第38話 何も無かった

「音」について考えたことはあるだろうか


音というものは空気や振動によって気体、個体、液体などに伝わり波紋のように広がっていく波動のようなもの


振動が様々な物体を利用することによって発生する


簡単に説明をすればこんなところだろう


そんなものを攻撃手段として用いればどうなるか


盾を使っても目に見えない攻撃


精神を抉り、脳を破壊することも可能であり、防ぐ方法があるとすれば自らの鼓膜を破るしか方法が無い


音は凶器にもなり、癒す効果もある数ある魔法の中でもトップクラスの希少な魔法なのだが…


魔王の配下であるカイントユーベンの音による魔法攻撃はセンには効果が無く、基本的な属性を付与した魔法も脳に直接ダメージを与える魔法も精神を揺さぶる魔法も全て効果が見られなかった


この結果にカイントユーベンは焦りを感じるというより相手に対して畏怖していた


魔導具を使用しているにも関わらず無傷でいられるなんてことはあるだろうか


魔導具を使用すれば魔法の威力が1から10、100にもなるようなものだ


火の魔法を魔導具を使えば骨になるまで焼き尽くすことが可能になり精神を刺激すれば廃人にすることもできるようなものである


にも関わらず魔導具であらゆる魔法を使用してもセンは全くの無傷だった


こんなことがあっていいはずがない


魔王様の配下である者が人間に遅れをとるなんてあり得ない


しかし数多の魔法を受けて尚、センは無傷のままだった


反撃する様子もなく、防御を取る素振りもなく


ただ黙って攻撃を受け続け、欠伸をする余裕すらあった



「工夫が足りない」


「…なに?」


「攻撃の手段が単調すぎる

基本に忠実な丁寧な魔法だから捻りが無い


予め属性を付与した魔法陣を所々に設置して、音に反応したら魔法が発動するのと


魔力を乗せた音を奏でることで脳を刺激して精神を崩壊させようとするパターン


至って普通な魔法の使い方だ


脆弱すぎて欠伸が出るぜ」



単なる挑発


普段ならば聞き流していたことだったが



「脆弱?俺がか?

人間風情が何を言っている?」


「お前の他に誰がいる」


「魔王様の配下であるこの俺を弱者扱いとはな

劣等種が舐めたことを言いやがって」


「……魔王?」


「人間だと思って多少の情けをかけて手加減をしてやったのが間違いだった


殺す殺す殺す殺す今すぐ殺してやる!!


後悔して命乞いをしても意味はない


死ぬ時期が早まっただけなのだからな


この国の人間どもは世界を蹂躙するための最初の礎となるのだからな!!」


「……ふむ」



何のプライドがあったのかはわからないが狂ったかのように喚き散らしていた


しかしそれを聞くことはなく、魔力を指先に溜めて指を鳴らす


すると爆音が鳴り響くと学園が揺れて窓ガラスにヒビが入る


予期していなかった強大な音に反応なんてできるはずもなく硬直した



「音の魔法なんてのは属性を付与した魔法や精神を破壊するだけなんて縛りは無い


活用方法はいくらでもある


大きな音を鳴らせば鼓膜が傷ついて暫く音が聞こえなくなり身体が固まる


ほんの少しの間だけだがその少しが俺らには命取りになるわけだが…」


「……」


「…あぁそうか

聞こえてねぇのか」



…………



「よぉ…聞こえるか?」


「……!」


「聞こえているな

…っとまぁ…音の魔法はこうやるんですよって使い方を実演したわけではあるが…


そんなことよりもお前に聞きたいことがあるんだよ」



頭を掻いた後に視線を魔族に移す


その視線に背筋がゾッとした


先程までとは明らかに雰囲気が違う


道化師のように笑っていた男が今度は空気を凍てつかせるような視線を向け、完全に相手を萎縮させていた


(あっ……これは勝てない)


自然とその言葉がカイントユーベンの脳裏に過ぎる


相手は劣等種と見下していた人間だった


しかし目の前にいるのは魔族としてのプライドが完全に消え去るような相手だった





「……〈圧縮〉」



急に足元が不安定になり地面に倒れ込んだ


何が起きたかわからなかった


地面が無くなったかと思ったが今身体が触れているのは地面だった


なら何故自分は倒れたのか…


そして気づいた


足の感覚がない


ゆっくりと自分の足元を見ると…



「………は?」



両足が潰れていた


魔法を発動した素振りはなかった


相手はそこに立っているだけだった


なら何で足が潰れているのか


潰された感覚も痛覚も無い


血が飛び散った事にすら気が付かなかった


相手が音の魔法を使い幻覚を見しているのかと思い両足を触れると激痛が走る


ちゃんと痛覚はあった


そしてこれは現実に起こったことであると理解させられた



「悪い

逃げる足を無くさせてもらった

心配するな

聞きたいことを聞いたらちゃんと治す」


「……聞きたいこと?」


「[魔王]って何?」


「…? [魔王]様はこの世界の…」


「あぁ…違う違う

そういうことを聞いているんじゃなかった


勿論、[魔王]のことは俺もよく知っている


でも俺の知っている[魔王]は世界を蹂躙するなんてことはしないし、世界の頂点に立つ考えなんて持たない


世界のトップを目指すことあの人へ挑戦状を叩きつけるようなものであり、それがどれだけ無謀なことなのかは俺が知っている[魔王]ならば知っていて当然なことなんだよ


それを知った上でお前らは何をしようとしているんだ?」



この世界には破ってはいけないルールが存在する


それは正式に決められたことでは無く、知る人ぞ知る暗黙のルールなのだが知らなかったじゃ済まされないものだった


その中には魔王が行おうとしている世界を蹂躙することや世界征服も含まれていた


しかしこれは知る人ぞ知るルールなので魔王の配下が知らなくてもおかしくはない


それでもその暗黙のルールの中で絶対に破ってはいけないルールがあるが



「……お前が何を言っているのか理解できない


さっきも言った通り、魔王様は世界を蹂躙

そして世界を征服するおつもりだ


そして逆らう者が出ないように強者を世界の屠り

この世界で…」


「待て」


「?」


「…お前今何を言おうとした?」


「…何?」


「………そうか

お前も…魔王を名乗ってる奴もただの阿呆か」


「は?」


「…先に教えといてやろう

お前らがやろうとしていることは確実に失敗する」


「何だと…」


「せめてもの情けだ

ここでのことは何も無かったことにしてやる」



何も無かったことにする…


これを聞いた時にどのような解釈をするだろうか


「見逃してもらえる」「助かる」と思い安堵する者が大半だろう


実際にカイントユーベンもそう思い安堵していた


しかしその考えは上空に浮かんでいるものを見てしまった瞬間に希望が絶望へと変わった



「…何だよあれ」



ふと上空を見上げた時、そこにあったのは王国の上空を覆い尽くす巨大な魔法陣がそこにあった


今まで見たこともない


魔王の配下は疎か、魔王ですら国を一つの魔法で滅ぼせるような魔法は無い


それは人間が魔王を越えるかもしれない魔法だった


「ここでは何も見ていない、何も聞いていない

そもそも何も起こっていない

一瞬だけ一部の生徒に見られはしたけど何も問題はない」


「何を言って…」



この言動は明らかにおかしかった


これだけ騒ぎを起こしておいて何も無かったことにするなんて不可能だった


と普通はそう思うだろうがセンには何も問題はない


こうなることを予測してすでに手は打ってあったからだ


それに気がついた時にはもう遅かった



「………いつから」


「さぁ?いつからだろうね


知ったところで何かできるわけでもなし…死ぬことには変わりない」


「お前…聞きたいことを聞いたら治すって…」


「気が変わった…というかお前らみたいな阿呆を生かしておくと俺も巻き添えを喰らうということに気づいてな


だからここで消しておく


何…心配するな


痛いのは一瞬だけだ」


「ちょまっ…」


「じゃあな

世界の全容を知らない愚鈍者


〈圧縮〉」



この日、一人の魔族がこの世から消え去り誰にも知られずに消滅した


肉も骨も潰れて跡形も無くなり、死体すらも残らずに消えたことによって、一人の配下が消えたことを[魔王]は気づくことは無かった

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