島歴0年3月

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 でっかい棺桶だと何十人をもその手にかけ死神とまで呼ばれた凶悪殺人犯である石動は楽しげに呟いた。

 死刑になりたいがために何人も車で轢き殺した関本は、苦しまずにすぐに死ねればいいと無気力に、放射線とは人を殺すものというマスコミで得た知識に願う。

 勝手に殺さないでよと、無意識に頬に残った古傷を弄りながら、次々と四人もの伴侶を殺した三田村は文句を言った。

「死んだら検体でお役に立ってもらいますからね!」

 点呼の時間だと、看守を兼ねた管理人、唯一囚人ではない高橋は名簿を丸めて三人の頭を叩く。パコパコと呑気な音が甲板に響き渡った。


 沖ノ鳥島が埋め立てられた経緯も、そこに極秘理に原発燃料が保管されるに至った経緯も高橋は知らされていない。ただ原発事故の被災者の一人として、除染のために不要となった大量の土の行方として沖ノ鳥島のことを知っただけだった。――囚人施設を作るらしい。刑務官を募集している。

 高橋は島へ送られる囚人を可能な限り調べ上げた。

 安楽死事件の石動、間違った積極性を持ってしまった自殺志願者の関本、DVの被害者と目されながら正当防衛を認められなかった三田村、等々。

 高橋はリストを前にふと考えた。思ってしまった。小さなアパートで出身を悟られないよう、肩身を狭くしている自分との共通点を。


 食料や日用品やその他の山のような物資と共に島に降ろされ取り残された五〇人は、看守たる高橋の必死の呼びかけで、まず砂浜に集められた。

「私たちはあの社会に不要だと言われてここに来た。死にたくないと思ったから手を上げたんだと信じてる。だからここでは、全員が適当に働くのが良いと思う。必要も不要もなく、生きるために適当に暮らすの。食料のために畑を作る。魚を獲っておかずを増やす。やめたくなったら、死ねば良い」

 高橋は島の方針を演説した。

「生きたくねぇと思うやつは生きていられても迷惑だ。飯の分け前の無駄ってもんだ。死にたくなったら俺に言え。キッチリ楽に殺してやる」

 石動医師が胸を叩いて保証した。石動の犯罪歴を知るものから、乾いた笑いがいくつも起こった。

「何をしても私は罰したりはしない。刑務官っていう肩書はあるけど、志願者で別に役人ってわけじゃない。単なる本土との連絡役と思って欲しい」

 高橋は山を見上げる。四〇メートルほどの小高い丘程度の山だ。その上にだいぶ馴染んだコンクリートの管理等が建っている。

 あそこを集会場にしよう。高橋は思う。

「されると困ることは、島を出ることと余計な人が入ってくること。一応ここは刑務所だからね。地下の保管庫も立ち入り禁止。入りたい人がいるとも思えないけど。西にある水溜りは放射線量が高いらしいから飲むのは禁止。あと、年に二回の定期検診は必ず受けて。それが私達の収入になる。島で賄えない物は、そこから捻出することになる」

 ケチだとか文句言うなだとか、喧嘩寸前の勢いで言葉が飛び交うのは、犯罪者集団としてはご愛嬌の範囲だろう。手が出たとしても止めはしないが。

 高橋は一人ひとりを見回して、道と建物しかない緑に埋もれた山を見上げる。

「一〇〇年間。ここを、生きたい奴だけが誰も否定されずに生きる、そんな楽園にしよう」

 元気よく賛同するものはいなかった。多くが仕方無しに、死ぬよりマシだというそれだけの理由で、死なないために動き始めた。

 それでいいと、高橋は思う。

 一生懸命でなくとも、熱血でなくとも、効率が悪くとも、障害があったとしても、無駄な動きをし続けても、高橋は構わない。島にいる誰も構わないと言うだろう。拒否され、否定され、実力行使に否を突きつけられ、今日かも知れない何時かに怯えるよりマシだと選んだ、五〇を数える人々なら。

 不幸だと感じる人のいない島になればいい。高橋は思う。


 きっとそれを楽園という。

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楽園の子供たち 森村直也 @hpjhal

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