第40話 堕落天
いつ以来だろうか
自身が持つ魔力を全て解放したのは
いつ以来だろうか
こんなにも感情をむき出しにしたのは
常軌を逸した魔力量
常人では決して使うことのできない規格外の魔法
人智を超えた力
人ならざる者として恐れられる
強さを欲する者達が手に入れたい物を手にいれてしまった俺は果たして人と呼べる存在なのだろうか
力とは何だ
強さとは何だ
強さを求めて何になるのだろうか
人のために使う…そんなことを思うものなどいやしない
強さを手にしたところで悪戯に力を振り撒くだけだろう
そういう者たちを何人も見てきた
力に溺れた愚かな者たち
彼らは誰一人として例外なく破滅への一途を辿ってゆく
強さを求めてしまえば力を得た時に必ずその代償を払わなければならない
強さとは呪いだ
力とは呪縛だ
全てを投げ打ってまで望んだモノが手に入れば別のものを欲するが、望んだモノは力を望んだ代わりに捨ててしまったモノだ
哀しみ、惜しみ、後悔し、怨む
様々な感情が押し寄せてくるが、自分の意思で捨ててしまったモノは二度と元には戻らない
力を求めて力を得た強者の定めであり末路
強さに呑まれたモノたちは例外なく喪失感に襲われる
絶望の淵に立たされたもの達は皆、失った後に気づく
何も変わらない日常が恋しい…
平穏だった生活が懐かしい…
ごく普通の会話が羨ましい…
力を得たことによって無くしてしまった平凡な人生は強者が望む唯一の願い
叶うはずもない全てを投げ打って欲したものを今度は捨て、平穏を欲するという身勝手な願い
願わずにはいられない
祈らずにはいられない
欲求を抑える事はできない
強欲な人々は求め続けてしまう
そして願ってしまうのだ
[神]或いは[悪魔]
自身の願いを叶えてくれるのなら何でもよかった
この絶望から救ってくれるのなら誰でも…
絶望の淵に立つ者、絶望に嘆いている者の前に現れるのは[神]でもでも[悪魔]でもなく、どちらとも言えない存在だった
強く…強く救いを願い、救済を求める強者の前に奴は現れる
[堕落天]
奴は漆黒の中に生きる微かな光
人々の視線を奪う容姿
幸福感を満たす声
[天使]かと思わせるほどに美しい存在だった
[堕落天]を見た者は[天使]か[悪魔]かもわからない存在に誰もが縋った
お助けください
平穏をください
自由をください
超越した力なんて入りません
特別なんて入りません
普通な日常を…普通な人と変わらない生活をください
力を得た者の、その願いに[堕落天]は優しく微笑む
『力に溺れた愚かなモノよ
悲観せずとも私が必ず救ってやろう』
癒しのこもった声、聞くだけで感情の全てが満たされてしまう
その声は[天使]の呼びかけに近いものだった
あぁ…なんと美しく、なんと神々しい
美しいという表現…言葉を具現化したかのような存在に思わず見惚れて無意識に跪いてしまう
それ程までに奴は美しかった
『何を望む?何を欲する?
私が全てを与えてやろう』
その問いに彼らは迷いなく答える
「平穏…自由が欲しい」
その答えに[堕落天]は優しく微笑む
『願いは必ず叶えてやろう
だがその為には対価を支払ってもらう必要がある
お前の最も大切なモノを私に差し出すのだ』
願いを叶える為には大切なモノを差し出さなければならない
しかし追い詰められたモノ達は何の迷いもなく差し出す
願いのためならば大切なモノの一つや二つを差し出しても痛くも痒くもない
そう思っていた
自分自身の大切なモノが何かを深く考えることをせずに、彼らが最も望んだ大切な[力]という大切なモノを[堕落天]に差し出した
これで願いが叶う…
大切なモノを差し出したモノ達は安堵していた
力を失ったが平穏な日常が帰ってくる
……本当に思っていた
[堕落天]に願えば叶えてくれる
何故かそう思った
冷静に考えれば得体の知れない存在が大切なモノを差し出しただけで願いを叶えてくれるとは限らない
しかしそれでも[堕落天]に縋らずにはいられなかった
それ程までに追い込まれていた
だから[堕落天]に願ったが、[堕落天]が叶えた願いは自信が望んだ結末ではなかった
[堕落天]に願った結果は最悪なものだった
[神]でも無いものに縋り、願いを叶えた代償
あるモノは故郷を失い
家族を失い
愛する人を失い
生きる意味を失った
……何故こんなことになった
ただ平穏を望んだだけなのに何故失うことになるのか…
いくら考えても答えは出てこない
[堕落天]の叶えた願いは平穏と自由の障害となるモノの排除だった
差別するモノ達を
軽蔑するモノ達を
恐怖、畏怖するモノ達を
生み出した原因となったそれら全てのモノを排除し、全てを消し去る
これが[堕落天]の救済
願いが叶い
[堕落天]に縋ってまで望んだ自由が手に入り、平穏な暮らしができる
何もないところから自分の手で一から始められる…
そう言うことではない…そう言うことではないんだ
願ったのは普通の暮らし…力を得る前の家族との普通の暮らし…
家が裕福でなくとも家族と…親しい人たちとの何の変哲のない暮らしがもう一度したかっただけなのに…
何故…何故…何故こんなことに……
[堕落天]に願った結果、全てを失うことになった
更地となった故郷には今まで暮らしてきた証が完全に消え去った
しかし不思議と悲しいはずなのに涙が出なかった
家族の顔が思い出せない
友人達の顔が思い出せない
故郷がどんなところだったのか思い出せない
愛したはずの人の顔が思い出せない
確かにあった記憶が消えてしまっていた
消えているのならば何故…願ってしまったのか
頭を顔を血が出るまで爪を立てて掻きむしり、疼くまる
どんなに掻きむしって傷つけても思い出せない
魔法を使おうにも力を差し出したことによって使えない
涙が流れても何で涙が出ているのかわからない
頭を強く地面に打ち付けようが血が地面に落ちるだけで何も変わらなかった
思い出が全て綺麗に消えていた
何のために願った…それすらもわからなくなった
「ふざけるな…ふざけるなぁ!!」
天を仰ぎ、叫ぶが、何も変わる事はない
しかし目の前の現実を受け入れることができなかった
力を求め、力を得て、力を捨てた結果
死よりも辛い現実が待ち受けていた
そして命を断つモノも、廃人になったモノもいたが誰一人として[堕落天]に復讐をしようというモノはいなかった
[堕落天]は願いを聞き、叶えただけであり
力を抜き取っただけで家族を消し去ったり記憶操作などのことは一切していない
疑ったところで証拠が無ければ立証することができない
結果がどうであれ彼らが願ってまで欲しがった自由と平穏を得たのだから
[堕落天]を恨むものはいない
逆に感謝をしていた
願いを叶える[神]ごとき存在
本気で[堕落天]のことをそう思っていた
[堕落天]に縋った彼らは[堕落天]の本性を誰も知らない
『ふふっ…ふふふっ…
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ』
私は絶望する…その顔が見たかった
嬉々として故郷へと帰り全てが消えた時のその絶望の底へと落ち、崩れ落ちたその顔が見たかった
絶望こそが蜜の味
虫どもの願いなどどうでも良い
幸福から絶望へと切り替わるその姿が見たかった
力を捨てる代わりに平穏が欲しいなど…愚かにも程がある
力がいらぬならば捨てしまえ
何故こんな簡単なことができないのだろうか
虫どもの考えることは虫にしかわからない
しかし…絶望に染まる表情は虫と言えど楽しませてくれるモノがある
暇つぶしにもなる
記憶を消し、大切なモノを消し、気付いたときには後悔をする
その姿を見るだけで満たされる
記憶が消え、大切なモノが消えたときにどんな表情をするのだろう
どんな思いをするのだろうか
自尊心のかけらもなく泣き噦るか後悔しながら自決をするか
様々な行動をするその姿は見ていて飽きない
あぁ…もっと…もっとだ
もっと絶望に暮れるその姿を見せて欲しい…
もっと楽しませて欲しい…
もっと笑わせてくれ…
貴様らが絶望するにはまだ足りない
もっと試練を…もっと理不尽を…もっと残虐を…もっと……もっともっともっともっと…与えなければ
『ふふふっ…ふふふっ…
ふふふふふふふふふふふっ…』
もっともっと見せて欲しいのだ
……だから私の邪魔をしてくれるな
私には虫どもを這い上がることのできない絶望へと堕とす大きな計画があるのだから
私はその先を大いに期待をしているのだ
「加虐趣味のクソ天使が…
何でも思い通りになると思ってんじゃねぇよ」
邪魔をしてくると言っても所詮は虫
直ぐに生き絶える
『絶望から這い上がった経験をしたからか?
随分活きがいいではないか
そうは言っても虫は虫
羽根を捥げば大人しくなるが、虫は虫らしく足掻いた後に苦しむ姿を私に見せてくれ』
戦うことが嫌になり自由に生きたいのですが日々戦闘を繰り返しています マカベクロウ @makabekurou
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