を出した。

「はあ…。……カレンが欲しいって言ってるから…僕は彼女にあまり余計な事はしたくないんだけれど。それにそっちも忙しいだろう…?」

「…それが、早く終わったんだ。それほど手間のかかるものじゃ無かったのさ」

彼はいつもの変わった笑い方で僕に終わりを告げた。

「だから、買って行っても構わないよ…ただし条件がある」

彼の「条件」は僕の情報を聞くことだった。

「それが…あまりいい話は見つからなかった…けど」

けど?と彼は聞き返してきた。きっと目をギラギラさせながら。

がいい情報以外である筈がない。


「彼女、素質あるよ」

と僕は溜めながら告げた。そして僕の顔色を伺ったときの事を細かく話した。

「やっぱり」

レムールはそうだろう?と悪巧みをする狐のように笑った。


┄┄┄┄


…僕は多少、長電話をしていたらしい。

それは待ちかねた彼女が扉を開けた時にやっと気づいた。

「いつまで話してるの、ターシャ」

彼女は質問しながらこちらに歩いてきた。


「ああ、今ちょうど終わろうとしていた所だよ」

僕がそう言うと彼女は、糸が綻びるように安堵の表情をちらりと見せ、

「それで、風鈴は?」

と聞いてきた。


僕は、大丈夫だ、という事を少し顔に表した。

すると彼女は表情を察して

「…そう…よかった」

と言った。

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月を食べたら 天川 黒野 @choro_kun

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