07:銀の庭の回収人。
シェヘラザードの夜が明けたとはいっても、白夜病の夜が明けるわけでもなく。小日向ヒナはいつも通りの公園で、ブランコに座りながら試練の報酬を受け取りつつここ数日の夜に思いをはせていた。
試練の夜であることと隣に誰かがいることを推奨されていたこと以外は普段の狩りとさして変わりないなんてことない日々、それでも限界まで活動してしまうぐらいには浮足立っていたのも現実で、まるで普段と違う夢を見れたようでヒナは冷めやらぬ熱を持て余している。頬杖をつきながらしばらくそうしてふつふつと思い出すなんてことない狩り楽しんでいたところで、ヒナはようやく自分がここ数日の癖で高見ヒロを待っていることに気が付いた。
普段から約束はしていない、試練の間は時刻と場所を決めていたがそれももう終わった。終わったということは、待っていても彼はこないということだ。気恥ずかしいような、そうでもないような。胸の骨の間を冷たい風がすり抜けるような痛みにヒナはため息をつく、自分は何をしているのだろう。
「……?」
公園の茂みが揺れる、続いて足音がとことこと続く。控えめでも大きな歩幅、迷うような音にヒナはそれが少なくとも高見ヒロではないことを確信する。周囲に化け物の気配もない、おそらく公園にやってきた誰かさんは罹患者ではないか罹患者であっても敵意がないだけだろうと自身の中で結論付ける。
じりりと街灯が鳴り、羽虫の音がぶんぶん響く。その音を振り払うべきか少しばかり悩んでいたところに、光の当たる場所に”ぷぁあ”と鳴きながら白い猫が姿を現した。尻尾の短い、ポンチョを来たずいぶんおしゃまな猫だった。おしゃまな白猫はしばらく座ってヒナを観察しているようで、ヒナはよく分からないがとりあえずその白猫を見つめ返す。なんともいえないにらめっこ、しばらくそうしていたような気がするし、一瞬だけのような気もした。
気が付くとその白猫はヒナの足元まで駆け寄って、そこでまた座り込んだ。見上げているあたり膝に乗ってもいいか品定めをされている気がして、ヒナはなんとなく端末をポケットに放り込んで膝の上を開けてみる。お気に召したのか、白猫は慣れた様子で膝に乗っかっては丸くなった。暖かいような、つるつるしたような毛並みがくすぐったい。
「ぷぁあ」
白猫が鳴いてみせると、あとを追いかけるように少年が街灯の下に現れた。ぱっと見少年だとヒナは思ったが、どこか空気間が曖昧でもしかしたら彼ではなく彼女かもしれないと首を傾げる。そんな様子に少年も不思議そうな顔でこちらを見つけると、控えめな形で会釈をした。
「これ、きみの?」
ヒナの問いかけに少年はまたこくんと頷くと、視線で隣に行っていいか聞いてくる。あまり喋らないタイプらしい。「いいよ」とヒナが頷けば彼(彼女?)は隣のブランコに席を取った。また猫が「ぷぁあ」と鳴く、変な鳴き声の猫だなと思ったが猫とはそういうものなのかもしれないと背中を撫でながら思う。
「……あなたは、ぜろななの参加者ですか?」
聴き馴染みのないハスキーな声がした、少し考えて少年が喋っていることに気が付く。ぜろなな、という単語に聞き覚えのないヒナは首を振ると少年はまた少し考えるそぶりを見せては「じゃあ、Scapegoat?」と別の問いを出す。
Scapegoat。スケープゴート。それには心当たりがあった、覚えていたことにも驚いているが、それは小日向ヒナや他の罹患者たちが使っている羊のアイコンのアプリの名前だ。
「そう、ですか」
「きみは違うの?」
「違います。……俺は、銀の庭のプレイヤーで……貴方とは違う、シナリオの参加者です」
「お隣さんみたいなかんじかな」
「そう……ですね、そんな感じです」
曰く、彼は銀の庭──SILVERGARDENというアプリのプレイヤーで、昼夜関係なく狩りに出ているのだという。闇の結晶体と呼ばれる敵を相手に、盗まれた光を取り戻す戦いらしい。昼夜関係ないということは、生活はどうなっているのかを聞いてみれば「回りは俺たちのことを気にしない」らしく、それはまるで自分たちと同じなように思えた。
「色々、おかしいんです。この夜も、狩りも……多分、みんなも」
「僕たちがおかしいんじゃ?」
「それもそう、ですけど。それだけじゃなくて……」
困ったように目を伏せる彼の話を、まるで遮るかのように鉄が跳ねるような異音が公園に響いた。突き刺すような風、からからカラカラがらがらと雪だるま式に増えていく異音がこちらに迫ってくる。
小日向ヒナと少年は同時に、そして咄嗟にブランコから飛び降りそれぞれの武器を構えた。ヒナは巨大な食事用のナイフを、少年は銀色の立方体から片手剣のような鎌のようなものを右手に携える。
夜闇を騒がしく飛びだした、それは空き缶が固まってできた巨人だった。
色はぐちゃぐちゃで判別できないが、ところどころに銀の継ぎ目がある。今夜は随分とおしゃれなのが多いらしい。動くたびにがらがら喧しいそれをヒナはカンカン巨人と呼ぶことにした、少年はカンカン巨人のことを野良ボスと呼んでいた。
足をばねのように弾き出す、身体は宙を掻き切りナイフがカンカン巨人の腕を割く。割けた腕をこぼれた空き缶が修復しようとしたが、少年が即座に銀剣から魔法のような花火を叩きこむことで阻止して見せる。
「慣れてるね」
「あなたも」
「戦うのは好きだから」
叩けば音が鳴るように、ぶった切ればこれまたコォンと変な音が鳴る。楽器みたいだと思うとちょっと面白くなった。カンカン巨人が大きく右足を上げる、踏み鳴らしまでされたら花壇が荒れてしまうなと思った。どうしようかと一息足が止まり考える隙に少年が先に飛び出して、右足が落ちる先に滑り込む。ガンッ、と大きな音が響いた。
「ダメだっていつも言ってるだろ」
足が踏み下ろされることはなく、中途半端な位置で止まっている。着地先に滑り込んだ彼が、シャボン玉のような金色のバリアを張って耐えていた。花壇は無事だった。じゃあやることはあるよねとヒナは巨人の左脚に攻撃を叩きこむ、主軸を失ったカンカン巨人はぐらりと揺れて仰向けに倒れこんだ。
バリアを内側から割って出てきた少年がそこから飛び出して巨人にとどめを刺そうとするのが見える、それに合わせてヒナも力を込めて同じ場所を狙った。誰かの攻撃に合わせることは高見ヒロ以外にはしなかったが、不思議とうまくいく。
断末魔を上げながらカンカン巨人はバラバラの空き缶に戻ったと思ったら、その空き缶もぱっと崩れるように消えた。とてもエコだ。
「お疲れさまです」
「うん、おつかれさまでした。なんか凄かったね」
「びっくりしてます。……二人で倒せたのは、そんなにない」
「見た目だけだったのかも」
「……どう、でしょう」
少年はカンカン巨人が消えた場所を見てはまた考えているようだった。そして、ふとヒナをみるとまたうーんと考え、そして控えめな空気で不思議な話をしてくれた。
「07……七時の扉と呼ばれるシナリオの参加者には、気を付けてください」
「どういう意味?」
「他の参加者を、襲うことがあるようなんです。そういうシナリオ、なのかもしれません。……目立つ方は、狙いやすいので」
「目立つかな、僕」
「……戦闘は、かなり、その……すごいです……」
どういう意味なのかは分からなかったが、彼がヒナのことを案じているということは流石のヒナにも伝わった。「気をつけるよ」と応えると彼は頷き、どこぞへといつの間にか消えていた白猫を呼び寄せると公園を去ろうとする。だが敷地の手前で足を止め、何か思い出したように振り返った。
「アスマ、です」
「……あ、名前名乗ってなかったね」
「はい。……
「近所だもんね。僕は小日向ヒナ」
「……、あー……」
「ん?」
「なんでもない、です。さようなら、小日向さん。良い夜を」
「うん、じゃあね。天野アスマ、良い夜を」
手を振って見送った。身軽らしく、ぱっと屋根の上までかけあがってどこかに走っていくのが辛うじてみえる。そのままヒナも大通りに狩りに向かった、薬の在庫も沢山あったがまだまだ時間が余っている。ここのところは夜が長いように感じるが、気のせいだろうか。
その先でたまたま高見ヒロと合流した、彼は彼で別件の用事があったらしい。試練を越えた後の本戦の観戦、らしいがヒナはあまり興味がわかなかった。わかないことを高見ヒロも分かっていたらしく、だろうなと苦笑して見せる。
「今日はどうしていたんだ?」
「んー……お隣さんに会った」
「お隣さん?」
「お隣さん、」
「ふぅん、会話できたのか?」
「どういう意味かなそれは」
「なんでもないですおひなさま、なんでもないです」
相変わらずな反応に安堵する。
やっぱり、会う約束ぐらいはしたほうがいいかもしれないなとヒナは思った。
夜更けのこどもたち。 Namako @Namako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夜更けのこどもたち。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます