第6話 敵わないセカイ

 ―――その昔。

 グリガムと共に冒険していたシバタと呼ばれていた男は見たことのない石を手に一人の男に尋ねる。


「ギニス。これはどんな魔石だ?」


「それは輝銀の魔石だ。とても希少でほとんど見つけることができないだろうな。よく見つけたものだ……」


「へぇー……。それが輝銀なんだ? やるじゃん。シバタ」


 グリガムとその冒険者たち。彼らは魔石を集めては魔導具の制作を主とし、日々の生計を立てていた。


 ギニスウォスラム。魔石の知識が豊富な色魔導士。


 メナスギガント。主に魔法陣を得意とした古代魔導士。


 シバタタミオ。異世界者と呼ばれた鍛冶屋。


 そして、グリガムゴートル。ルメール一の魔導士の名家を受け継ぐも魔導の可能性を信じた男。


 その四人は希少な魔石を手に入れ、ギラナダ王国の宿でその使い道の案を練っていた。


「ねぇ? このまま売っちゃった方が手っ取り早くない?」


「何をバカなことを。メナ、これがどれだけ希少かわからないのか?」


「はぁー……。ギニスってばまた何か作るの? もう貧乏暮しは嫌なんだけどー」


「作るのはシバタだ。私はアドバイスをするだけだ」


「もーっ! グリガムも何か言ってよっ! あれだけ危険な目に合って儲け無しとかありえないんだけどっ!」


「そう言うな。確かにこの希少な魔石を売ればしばらくは贅沢はできる。だが、それはいずれ終わる。ギニスとシバタの作る魔導具はこの世界の未来を創っているのと同じだ。贅沢したいなら金はやる。だから我慢してくれ」


 メナスはため息を吐く。


「…………。別にいいわよ。今でも十分贅沢してるし、それにさ。あの二人のあんな楽しそうな目を見てたら何も言えないわよ……。まったく。本当に男っていいわね」


 この四人の出会いは必然と呼べる偶然が重なっていた。


 単身で魔石を探し求めていた暗闇の洞窟でグリガムは魔族に襲われていた一人の男を助けた。それが突如としてこの世界に身を堕としたシバタであった。

 だが、シバタは魔族を呼び寄せる。無限に現れる魔族に対してグリガムは必死に応戦するもその数は増え続けていた。


 その場にいた闇の精霊はかなりの魔力を宿しており、魔力の持たないシバタが現れたことにより異変を感じ、際限なく魔族を呼び続けていた。

 洞窟内は魔族で埋め尽くされ、もはやなす術はなかった。グリガムはシバタを背に半ば諦めた瞬間。強大な魔力がその場を襲った。


 若きグリガムが魔石を探していたその場所はピエージャドルの洞窟。闇の精霊が呼び出し続けた魔族の魔力に反応したピエージャドルは姿を現した。その場にいた魔族の群れはピエージャドルに一斉に向かっていった。


 そして突然、グリガムとシバタの目の前に光が差し込んだ。天井の岩が消え、小さい穴が開いた。そこから垂らされる細い紐のような糸。グリガムはそれを見て唖然とするもシバタが口を開いた。


「く、蜘蛛の糸だ……」


「蜘蛛の? ど、どういうことだ……」


「生き延びるチャンスが舞い込んだってことだよ。さぁ、その糸を登れ」


「い、行くならあなたが先に」


「ふっ……。バチがあたるだろーが。早く行け! お前が登ったら俺もすぐ行く」


「バ、バカな……。魔力のないあなたがどうやって」


 シバタはニヤリと笑った。


「バカ野郎。俺の世界にもな。決まりごとってものがあんだよ。いいから早く行けっ。一度はお前に助けてもらった命だ。絶対こんなところでなくさねーよ」


 グリガムはシバタの本気の目を信じた。正直、何を言っているのかわからなかっただろう。だが、シバタのその目はグリガムを納得させるだけの力があった。


 先に登ったグリガムは一人の男と出会う。それこそがギニスウォスラムであった。


 ギニスもまた偶然そこに魔石を探しに来ていた。突如として現れたピエージャドルの魔力を察知し、外に逃げ込んだのも束の間、グリガムの魔力を感知。それを救うために魔導筆を走らせた。


 ギニスは糸を登ってきたグリガムの手を握り、ぐっと引き上げる。


「無事でよかった。すぐに逃げよう。ここは危険過ぎる」


「す、すまない……。だが、中にもう一人いる」


「もう一人? 魔力を感じ取れなかったが」


「彼は魔力を一切持たない特殊な人族のようだ。どちらにせよ彼のことは助けたい。助けるべき人物だ。力を貸してほしい」


「わかった。命は大切にしないとな……」


 ギニスは一度洞窟の中を覗き込み、その手に持っている筆で何かを描き始めた。


「な、何をしている?」


「ん? 助けているだけだ。色魔導を見るのは初めてか?」


 ギニスの色魔導は完璧と呼べるに値していた。シバタの握った糸を引き上げたギニスは二人を連れてピエージャドルから逃れた。


 その後、三人は冒険を共にする。シバタの持っていた技術は当時のその世界にはない技術であり、それに魅了された二人は魔石を求め冒険を始めた。


 そのすぐ直後に三人はメナと出会い、四人で様々な魔石を集めることになる。シバタの作った魔導具は画期的でもあり、実用性を兼ねたものが代表的であった。


 ――――――


 それから数年が経ち。


 シバタの最期を前に三人は涙を我慢していた。


「た、体調はどうだ?」


 グリガムが尋ねる。


「…………あまり良くはないな。それにお前らに気を使わせるつもりもないさ……」


 力弱く声を振り絞るシバタは笑顔で答える。


 ずっと我慢していた涙がギニスの頬を伝った。


「シバタ……。こんなところで君を失うのは……この世界に不利益だ」


「ギニスってばどうにもならないこと言っても仕方ないでしょ?」


「だ、だが……シバタの作った魔導具はこれからの世界に必要なものだ。異なる世界から来た君を失うのは……」


「ギニス……。ありがとうな。お前のおかげでこの世界でも俺の腕を振るうことができた。グリガム。メナ。お前たちもよく俺のわがままに付き合ってくれたよ」


「シ、シバタっ! 何を言うっ」


「そうだよ。縁起でもないことを……。あたしたちはね。あんたのために冒険した訳じゃないのよっ。そ、それにこれからだってっ!」


 シバタの口元は笑っていた。


「ふっ……。言うじゃねーか。メナ。…………俺はな。自分のことしか考えずにものを作ってきた。でもな……。共に冒険して良かったよ。俺の作品をこの世界に残せて……お前たちに会えて本当に良かったよ――――――」


 二度と目を開けることがないシバタを前に三人はそれぞれの想いを胸に涙を流した。


 それ以来、冒険を辞めた三人はそれぞれの道を歩んだ。


 



 ――良い目じゃの……。メナに似ておる。そして、覚悟を持って書いたようじゃな。


 グリガムはレオニードを見つめて思っていた。


 彼がレオニードに教えた古代文字はドラゴンの召喚のためのもだ。かつて、メナスギガントが呼び出し、手なずけた水竜だ。


 レオニードはドラゴンを見上げ、ゆっくりと口を開いた。


「水竜よ。俺に力を貸してくれ……」


 ドラゴンは大きなあくびを一つ。その咆哮はレオニードを一歩下がらせるほどの風圧であった。


 ――お、俺の魔力では……無理か……。想像以上の魔力だ……。くそっ……。


 レオニードは一歩下がったままドラゴンから目を背ける。


「レオニード殿っ! 水竜に飲まれますぞ!」


 グリガムは叫んだ。だが、ドラゴンは呼び出したレオニードに対して牙を見せる。それは召喚された者が呼び出した者を認めない証拠そのものであった。


 レオニードは目を閉じた。


 ――ちくしょう……。ここまでか……。


「何諦めてんだよ。お前凄いやつなんだろ? レオ」


 レオニードはその言葉に振り向いた。


「き、気安く呼んでんじゃねーよ」


「いいじゃんか。同じ魔導騎士団の仲間だろ?」


「いいからここから離れろっ。水竜の召喚は成功したが俺たちを敵として見ているんだぞっ!」


「だったら……。リンダっ!」


「はいっ。天様っ」


 すかさずリンダは天の体の中に入り込む。天は剣を構えてレオニードの前に立った。


「な、何をする気だ?」


「決まってんだろ? こいつをぶっちめて言うこと聞かせるんだよっ!」


 天はドラゴンに飛びかかるも羽ばたいた羽の風圧で吹き飛ばされた。


「ノノっ!」


「本当にいいんだね? 行くよーっ!」


 吹き飛ばされた天は自らの剣を背中に密着させた。合図をもらったノノは躊躇いもなくその背中に爆発を起こす。その衝撃で天は逆にドラゴンのいる方向へ吹き飛ばされる。


 リンダは天の突き立てた剣にその魔力を宿す。


 だが。

 大きな音と共に天はドラゴンの目前で弾き飛ばされた。


 それはレオニードの魔法陣。全魔力を注ぎ込んだ結界であった。


「レオニード殿……。な、何故……」


「……じいさん。俺が呼び出した水竜に何の罪がある。召喚した者が弱ければ食われる。それが自然なこと。俺はな……。その覚悟を持って古代魔導をやってんだよっ!」


「レオ君……」


「痛たた……」


「だ、大丈夫ですか? 天様」


 レオニードはドラゴンへ手を伸ばした。


「さぁ……。食らえ。それで満足なんだろ?」


 ドラゴンは大きな口を開けた。そしてレオニードへ近づく。


「レオっ!」


 天の声もむなしく砂浜に風が吹き荒れ、レオニードとドラゴンを覆いつくした。




 砂埃の中。レオニードの肩にドラゴンはその大きな頬を寄せる。


 ――召喚者よ……。身の程が足りぬのは理解しておるようじゃの? 


「……ああ」


 ――では何故そこまで我の力を必要とする。


「決まってんだろ……。仲間を助けるためだ」


 ――なるほど。至極明解なり……。


「早く食えよ。俺の仲間は強敵ばかりだ。お前が殺されるぞ?」


 ――我は死なぬよ。さあ。命じよ。若き主よ。懐かしい匂いじゃ……。


 レオニードは大きく息を吸った。


「ふっ……。ならばポンドスを抑えてくれ。できるだけ長く。そして、合図をしたら必ず陸に上がって来い。これは命令だ」


 ――御意。


 ドラゴンは物凄い勢いで海中へ潜っていった。砂埃が治まった場所には一人。レオニードが立っていた。


「レオ君っ」


「もう大丈夫だ。水竜は役目を果たしてくれる」


「ははっ! やっぱすげーなっ。レオ」


「き、気安く呼ぶなっ!」


 ドラゴンの素早い攪乱により、ソミナは地の精霊の魔力を感知。そして、自らに引き込んだ。


「レオニードさん。戻ってきましたっ!」


「よし……。水竜っ。戻って来いっ!」



   ――――――



 皆、ヘトヘトになり、砂浜に座り込む。


「上手くいって良かったですね。レオニードさん。本当にありがとうございます」


「帰る時に人数が減っていたら気分悪いだろ」


「それにしてもあんたはっ! 無茶ばっかしようとしてっ」


 ノノは天の頭をぺしっと叩く。


「う、海に入ってねーだろ? それに万事上手くいったじゃねーか」


「皆が無事だったのは良いけど……。い、依頼が……」


「ノズワード殿。魔石はもう大丈夫じゃ。お主ら魔導騎士団の想いを見せてもらっただけで十分じゃよ」


「ほ、本当に申し訳ありませんっ!」


 ソミナがそっとノノに近づく。


「ノノさん。輝銀の魔石です。私の地の精霊が最後まで探してくれていたみたいです」


「う、うそっ! グ、グリガム様。こ、これを……」


「うむ……。こ、これは……わはははっ。昔見たものと同じじゃ。お主ら魔導騎士団はやはり大したものじゃ」


「ほらな? 万事上手くいっただろ?」


「あんたが言うなっ!」


「痛っ!」


 ノノは天の頭にげんこつを落とした。それを見て笑うソミナとレオニード。優しく頭を撫でるリンダ。無邪気にも笑顔がこぼれる魔導騎士団は互いを仲間と認め、お互いの実力を認めた。



 だが―――――



 ギラナダに戻った四人は休む間もなくアメリの後ろを急ぎ足で歩いていた。


「あ、あのー……。姐さん?」


「いいから黙ってついてきなさい。全く……一体何したのよっ。国王が自ら魔導騎士団全員を呼び出すなんて前代未聞よ?」


「い、依頼はちゃんとやったつもりなんだけどなー……あははは……」


 その後ろを歩く三人は小声でひそひそと話していた。


「国王が呼びつけたってのが気になるな」


「そうですよね。私たちに何か至らない点があったのでしょうか?」


「なんか褒美でもくれるんじゃねーのか? 美味いもんとかさ」


「んな訳ねーだろ。ただでさえ依頼主を危険な目に遭わせたんだ。お咎めはあっても褒美なんか貰える訳ねーよ」


「ちぇっ! くだらねー説教とか聞きたくねーよ」


「と、とりあえず話を聞いてみないことには……。それに私はグリガム様が危険な目に遭われたのは事実としてもクレームを言い出すとは思えません」


「何を根拠に……」


「グリガム様は昔を懐かしまれた目をしていました。私はその目を信じたいです」


「あー……。じいさんのくせにやたらとキラキラしてたもんな」


 国王の間の扉の前でアメリは立ち止まって振り返る。


「ここからは魔導騎士団として何があっても国王に逆らわないこと。特に天君。あんたの素性は絶対隠し通すこと。わかった?」


「わ、わかってるよ」


「……じゃあ、行くわよ」


 国王の間の扉がゆっくりと開き、五人は前に進む。


 王座には国王。その隣には大臣。国王を挟んでボーンシュタイン。両脇には騎士団の騎士たちが立ち並ぶ。その後の柱の陰にヒューズナイトと若き騎士団長。バーロンリスコットが何やら話し込んでいた。


 五人は国王の前に膝をつく。


 国王が立ち上がると皆一斉に頭を下げた。天もその真似をする。


「アメリアナギガント……。ならびに魔導騎士団の諸君。なぜ呼ばれたかわかるか?」


「いえ。理由はわかりません。ですが……あたしの魔導騎士団に落ち度はないと信じております」


「団長であるお前はルメールの南の海の依頼に参加しなかったそうだな?」


「はっ! 皆優秀な者たちです。皆に託せると思い……」


 アメリの言葉をかき消し、大臣が叫んだ。


「ゴートル家はルメールを治めているの要人なのだぞっ! それを危険な目に遭わせるとは以てのほかっ! それを指揮したのは誰だっ」


 ノノが頭を上げる。


「み、南の海での指揮は私がしました……。き、緊急事態であったもので……申し訳ありませんっ」


「だから魔導騎士団なんかに任せるのは反対だったんだっ! それに……ヒューズナイト。お前が魔導騎士団にこの依頼を紹介したと聞いたぞ。それは真かっ!」


 ヒューズナイトが立ち並ぶ騎士団をかき分けて目の前に出る。


「だったら何だ? 私に責任があるなら喜んで責任を取ろう。お前ごときにこの首が取れるのならなっ!」


「ひっ! お、脅しても。せ、責任は変わらんぞっ!」


 怯える大臣に構うことなくヒューズナイトは国王に目を向ける。


「国王。魔導騎士団を咎めるのならば私に全責任を負わせてください。アメリたちに罪はないっ」


 騎士団長のバーロンもゆっくりと前に出た。


「ま、まあまあ。ヒューズナイト様。責任とかそれは今は置いといて。議論すべきはそこじゃない。そうですよねっ? 国王」


「そうだな……。グリガムゴートルは魔導騎士団の今回の件は実によくやってくれたと褒めてくれた。アメリアナギガント。礼を言う」


「も、もったいないお言葉……」


「だが……。一つだけ見過ごせぬと釘を刺された。そこの少年と闇の精霊……」


 その言葉にヒューズナイトの体がわずかに反応した。それと同時にバーロンはヒューズナイトを拘束した。特殊な魔術の練られた拘束具。ヒューズナイトは背中の剣ごと身動きの取れない状況で取り押さえられた。


「手荒な真似をしてすみませんね? ヒューズナイト様に暴れられるとこのお城が崩れちゃうかもしれないので……」


 それを見て天は立ち上がる。


「何やってんだっ! てめーっ!」


 バーロンは冷たい笑みを浮かべ、天を見つめる。


「僕は騎士団として国王の命令に従っただけ。君は異世界者であるにも関わらず闇の精霊と契約した……。それがどれだけ罪深いことかわかっているのかい?」


「ん、んなもん知るかっ」


 国王は少年を睨む。


「知らぬ存ぜぬでは話になるまい。お前が魔族の手の者でない証拠がどこにある。それを隠し、ギラナダに入ってきたのには何か企んでいるとしか思えぬ」


「お、俺は何も……」


「まあよい……。お前はしばらく拘束させてもらう。バーロンっ」


「はっ!」


 バーロンが天の側に近寄った時だった。


 天はその一瞬を逃すことなくバーロンの腰に差された剣を抜く。それを見たバーロンは素早く下がり立ち並ぶ騎士団の腰の剣を抜いた。


「ほう……。なかなか素早いみたいだね? だけどね……。国王の前で剣を抜くという意味がわかっての暴挙かっ!」


 バーロンはこれまでのにやけ顔を一変させた。


「や、やめなさいっ! 天君っ!」


「お、お姉さんっ。悪いけど俺は引かねーぞ……。おっちゃんにしたことは絶対許さねー。それにリンダをバカにしたこともな……」


 天は歯を食いしばり、凶暴な目つきをバーロンに向けた。バーロンは恍惚の表情でアメリを見つめた。


「ははっ。アメリ団長。もはや止める必要もない。王国反逆罪の者は……死あるのみっ」


 バーロンは一瞬で天の前に移動する。それに反応した天は剣を振る。だが、バーロンは棒立ちのまま天の剣を全て受けきっていた。


「素人が……。騎士団をなめるなっ!」


 バーロンの剣先が天の頬をかすめる。血がしたたり天はそれを拭った。


「魔族の血にしては随分と赤いのだな? くくくっ……」


 だが、天は諦めずにバーロンへ向かっていた。それを見ていたレオニードが床に魔法陣を書こうと手を動かす。だが、その手はすぐにアメリによって止められた。


「じゃ、邪魔すんな。団長っ」


「何をしようとしてるか察しはつくけど。これは天君の問題よ。あたしたちがここで逆らっても何の意味も持たない。こらえてっ」


「…………くそ」


 一方で何をしても全て受けきられている天も焦りを感じていた。


 ――くそっ! なんで当たらねーんだっ。こいつは動いてもいない……。ど、どうすれば……ん? 動いていない? こいつもしかしてっ。


 天は一歩引いた。自らの攻撃を止め、自ら一歩引いた。


「くくくっ。少しは頭を使ったようだね?」


 ――こいつは動かないんじゃない。動けないんだ。剣を受けるためだけに動きを殺した。


「おらっ。どうした? 騎士団長は攻撃もできないのか?」


「僕はそんな安い挑発にはのらないよ。それにもう国王も退屈らしい。そろそろ遊びは終わらせてもらう」


「だったら来いよっ!」


 ――こいつの攻撃を受けた後。剣を投げ捨てその顔面をぶっ叩いてやるっ。剣術ではおそらく勝てない。見てろよ。おっちゃん。敵は取ってやる……。


 バーロンは容赦なく前に出た。天は剣を構えるもその速さは尋常ではなかった。おそらくそこにいた者誰もがバーロンの動きを捉えることはできなかったであろう。一瞬。まさにその言葉通り。気がついたらバーロンは天の背後にいた。そして、首に容赦なく剣の柄で一撃を浴びせた。


「がっ……―――」


 その場に倒れ込む天を見ることもなく、バーロンは国王へ語りかける。


「国王。このまま処刑しても?」


「いや。その少年にはいろいろと聞くべきことがある。牢獄へ連れて行け」


「はっ!」


 バーロンは騎士団に命じて天とヒューズナイトを地下の牢獄へ連行させた。自身も鎧についたわずかな鮮血を拭き、国王の間を後にする。




 何事もなかったかのように国王の間は静寂に包まれていた。そして、アメリが口を開いた。


「国王。天君をどうなさるおつもりで?」


「何もせんよ。この世界に必要ならば生き延び、不必要なら二度と会うことはないだろうな……」


「か、彼は魔導騎士団のために……死力を尽くしてくれたのは事実ですっ」


「それは認めよう。お前たちの顔を見ればわかる」


 悔しそうにするアメリの後ろの三人は国王をずっと睨んでいた。共に戦った仲間のためなら今すぐにでも飛びかかりそうなほどの憎しみと猜疑の眼差し。国王はそれを痛感していた。


「だが……。アメリよ。お前の祖母から受け継いだ異世界者の調査では魔族を呼び寄せる元凶と記されておる。それを知らぬと言わせぬぞ」


「た、確かに……その通りです。我が祖母はその昔異世界者と共に冒険をし、彼の死をきっかけに異世界者の研究を始めました。そこに記されたことに偽りはないとは思いますが……。だ、だからといって危険な者と判断するにはっ」


「だから拘束したのだ。このままあの少年を失うのは惜しい。このまま野放しにしておけばあの少年は自ら命を落とす……」


「こ、国王……」


「これはお前たち魔導騎士団が命を懸けて守り抜いたグリガムの意思でもある」




   ◇


 ルメールの領主。グリガムは輝銀の魔石を灯りに照らして眺めていた。


 ――あの少年は必ずや命を落とす……。闇の精霊を連れていようがあれでは何度命を落とすかわからぬ……。どう考えても生き延びれまいて…………。


 南の海より屋敷に着いたグリガムはギラナダへ書状を出した。それは国王宛の書状。


 それにはこう書き記されていた。


『王国の魔導騎士団の異世界者の少年を守り抜くべきである。それを果たすのならばルメールはギラナダに名を連ねることを約束する』


 その書状は魔導具ですぐに国王のもとへ届けられた。


   ◇




「グリガムの意思はルメールの意思でもある。全てがこの世界の宿命ならばあの少年は古の言い伝えを果たす者と信じるしかないであろう」


「そ、それは祖母が残した……」


「そうだな……。異世界者の功績が記されているのはギガント家に伝わっているのが全てじゃ。あの少年が自らの意思でそれを成し遂げねばその意味はなさぬ」


「で、では……なぜヒューズナイトも……彼はこれまでギラナダのために」


「共に戦ってきたお前ならわかるであろう。あやつはああ見えて優し過ぎる。あの優しさはいずれあの少年の枷になる。心配せずともヒューズナイトとあの少年の処遇はこちらに任せてもらいたい。もちろん。お前にも協力はしてもらうぞ」


「はっ!」


「これからもこの世界のために尽くせ。未来は誰もわからぬもの……。あの少年ならばその未来を創ってくれると信じようではないか―――」

 

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夢ノヨウナ色トリドリノ世界  ~episode 天~ ゆかじ @kiyu_kata

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