ひらめけ5×5漢字パズル

snowdrop

部首×画数

「ねぇ、橘。パズル作ったんだけど、やらない?」


 休み時間、隣の席の樋口が声をかけてきた。

 見ると、スカートの下から見せつけるように足を組んで、頬杖をついて笑っている。

 澄まして大人しく座っていれば楚々とした可憐さがあるのに、彼女は退屈になると、授業中でも構わず嫌がらせじみたちょっかいを掛けてくる。

 前のように最近はからかってこなくなった。

 それはいいのだけれど、クイズをするたびに「勝ったら奢ってよ~」と絡んでくる。

 たまにならいいかな、と魔が差すこともあるが、これが毎回なのが悩みのタネだ。

 宝くじやスロットじゃないのだから、自重してほしい。


「いいけど、どんなパズル?」

「これなんだけど」


 彼女が差し出したルーズリーフには、手書きの表が書かれていた。

 5×5の25マス。

 横軸には『月』、『火』、『水』、『木』、『金』。

 縦軸には『2』、『3』、『4』、『5』、『6』。


「時間割にしては一時間目がないし……なんだろう」

「クイケンの橘でもわからないんだ」


 ふふん、と、樋口は得意げに笑う。


「わからないね。どんなパズル?」

「昨日ね、某クイズ集団の動画を見てたら、百マス漢字パズルをしてたの。面白そうだったからやってみたくなって、自分で作ったら難しくて。だから簡単にしようと二十五マスで作ってみたわけ」


 なるほど、と橘はうなずく。

 面白そうではある。

 

「部首と画数が書いてあるんだ。『水』はさんずいのことか。それぞれの偏に、指定された画数のつくりの漢字を書いて埋めていくんだね。でも数字はランダムじゃないの?」

「ランダムにしたかったんだけど」


 樋口は下唇を噛む。

 なにか訳ありなのだろうか。

 隠したいのかもしれない。

 でも気になったので、橘は聞いてみた。


「したかったけど?」

「難しくて、わたしが勝てないかもしれないでしょ」


 そういうことですか、橘は小さく笑った。


「今笑ったでしょ」

「笑ってない笑ってない」

「絶対笑ったーっ」

「笑ってないってば」


 慌てて首を横に振る。


「まあ、べつにいいけど。ルールの説明をすると、真ん中からスタートして、交互に上下左右ななめ、隣り合った空いているマスに移動して、縦横交差するところに漢字を埋めていく。指定された漢字が思いつかなかったり、隣り合ったマスに移動できなくなったりしたら、負け」

「たとえば角に漢字を書いてそれ以上どこにも進めなくなったとき、負けになるのは角に書いた人なの? それとも次の人なの?」

「角に漢字が書けたのなら、負けになるのは、次の人にしよう」

「オッケー、わかった」


 先攻後攻を決めようと、樋口は握りしめた右手を突き出してきた。

 じゃんけん、と橘は拳を出し、ほいで互いに手を変える。


「わたしの勝ち。じゃあ、選択肢の多い先攻で」

「どうぞ」


 樋口はペンを手に、机の上で水4のマスに『決』と書く。



    月 火 水 木 金

   2

   3

   4    決

   5

   6



「サトシがモンスターボールからポケモンを出したときのセリフ、キミに決めた! の『決』ね」

「書くたびに、そんなこというの?」

「いいでしょ」


 橘はペンケースから鉛筆を取り出すと、表が書いてあるルーズリーフを手に取り、水3のマスに『汗』と書いた。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗

   4    決

   5

   6



「汗顔無知の『汗』です」

「カンガンムチ……ってなに?」

「その場から逃げ出したいほどに恥ずかしい、という意味の四字熟語です」


 ふうん、と呟く樋口は黙ってしまった。

 どうしたの、と橘が声をかけると彼女は息を吐いた。


「つかえそうなものないかと思って探してるんだけど、思いつかなくて」

「漢字は?」

「それは思いついたんだけど……あった」


 ルーズリーフをスッと取ると、樋口は木3のマスに『村』と書く。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決

   5

   6



「カロス地方、20番道路・迷いの森の奥にあるポケモンのむらの『村』という字」

「ポケットモンスターX・Yですね」

「ポケットモンスターXならミュウツーナイトX、ポケットモンスターYならミュウツーナイトYが手に入るんだよ」


 樋口の話を聞いている間、橘は手元に持ってきた紙を前に、どのマスを埋めるか考えていた。

 マスの隅に行けば、移動先のマスの選択肢が少なくなっていく。

 しかも画数が多い少ないで、思い出しやすさにも差がでてくる。

 いかに相手の選択肢を減らし、かつ、答えにくいマス目に誘導するか。

 このパズルの攻略は、そんなところにあるかもしれない。

 ……結論づけて、橘は木4のマスに『林』と書いた。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決 林

   5

   6



「風林火山の『林』です」

「疾きこと風のごとし、静かなること林のごとし……とかなんとか。武田信玄だったよね、たしか」

「うん。もとは、孫氏の軍争篇の言葉で、武田信玄の軍旗には『疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山』の十四文字が書かれていて、それを略して風林火山と現代の誰かがいったらしいよ」

「ふうん」


 樋口はルーズリーフに目を落とし、水5のマスに『泳』を書く。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決 林

   5    泳

   6



「ひとを乗せて泳ぐのが好きなラプラス、の『泳』ね」

「ポケモン図鑑の説明文だよね」

「ウルトラサン……だったかな」


 そうなんだと呟いた橘は、自分の手元に置いた表をみつめる。

 表の隅に向かって相手の選択肢を減らすためにも、右下か左下へ向かいたかった。

 なのに火偏の漢字が思い浮かばない。

 ……思いついた橘は、木6のマスに『校』の字を書き、樋口に表を渡した。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決 林

   5    泳

   6      校



「高等学校の『校』です」

「高校のことだよね」

「そうですね」


 樋口は口に手を当てながら、表を見つめている。

 どのマスにしようか悩むよりも、どんなポケモンに関連することを言おうか考えているのだろうか。

 首をひねり、目を閉じて五秒。

 パッと目を見開くや、急いで金5のマスに『鈴』を書きこんだ。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決 林

   5    泳   鈴

   6      校



「持たせたポケモンは心が安らいで懐きやすくなる、やすらぎのすずの『鈴』という漢字」

「メレメレの花園から東の草むらにいる、麦わら帽子をかぶってるおじさんと会話すると、手に入るアイテムだったよね」

「そうそう」


 彼女から受け取った表を見ながら、橘は腕を組む。

 金6のマスに移動すれば、樋口の選択肢は木5のマスだけ。

 柿や柏、柊などすぐに思いつくに違いない。

 ……ここはあえて、と呟いて樋口が書いたのは金4のマスに『鈍』の字だった。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決 林 鈍

   5    泳   鈴

   6      校



「頑鈍無恥の『鈍』です」

「どういう意味?」

「信念がなく、恥知らずという意味です」

「そうなんだ。それにしても、選択肢が二つしかない」


 樋口は表をみながら顔をしかめている。

 真剣な表情に、橘は思わず息を飲む。

 でも、考えてるのはまたポケモンネタなんだろうな……と思っていると、笑顔になり、木5のマスに『柑』の字を書いた。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決 林 鈍

   5    泳 柑 鈴

   6      校



「鉄壁ガードの女の子、ジムリーダーのミカンの『柑』の字」


 シャキーンと言いながら、樋口は高らかに左腕を掲げる。

 橘は一瞥するも、黙って紙を手にして、水6のマスに『海』の字を書いた。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決 林 鈍

   5    泳 柑 鈴

   6    海 校



「海千山千の『海』だね」

「ミカンのモノマネに触れずに進めるなんてヒドイ。ちなみにどういう意味?」

「ものの裏面まで知りぬいて悪賢いこと。したたか者っていう意味の四字熟語だよ」

「まさに橘ね」


 ムカつく勢いに任せて紙を奪うと、樋口は火5のマスに『炸』の字を書き込んだ。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4    決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「炸裂バルーンの『炸』」

「ポケモンカードですか」

「火偏ってあまりないよね」

「少ないかも」


 表から視線をそらさず、橘は月4のマスに『朋』と書き込む。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4朋   決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「知己朋友の『朋』ね」

「わたしと橘のこと?」

「漢字の説明に四字熟語をつかっただけで、それ以外に、深い意味はないです」


 四字熟語の意味を知っているとは思っていなかった橘は、慌てて紙を渡し、早口で「つぎは樋口さんの番だから」と急かした。


「わかってるってば」


 樋口は唇を尖らせつつ、火4のマスに『炎』と書いた。



    月 火 水 木 金

   2

   3    汗 村

   4朋 炎 決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「リザードンはほのおタイプのポケモン、の『炎』だよ」

「火炎ポケモンだね」


 はい、と彼女から渡されたルーズリーフ。

 橘は食い入るように表を見た。

 月5へ進むと、次の次は自分で終わる。

 そうすると、順番から樋口の負になるはずだ。

 だけど火6のマスに書くための漢字を思いついていない。

 書けなかったら負けてしまう。

 ……ならば進むべきは、と橘が選んだのは火3のマスだった。

 


    月 火 水 木 金

   2

   3  災 汗 村

   4朋 炎 決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「自然災害の『災』の字です」

「災害は怖いよね」

「地震、雷、台風、山火事に津波。自然の脅威の前に人は無力だから」

「備えていても、不意に襲ってくるから」


 樋口は鼻で息を吐いた。

 手元に紙をもってくると、月2のマスに『肌』の漢字を入れた。



    月 火 水 木 金

   2肌 

   3  災 汗 村

   4朋 炎 決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「ポケモンの特性の一つ、かんそうはだの『肌』にしました」

「熱いと HPが 減り、水で HPを 回復だね」


 そう言いながら橘は、火2のマスに『灯』を書いて紙を渡す。



    月 火 水 木 金

   2肌 灯

   3  災 汗 村

   4朋 炎 決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「懐中電灯の『灯』」

「防災には必要だもんね」

「必需品だね」


 そうそう、と呟いて樋口は水2のマスに『氾』と書き込んだ。



    月 火 水 木 金

   2肌 灯 氾 

   3  災 汗 村

   4朋 炎 決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「ポケモンが氾濫して人が街にあふれる、の『氾』という字」

「ポケモンGOのこと?」

「橘はまだやってるの?」

「もうやってないよ」


 橘は、手元に持ってきた表をじっと見る。

 残りのマスを気にしつつ、木2のマスに『机』と書いて埋める。



    月 火 水 木 金

   2肌 灯 氾 机

   3  災 汗 村

   4朋 炎 決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「机上空論の『机』っと」

「想像上の役立たずな考えや理論のことだよね」

「さて、樋口さんはつぎのマスに漢字をかけるか否か」

「そう……だね」


 橘からルーズリーフを受け取った。

 樋口は迷うことなく金2のマスに『針』と書く。



    月 火 水 木 金

   2肌 灯 氾 机 針

   3  災 汗 村

   4朋 炎 決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「ポケモンの技の一つ、どくばりの『針』。これで残りのマスはひとつ。橘は書けるかな~」

「これ書いたら、僕の勝ちになるんだよね」

「まあ、書けたらね。考えてみたけど、金へんで、つくりが画数が三の漢字って、浮かばないんだよね。さーて、今日はなにを奢ってもらおうかな」


 嬉しそうな顔をしながら、樋口がルーズリーフを渡してきた。

 奢らない奢らない、と橘は呟いて、表の金3のマスに『釦』と書いた。



    月 火 水 木 金

   2肌 灯 氾 机 針

   3  災 汗 村 釦

   4朋 炎 決 林 鈍

   5  炸 泳 柑 鈴

   6    海 校



「なにその字? わからないからって勝手に作らないでよね」

「カフスボタンの『釦』という字だよ。僕の勝ちだね」


 勝ちを誇った橘に、樋口は笑顔で一言。


「四字熟語じゃなかったから、わたしの勝ち~」


 えー、と橘がぼやいたとき、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

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