第5話 竜の住まうセカイ
ルメールの南に広がる海はどこまでも果てしなく続いていた。
この世界では海を越えようとする者は少ない。当然のように海を移動する船はある。
また、魔力の高い者は自らの魔術。羽の生えた獣人族などは空を飛ぶなど幾らでも移動手段はあった。
だが、この南の海だけは別だ。それにはこの海の守護神のポンドスの影響が大きいだろう。誤って海に入り飲み込まれたら終わり。
ルメールならずともこの地に住む民は皆、口を揃えて言う。
『死の海』と。
その海中ではソミナとグリガムが海底にたどり着いていた。
「ふむう……。やはり海底の魔石は珍しいものが多いようじゃの」
「グリガム様。どの魔石をお探しでしょうか?」
「輝銀じゃ。なかなか出回らないからの……」
「わかりました。それでは地の精霊に探してもらいましょう」
ソミナは地の精霊に呼びかけ、その魔石の調査を命じた。ソミナにとって自らの精霊を最大限利用できるこの任務はまさに適役であった。水中を自在に行動できる水の精霊。そして、魔石を生み出す地の精霊。
「精霊使いでも君は素晴らしい精霊たちを従えておるの」
「はい。彼女たちは本当に優秀で私にはもったいないほどです」
「資質を備えておる者に精霊たちは身を預けただけじゃよ。それは至極当たり前のことじゃ。もう少し自信を持ってみてはどうかな?」
「じ、自信ですか……―――」
◇
ソミットナインドットはニース地方のキャムの村出身で農家の一人娘として生を受けた。
幼い頃から病弱だった彼女は学校に通うも入退院を繰り返し、そのほとんどを休学という形で過ごしてきた。当然、友達もできる訳もなくほとんど同級生と会話をすることなく学校を卒業。十二歳の春に家の手伝いをするため、進級を諦めた。
それでもソミナは文句一つ言わずに一生懸命に家の手伝いをしていた。
それから半年ほど経ったある日。
「ソミット……。お父さんは幸せだったかしら? う、ううっ……」
「…………」
ソミナの父が突然の病で倒れ、そのまま亡くなった。
病弱だったソミナを支えるために真摯に一生懸命働いていた父親の死はソミナ自身、悲しい出来事には違いなかっただろう。だが、彼女は涙を見せることはなかった。葬儀を終え、しとしとと雨の降る中、父の墓石の前に立つソミナの姿があった。
――お父さん……。
「ソミットちゃん。こんなところにいたのかい?」
ソミナの父親の友人の男性が後ろから声をかける。
「…………」
「残念だけど君のお父さんの土地は売却されたみたいだ。これで君もそのお金でギラナダの学校に通えるようになるね。君のお母さんも随分悩んだみたいだけどね……」
それを聞いたソミナはその場から駆け足で家に向かった。家に着くなり玄関を開けると珍しく大声で叫んだ。
「お、お母さんっ。ど、どうして畑を売ったの?」
「ソ、ソミット……。あんな大きな畑、男手が無ければ無理よ。それにあなただってもう働かなくてもいいのよ。やっと学校に通わせることもできる。これで良かったのよ」
「お、お父さんが大事にしてた畑を……そんな簡単に……」
悲しい表情でうつむくソミナの肩を掴み、母は真剣な眼差しでソミナに言った。
「…………ソミット。そのお父さんはもういないの……。どんなに思い出を残してもお父さんは帰ってこないのよ……」
「…………うっ。ううっ……うわーん……」
ソミナはその時初めて涙を流した。ずっと父の死を受け入れたくなかった。いつか何食わぬ顔で帰ってくると信じていた。そして、優しい顔で抱きしめてくれると。
そして、無力な自分を責めた。
その出来事があって以来、ソミナは心を閉ざした。学校にも行かず、働く母の帰りを待つ日々が過ぎていく。
「ソミット。いつまで家に居るつもりなの?」
「…………」
顔を合わせると口うるさい母親とも徐々に会話がなくなり始めていた。部屋に閉じこもり、父を思い出しては声を押し殺して涙を流す毎日を過ごしていた。
その頃。ニース地方には魔族が多く出没するようになっており、特にキャムの村の奥にある常闇の洞窟と呼ばれ、誰も近づくことのない不気味な場所での目撃情報が後を絶たなかった。
当時、ニース地方はギラナダ王国からの庇護を受けており、魔族討伐のための冒険者の斡旋など、対策は万全だった。当然、騎士団も常闇の洞窟の調査をしており、その近辺に常に在中していた。
―――――――――
そんなある日の夜中にキャムの村に突如として避難勧告が発令された。村人たちは近くの学校に避難を余儀なくされた。当然ソミナも母親と一緒に避難した。
そこでソミナはある人物たちと出会う。
その学校の防衛を任されたのは魔導騎士団。学校全体に結界を張った女性は大声で叫んだ。
「村のみなさんっ! これで大丈夫ですっ。結界により魔族の侵入は防ぎました。安心はしてもいいですが油断はしないでください。何か不審がありましたら私、魔導騎士団ノズワードノワールにお知らせください」
笑顔を見せるノノの姿をソミナはじっと見つめていた。
避難してから二日。事態は急変した。
その日は朝から慌ただしく、避難している学校には騎士団の姿が多く見られた。それは誰が見ても何かあったとしか思えないほどの慌ただしさであった。
そこに一人の女性が姿を現した。この状況に似つかわしくない格好の色っぽい女性はきれいな顔をしかめ、大きい声で叫んでいた。
「もうっ! ヒューズナイトは何してるのよっ!」
「ね、姐さんってば……。み、みんなに聞こえるって……」
「あー……。でもどうしたら……。結界の外は魔族だらけよ?」
「結界を張ってる以上は二人で出撃できないもんねー。私一人じゃ結界の維持しながらじゃねー。せめて結界だけでも維持できたら……」
「結界の維持? …………それよっ! ノノにしてはいいアイデアだわっ」
「ん? え、えーっと……ど、どれ?」
その女性は村人を集め、公言した。
「魔導騎士団団長のアメリアナギガントよ。キャムの村のみなさんに協力をお願いしたいんだけれども……ダメかしら?」
媚びた上目遣いを見せたアメリの提案を村人はなんなく受け入れた。
それは結界の維持を村人に任せて二人で外の魔族を殲滅するというものであった。魔力の強い者はノノに魔術形式の説明を受ける。そこにはソミナの母親の姿もあった。
アメリはそれ以外の村人たちを前に優しい笑顔を見せる。そこには子供や生まれつき魔力の弱い者たちが集まっていた。そして、ソミナはそこにいた。
「今回結界の維持には協力できないけど、魔力が弱いことは恥じることじゃないわ。むしろ、それ以外の可能性を秘めてるって思えばいいのよ。あたしともう一人の子で外の魔族を殲滅するわ。その応援をよろしくねっ?」
ソミナはその言葉に衝撃を受けていた。ソミナは病弱のせいもあるが、もともと魔力が弱かった。何もできない自分。役に立たない自分。うつむきながらもアメリの言葉はソミナの心臓の鼓動を早くした。そして、勝手に涙が頬を伝う。
それに気づいたアメリが膝をつきソミナの頭を優しく撫でた。ソミナは顔を上げる。
「大丈夫よ。あたしたちが必ず守ってあげるわ。それを信じる想いがあたしたちを強くするの。それに……そんなかわいい顔に涙は似合わないわよ? 女の子はね。笑顔が一番輝くんだからっ」
アメリは美しい笑顔で立ち上がった。
「さーて……。この子たちからも充電させてもらったわ。行くわよ? ノノっ」
「はいよーっ。姐さん!」
アメリとノノは学校周辺の魔族を軽々と殲滅。遅れて到着した王国騎士団はその凄まじい爆発痕に驚いていたという。
やがて、避難勧告が解除され、結界が解かれた。
ようやく自宅に戻れる村人たちにも安堵の表情が伺える。アメリは村人の前に立った。
「改めて魔導騎士団の団長としてお礼を申し上げます。結界の維持のご協力ありがとうございました」
アメリが胸に手を当て頭を下げる。そして、頭を上げてもう一言放った。
「それと……結界の維持のお手伝いをできなかった村人の想いのおかげであたしたちは諦めることなく戦えました。本当にありがとう……。あたしもね。生まれつき魔力が弱い体質でね。ここにいるノノみたいな魔術は使えない……。それでもね。何かできることはないかっていろいろ考えて今のあたしがいるの。だから……絶対に諦めないでね?」
アメリの優しい笑顔にソミナは涙を流した。
もちろん、ソミナは何もしていない。だが、ずっと祈っていた。頭を撫でてくれたアメリや結界を張ったノノの無事をずっと素直に願い続けていた。
それを認めてくれたことに再び涙を流した。
アメリはソミナの側に近寄り、笑顔を見せる。
「あらあら。こういう時は笑顔を見せるものよ? 言ったでしょ?」
「ううっ……うわーん……」
ソミナはアメリの胸に顔をうずめ泣きじゃくった。優しく頭を撫でアメリは口を開く。
「あなたの想いはずっと伝わっていたわ。本当にありがとう。あなたの優しい想いはまるで精霊の加護に似ていたわ。あなたさえ良ければ魔導騎士団に入ってみない? 無理強いはしないけど……。自分を責めるのはもうやめて誰かのためにその想いを使うべきよ」
こうして、ソミナは学校に通うことなく魔導騎士団に入団した。キャムの村から騎士団入りしたのはソミナが初めての快挙であり、母親はそんなソミナを快く送り出した。
―――――――――
初めて魔導騎士団に着任したソミナはノノを見上げていた。
「ソミットナインドットかー……。ソミ……。ソミナっ! ソミナにしようっ」
「……ソ、ソミナ?」
「うんっ。ソミナの呼び方。かわいいでしょ?」
「あ、あだ名というやつでしょうか?」
「あだ名といえばあだ名だけど……。仲間として呼びやすい方がいいでしょ?」
ソミナにとってその感覚を持ったことはなかった。友達もおらず、ずっと一人で過してきたソミナにとってノノの笑顔は眩しくも閉ざしていた心を少しずつ開いていく。
魔導騎士団に入団したソミナはアメリの提案によりある場所へと連れていかれた。
そこは何の変哲もない洞窟。内部は王国騎士団により制圧され、モンスターすら寄り付かない洞窟であった。
「ソミナ。よく聞きなさい? あなたの中に眠っている能力をこれから呼び起こすわ。少し乱暴なやり方だけどあなたなら大丈夫よ」
「だ、団長。何をするつもりですか?」
「地の精霊を呼ぶのよ」
「せ、精霊……ですか?」
「そうよ……。ノノ。準備はできてる?」
「ほ、本当にやるの? 姐さん」
「ええ。何か問題でもある?」
「…………まっ。いっか……。じゃあ、ソミナは洞窟に入って」
「は、はい」
言われるがままにソミナは一人洞窟の奥へ進んでいった。その時、爆発音と共に洞窟内は大きく揺れる。
入り口は破壊され、ソミナは暗闇の洞窟に閉じ込められてしまった。
――こ、これは……?
一方で。洞窟の外ではノノが心配そうに崩れた入り口を見つめていた。
「だ、大丈夫かなー……」
「大丈夫よ。あの子はハートが強いから」
「もっとさー。良い方法なかったの? 姐さん」
「ソミナはね。父親が亡くなったのを自分のせいだと思い込んでるの。本当に優しくて思いやりのある子なのよ」
「……病気だったんでしょ? ソミナは関係ないじゃん?」
「それでも……ね。ソミナは自分を責めたのよ……。小さい時から病弱な自分を支えてきてくれた父親が無理をしたせいだってね」
「で、でもそれは……」
「あの子はそういう子なのよ。愛されて育ってきたからこそ人を想える力が強い。あの子はまだ自分の持っている能力に気づいていないわ……。あの子はこの世界で最も必要な資質を隠し持ってる……」
暗闇の洞窟に閉じ込められたソミナは手探りで先に進む。左手には振り絞った魔力による灯りで先を進んでいた。
――ここで行き止まりですか……。
ソミナのたどり着いた先は洞窟の行き止まりであった。先のない岩の壁にソミナは背を向けた。その時、その奥に何か違和感を感じた。ソミナは振り返り、行き止まりの岩の壁を見つめる。
――この奥に強い魔力が……。な、何かいるのでしょうか?
ソミナがそっと壁に手を当てた瞬間。その体は洞窟の壁に引き込まれるようにその奥へとすり抜ける。
その洞窟は王国騎士団の調査では隅々まで調べられていた。当然、ソミナの入り込んだそこもだ。だが、奥にある魔力の正体を掴めず、邪悪な魔力ではないと判断した調査隊はそれを放置したままにしていた。
ソミナは小さな炎を左手に宿し、暗闇を照らす。
――七精と会って私は何をすれば……。
何をすればよいのかすらわからずに洞窟の奥へとたどり着いたソミナはその光景に思わず声を漏らした。
「わあ……。きれい……」
洞窟の奥は広い空間であった。天井や壁は色とりどりの魔石で埋め尽くされていた。魔石同士の色が重なり、美しくも幻想的な光景が広がる。
「誰?」
突然、ソミナの足元から聞こえる声。それと同時に目の前に美しい女性が現れた。
「あ、あなたが地の精霊でしょうか?」
「そうよ? ここに何しに来たの?」
「何をしに来たんでしょうか……。私は目的を持たずここにいます。ですが、地の精霊であるあなたに会えと……」
精霊はソミナに手を差し出した。その手のひらの上に小さくも輝いた魔石があった。目をすぼめるソミナは尋ねる。
「こ、これは何でしょうか?」
「よく見てごらんなさい?」
突然、魔石は閃光を放った。前のめりで覗き込んでいたソミナはその光へと吸い込まれる。
気がつくとあたりは真っ白な空間へと変わっていた。目の前には背を向ける男性の姿。それを見てソミナは叫んだ。
「お、お父さんっ!」
ゆっくりと振り向いた男性は優しい笑顔を見せる。
「ソ、ソミット……。な、なんでお前がここに?」
「お、お父さんこそなんでここに……。ううっ……お父さんっ!」
ソミナは泣きじゃくり父親へ抱きつく。優しい笑顔を見せる父親は口を開いた。
「ソミット。学校へ行かせられなくてすまなかったな……。それだけが心残りだった。最後にお前に会えて良かった」
「最後……。最後ってどういうこと?」
「私はな。魂だけが彷徨う存在となっていた。お前への罪深い仕打ちを詫びるまでは向こう側へ行くのをずっと拒んでいたんだよ。……これで安心して逝けるよ。母さんを頼んだ。ソミット―――」
父親の姿が消え、あたりは元の洞窟へと戻っていた。
ソミナはその場にしゃがみ込む。
「あなたの父親は素晴らしい方みたいね?」
「ぐすっ……。はいっ。世界で一番の父です。な、なぜ……父が私の前に?」
「偶然よ。全ては偶然。でもね……。あなたの父親が望んでたこととあなた自身が望んでいたことが偶然を必然にした……。あなたは面白い子ね」
「あ、あの魔石は……?」
「あれはね。夢をかなえる魔石よ。ここを訪れた人には必ず見せているのよ。もっとも私に会える人は少ないけどね」
「わ、私の夢……ですか? なぜそんなことを」
「…………ずっとね。探してたのよ。私を仕える資質の持ち主をね。それに……そろそろ代替わりをしようかと思ってたのよ」
「代替わり? あ、あなたは一体……?」
その精霊はニヤリと笑う。
「ふふふっ。私? 地の精霊の長老よ―――」
ソミナはその場で地の精霊の長老と契約した。ソミナの優しさと想いは父親を呼び、自身を攻め続けた呪縛を解いた。
ソミナの隠し持っていた能力とは他人を信じることであった。口で言うのは誰でもできる。だが、ソミナは想いで信じることができた。それは数多くここを訪れた者にはなかったものであり、地の精霊の長老はこの子ならばとその身を預けた。
それを見越していたアメリの予測は見事に達成され、その後、ルメールの南の海で水の精霊と契約。ソミナは精霊使いとして一人前以上の成果を挙げた。
それ以来、魔導騎士団の一員として死力を尽くした。また、二精を同時に持つ精霊使いは当時では珍しくソミナは魔導騎士団になくてはならない存在となっていた。
◇
「―――そうですね……。グリガム様の言う通りです。こんなことじゃせっかく私を信頼してくれた精霊に申し訳ないですよね……」
「精霊たちは主の資質を認めることが全てじゃよ……。お前さんは大したものじゃ。これほどの魔力を備えた精霊を仕えておるのじゃからの」
「は、はい……。地の精霊の元長老ですから」
グリガムが笑顔を見せ、海底を進んでいる時にソミナの水の精霊がそっと話しかける。
――ソミナ様……。海流が突然変わりました……。お、おそらくですが……ポンドス様が怒っておられるかと……。
――えっ?
おそらくはソミナの放った地の精霊の魔力に反応したせいであろう。
いくら長老の座を譲ったとしても魔力が消える訳ではない。精霊の長老に選ばれるのは十分な魔力と命を共にしている五神への忠誠が決め手となる。新たに魔力の強い精霊が長老となり、五神への誓いを示す。
ソミナは地の精霊に呼びかけるもその返事は返ってこなかった。
「グリガム様。一度、岸へ戻りましょう。少し厄介なことになってしまったようです」
「う、うむ……」
グリガムもまた異変を察していた。ソミナのポーカーフェイスはその動揺を完全に隠していたが、グリガムとて若い頃は冒険者として幾たびの死地をくぐってきた。突如として現れた強大な魔力はその感覚を呼び覚ましていた。
無事に海岸へ戻ったのも束の間、ソミナは再び海に入ろうとしていた。それを見たノノが叫ぶ。
「ソミナっ。非常事態よ。どこに行くの?」
「……わ、私の地の精霊が戻ってきません。そ、それを探しに……」
「ダメっ! 絶対ダメに決まってるでしょ。ソミナだってこの魔力がわからないわけじゃないよね?」
「で、でも……」
「でもじゃないっ! 何かあったらどうすんの?」
「…………」
うつむいたソミナを見た天は立ち上がり、お尻についた砂を払う。
「よしっ! じゃあ、俺が探しに行ってやる!」
「あ、あんた……バカなの? 今の話聞いてなかったの?」
呆れ顔のノノに向かって天は言い放った。
「ソミナの精霊だって大事な仲間だろ! このまま放っておけねーだろっ!」
「そういう問題じゃないっ! 天は魔力を感じとれないかもしれないけど、今海の中は凄く危険な状況なのよっ! そんなところに誰かを行かせられるわけないでしょっ!」
「ノノ……。ふざけんなよ……。俺のリンダと同じようなものだろーがっ! ソミナの精霊だって同じ仲間だろっ!」
「そ、天様。素敵過ぎです……」
ノノは真剣な表情を見せる。
「天。リンダちゃん。これは遊びじゃないの。姐さんだって言ってたでしょ? 絶対海に入らないことって。魔導騎士団のみんなに何かあったら……私だって……」
そこでその話を聞いていたレオニードが静かに口を開いた。
「ノズワードノワール。魔導騎士団の絆ってこんなものか?」
その言葉に皆、ノノに顔を向ける。もちろん、グリガムもだ。
「レ、レオ君まで……」
ノノの困った表情。心配するソミナとそれを救おうとする勇敢な少年たちの眼差しを見てグリガムはニヤリと笑った。
「……ノズワード殿。この状況―――お前さん自身はどうするべきだと?」
ノノは頭をかきながら躊躇うことなく口を開いた。
「ソミナ。あなたの大事な精霊……。じゃないかー。私たちの仲間を助けに行くかーっ」
「ノ、ノノさん……」
「よっしゃあっ! 行くぞっ! リンダ!」
「はいっ。天様」
海に駆け出す二人をレオニードが呼び止める。
「待て待てっ! お前海中で息できねーだろーが……」
「……ん? そういえばそうだな。じゃあどうする?」
天とリンダは振り返り、きょとんとした表情を浮かべていた。それを見たグリガムが口を開く。
「ノズワード殿。ソミット殿。少し危険な方法じゃが……。ポンドスをおびき出す方法がある」
「ほ、本当ですか?」
「本当じゃ。どちらにしてもやみくもに海中に入るよりは良いじゃろうて―――」
グリガムの提案を飲んだノノはすぐにそれを実行に移した。
おそらくは誰が海中に入っても同じことと踏んだグリガムはある人物を使い、囮にしてポンドスを引きつける。その間にソミナが海中に入り、地の精霊を呼び寄せるというものだ。
ソミナは体半分海に浸かり、水の精霊と共にポンドスのおおよその位置を計っていた。
「では……準備はよいかの? レオニード殿」
「…………ああ」
「古代文字は先程教えた通りじゃ。あとはお主の勇気次第じゃ……。いや、想いの強さとでも言っていいじゃろうな」
「俺しかできねーならやってやるよ……」
レオニードは砂浜にゆっくりと魔法陣を書き始めた。
「レ、レオニードさん。ポンドスは沖から物凄い速さでこちらに向かっていますっ」
「……ちっ。うるせーよ。集中できねーだろうが……」
浜辺には大きな魔法陣が完成した。レオニードは詠唱を始める。
かつてグリガムが共に冒険した仲間に古代魔導を得意とする魔導士がいた。彼女はレオニードと同じように魔法陣による召喚を得意とした人物であった。
そして、彼女は現存する魔導士の中で唯一ドラゴンの召喚に成功し、それを手なずけた。
神と等しいと言われているドラゴンを自在に操った一人の女性。魔導具を無限に使いこなす一人の男性。その魔導具を集めた魔石で作り続けた異世界者。
グリガムはかつての仲間との冒険を思い出し、レオニードを見つめていた。
――さて……。少年よ。お主にそのドラゴンを操れるかの……。
レオニードの目の前には巨大なドラゴンが現れる。
その姿を初めて見たノノたちは思わず唾を飲む。
そして、天はその巨大な姿に恐怖を覚えながらも心は高揚していた。伝説とまで言われたドラゴンが目の前にいること。その巨大で力強い様。そして、それと同等といわれるポンドスの存在を危険なものと細胞が認識させていた。
レオニードは現れたドラゴンを見上げるもその足は震えていた。
彼の足元の砂浜が少しだけ沈む。
それでもレオニードは真っ直ぐそのドラゴンの青い瞳を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます