第39話 釣り針
魔族を自らの手で葬った
自分の意思で命あるものを殺したが、その事実について特に思うことは無く
罪悪感など微塵も感じていなかった
「……何やってんだ俺」
興奮が収まり冷静になったところで自分の行いを恥じた
高揚すると判断力が低下し周りが見えなくなるのは俺自身でも自覚している悪癖
これはどうやっても治らなかった
治そうとは思ってはいるが無意識にやっていることなのでどうにもできない
唯一の救いなのは目撃者がいないことだけだ
普段、冷静で落ち着いた性格をしている奴が高笑いをしていたらどう思うだろうか
殆どの人が奇妙な視線を向けるのは間違いない
俺を知っている人は爆笑するか心配されるかのどっちかだ
本当に誰も見ていなくてよかった
「……[魔王]…ね」
そしてあの魔族が残した問題がまた厄介だった
平和とも言えない世界に[魔王]を名乗る者が誕生した
それが何を意味するのか
[魔王]と言うのは世界征服を目論み、自分に逆らう者がいなくなるまでこの世からいなくなるまで蹂躙し続ける
[魔王]とはそういうもの、そういう存在
平和を願う世界にとって[魔王]とは最低最悪の存在であり不純物
その世界の不純物を取り除く役目を持つのが[勇者]だ
世界征服の阻止し、[魔王]を討伐することが使命
正義のために動き、平和のために尽力を尽くす
[勇者]とはそういうもの、そういう存在
よって[魔王]がいれば当然[勇者]もいるわけであり、両者が争うのは必然
[魔王]が誕生しているのならどこかしらで[勇者]を名乗る者が現れていてもおかしくはない
[魔王]と[勇者]
両者側が目的のために死力を尽くし合い、どちらかが死ぬまで終わらない争う
そして無関係の人々を巻き込み、次第には死体の山を築き上げる
それを知らない人々は必ず[勇者]が[魔王]を討伐してくれると期待を寄せてしまう
[魔王]を倒すだけで平和が訪れるわけがないのにも関わらず、人々は[勇者]に期待をする
その後に来るのが平和であることは決して無いはずなのに…
無知とは本当に恐ろしい
…と言うのが[魔王]が誕生したこと聞いた時に思ったことだ
正直に言うと[魔王]が誕生したことはそれほど問題では無い
[魔王]が現れようが[勇者]が現れようが両者がやることは対して変わらない
[魔王]と[勇者]が死ぬまで戦う…ただそれだけ
それにしても…あのバカ道化師
そんな警戒するほどのことでも無かったじゃねぇか
アイツの魔力完治は信用はしているが…偶に精度が良すぎてこういうことが起きる
十中八九、奴に似た魔力を感知して俺に伝えたんだろうが
そもそもよく考えれば、ごく僅かな魔力でも感知されるようなミスはしない
感知されるようなことがあれば自身の魔力を別の魔力に変化させて感知された魔力を餌にする
だから〈索敵〉を行っても意味が無い
この上なく面倒で厄介な相手だ
それがわからないやつではない筈なんだが…
…………………待てよ
それなら何故、アイツは奴の魔力を感知したと俺に報告をした?
その報告があったから〈索敵〉をして奴に似た本当にごく僅かな魔力を見つけた
でもその魔力は魔族の魔力であって奴の魔力では無かった
あの時は冷静さを失っていて気にもしていなかったが、何であの時おかしいと思わなかった?
魔力を感知されたことに気づいて餌にするような奴が罠を張っていると何故思わなかった?
そもそも何で俺は無理をしてまで〈索敵〉をした?
「…………やられた」
それがわかったところでどうしようもないことくらいわかっている
俺は釣り針に引っかかった魚
後は釣り上げられるだけだ
だが幸いな事に魔法を発動した状態…まだ打開できる猶予はある
奴が何かをしてくる前に対応をしなければ…
「どうなされましたか?」
「は?」
微かな甘い匂いと共に俺の背後から聞こえるはずのない声がした
振り返ればそこには…
「ユーリシア男爵令嬢?」
何で男爵令嬢がここに?
そもそも何で動ける?
魔法はまだ解いていない
それなのに…何で…
「ふふっ…」
こちらが戸惑っていることを悟ったのか男爵令嬢は不敵に笑う
そして男爵令嬢は指を鳴らした
「ぶはぁっ!!!」
突如、甘い香りが強くなり脳髄を撫でられたような感覚に陥ると目、耳、鼻、口から血液が流れ出る
手足に力が入らなくなりその場で膝をついてしまった
何をやられたのかはすぐにわかった
匂いで脳を直接刺激された
魔法で抵抗しようにも魔力が定まらない
防壁を張ることもできない
無理をして〈索敵〉をしたのが祟ったか…
いや…違うな
男爵令嬢が指を鳴らす前、魔力に変化があった
…となれば
「……チッ、なるほどな
俺も間抜けだ」
血を流しながら膝をついて苦しそうにしている姿を見て男爵令嬢は笑う
正確にはコイツは男爵令嬢では無い
道化師と俺が最も警戒していた人の心を弄ぶ最低最悪の存在
そんな奴が男爵令嬢の姿に扮していた
『ふふふっ…苦しそうだね
魔法を使えば当然なんだが、魔法が優れている者ほど脳を過剰に働かせる
普通なら魔法を使った後に自動的に脳を癒すために〈回復〉が施されるが、魔力の消費量が多く持続時間が長い魔法ほど脳に負担がかかる
強大な魔法を使う時に脳が割れそうになる感覚になるのは情報を処理しきれていないということだ
魔族が強力な魔法を間髪入れずに発動できるのは魔族が再生機能を持つからであり、人は時間をかけて自然に脳を治癒をするのを待つか魔法を使うことでしか回復することができない
だから人が魔法を使えば直ぐに限界が来るのはそういうことだ』
「……俺に魔法の講義をして何になる」
『愚か者には復習が必要だろう?』
「クソが」
相手に脳を刺激されていて魔力が定まらない
詠唱をしようとすれば脳に激痛が走る
このままでは〈回復〉ができない
抵抗できないままで終わってしまう可能性がある
『ふふっ…魔法を使えなければそこらへんの蟲と変わらないとは…
使命もなければ役割もない
無駄に数だけが増える目障りで醜い蟲
視界に入るだけで不快な気持ちにさせる
しかし蟲と違って感情があるから面白い
中でも絶望の底に堕ちた顔は見ていて滑稽
人が生きていることで需要があるのは、恐怖と絶望の中で虫と同じように悶える姿が娯楽であり暇つぶしには丁度いい」
相変わらずの加虐趣味
脳味噌まで腐ってやがる
「今日はよく喋るんだな
人を利用することでしか動けない臆病者が」
『君ほどではないさ
何を恐れているのかは知らないが
自分自身を偽り続け、嘘で塗り固められた虚像を世間に晒している君よりかはマトモだと思うがね』
「…チッ」
『ふっ…そもそも私は蟲どもを利用しているつもりはない
できるなら関わりを持ちたくないくらいだ
だが、私が動かなくとも蟲どもが私に歩み寄よっているのだ
蟲どもが私に救いを求め、私は慈悲深い心を持って答えている
私は蟲どもを救済しているだけだ』
「何が救済、何が慈悲だよ
それをやった結果の行く末を最後まで見届けたことがあるのか!!」
『興味が無い
それが救いを求めた蟲どもが望んだ結末だろう』
救済を求めた人々の多くが最後には深淵に沈み、堕ちた
廃人になる者もいた
大切な人を手にかけた人もいた
全てを失い、心が崩壊した者もいた
多くの人々がコイツの手によって絶望の底に落とされた
そんな奴が何で生きている
何で誰も罰しない
人の心を弄んでいる奴が何で満たされているんだ
コイツはこの世に存在してはいけない
全ての力を使って滅しなければならない
それが俺の課せられた使命
俺の生きる理由
今まで制限をかけていた魔力を全て解き放ち、コイツを殺す
『ん?』
「〈魔力全開放〉」
その魔力は人が所有できる量を遥かに超えていた
[勇者]も[魔王]も[賢者]も[
人間が決して到達できない領域に踏み込んでいる者でしかあり得ない
学園をも飲み込む魔力量は常軌を逸していた
『ほぅ…やる気にさせてしまったか』
「今すぐに殺してやるよ[堕落天]」
『前菜が粋がるな
魔力を解放したからといって何ができる』
「ハッ!どんな状況でも不可能を可能にするのが魔法だろうが」
『ふっ…なら来てみろ
[■■]に踏み込んでいるとは言え、所詮はお遊びだってことを教えてやる』
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