八つ目・すれ違いのたこ焼き
俺は今、自転車で40分のとこにある駅に来ていた。
――え、何故かって?
そりゃあもう、
「なぁ、俺帰っていい?」
「ダメよ。総ちゃんったら全然お母さんたちに連絡くれないんだもの。家族でコミュニケーションとるのは当然じゃない?」
突然母さんが来襲してきたのだ!
せっかく一人暮らしを満喫してたのに、この世話好きのオカンはこうして時々様子を見に来ては外へ連れ出して買い物に付き合わせようとするのだ。……まぁ、たまにはいいけどさ。面倒くせぇけど。
でも何も人が多い駅に行くことないじゃん。近所の今にも潰れそうな百貨店でいいじゃん、とは思うけど。
「お父さんも口にはしないけど心配してるわよ? 総ちゃん、お父さんに似て不器用なところあるし」
「俺オヤジほど不器用だったら今頃のたれ死んでると思う」
「あら、あれでお父さんも運がいいのよ? だってお母さんと結婚したんだから」
言いながら陳列されていた服を手に取って広げると、眉を顰めてうんと眺め、それから首を傾げると元に折り畳んで戻した。……さっきからこれだよ。女の買い物ってのはどうしてこう長いんだ。
「はいはい、自信過剰ポジティブ発言乙」
「自分の母親を卑下する子供に育てた覚えはありません!」
「母親が子供を指差すなっつーの」
ビシッと人差し指を向けてきたので、腕を掴んで下ろす。
――俺の母親こと垣根皆江。アイボリー色に染めた長髪を緩く首筋で束ね、緩い笑みがデフォの彼女は親でありながらも底が知れない人物である。
自称専業主婦ではあるが知り合いも多く、なんかの会社の企画にヘルプで入ったり、海外の事業に参加してたり、我が親ながらちょっと意味が分からない人だ。
そんな垣根皆江は、俺にとっては当然だけど普通に母親でしかない。うざったいオカンだ。
「総ちゃん、友達はたくさん出来た?」
「うぜぇ」
「いないのね。まぁ相変わらず学校行ってないみたいだし、当然よねぇ」
やれやれと肩を竦める仕草とか本当にうぜえ。本当に帰っていいかな……!
「い、いるし!」
売り言葉に買い言葉、意地を張ってしまうのは子供の特権かもしれない。
「あら、友達出来たの? 良かったわね、どんな子? 同じ学校の子?」
咄嗟に返した言葉に食いつく母親は、興味津々のようだ。うざい!
「ふ、普通の、人」
嘘だ。人間関係煩わしいと思ってる俺に友人がいるわけない。つーか嘘吐くにしろ、ましなこと言えないのか俺は! 親にまでコミュ障発揮してどうすんだよ!
「………ふ、普通の、高校生」
いや当然だろ。友達って大体歳近い人の方が多いし。そもそもなにが『普通』なんだよ。普通ってなんだ。誰基準だよ。あ、俺か。俺基準か。いやいや、そこじゃないぞ俺!
「………………総ちゃん、今からでも転校したっていいのよ?
「―――嫌だって言ってんじゃん!」
母親の言葉を遮って声を荒げた俺は、我に返って周囲を見回す。……くそ、あいつの名前なんて出すから!
咄嗟に母親の腕を掴んで注目を浴びていた店内から逃げるように飛び出した。
「前に言ったよな、俺。晶とはもう縁切ったんだよ」
「……でも、晶ちゃん来たわよ? 総ちゃんとちゃんと話したいって」
話したい? なにを今更。
あいつから勝手に俺を避けて遠ざけておいて。
――これだから、本当に人間関係ってやつは面倒くさい。
俺はもう割り切ったし、関わること止めたのに。本当に今更だ。むかつく。
「また来ても対応しなくていいよ。俺、晶とはもう関わりたくない」
「……いいの?」
「いいの!」
しつこい母親にもイライラしてくる。面倒なことは嫌いだ。干渉してくる母親が嫌いだ。
「――本当に総ちゃんは……相変わらずね」
そういうところ、お母さんは一番心配なのよ。
そんな母親の気持ちなどどこ吹く風、俺は次の買い物地点である本屋(電車乗って二つ目の駅の中にある小さな書店)へと向かうべく踵を返したときだった。
「あれ、水島……?」
見慣れた女子高生の姿に思わず足を止めた。通学時間には遅い時間なのに、制服を着た水島が電車の中へと消えていくのを眺めていると「彼女?」と隣で母親が茶々入れてきた。
「隣のクラスの女子だよ。知り合い」
「お友達じゃないの?」
母親の問いに一瞬逡巡するも、首を横に振る。
「友達じゃない。向こうもそう思ってる」
確かに俺は水島の悩みについて相談受けたし、話もした。今度一緒に絵を描こうと約束もした。
けど、この関係は『友達』とは言えないんじゃなかろうか。
連絡先だって知らない。だから、約束したけどまた会えるかどうかも怪しいし。
「……」
そっか、会えるか分からないんだよな。今まで何度か遭遇することはあったけど、この先また会えるかどうか分からないんだよな。
―――「…………そうですね、
みとーちゃんが言った言葉が不意に頭の中を過ぎる。
あいつは悩みを解決した。なら、この関係は終わりなのかもしれない。
全部元通りなら、俺たちの関係も“ただの赤の他人”に戻るだけだ。
「……………なぁ、母さん」
「どうしたの?」
「なんで母さんは俺に学校行かせたいの」
「じゃあ逆に質問しましょう。どうして総ちゃんは学校に行く必要性を見いだせないの?」
俺の突拍子もない質問に、逆に返してきた。さすが俺の母親。
「義務教育なんて、つまるところ最低限の知識と道徳を理解していればいいわけじゃん。なら、自宅でだって勉強出来る」
「総ちゃんは自主性はあるけど協調性に欠けてるけどね」
「……協調性はある程度必要だと思うけど、そんなに必要だと俺は思わない」
「そうね。でも総ちゃんは不器用でしょ?」
「?」
「不器用な人ってね、意外と多いのよ? 完璧な人だって、心の支えを欲しがるくらいだもの」
「だから補う合うって?」陳腐な言葉だと俺は鼻で笑ったけど、母親は続けて言った。
「一人で出来ることには限界があるもの。一人で見る世界は狭いって、お母さん知ってるから。だから出来ると錯覚しちゃうけど、人の数だけ見てるものも考えも違うのよ。
一人じゃ思いつかない、思いもよらないようなことを他の人は出来てしまうこともある。だから人を知ることは楽しいことなのよ?」
さすが社交性のあるコミュ力高い人の言うことは違う。人を知ることが楽しい、ときたか。
俺は本当にこの親から生まれてきたんだろうか、と少し疑ってしまう。
「わっかんねぇー……」
「総ちゃんにも分かるわよ。だって小説読むでしょ? 物語によって、作者によって価値観も世界観も違うんだから」
言いたいことは分かる。分かるけど。
理解出来るかどうかで言えば、分からない。
俺は他人じゃない。他人が見てる景色なんて知らないし、想像も出来ない。それを理解しようとすること自体間違ってる。結局自分のものさしで理解するしかないんだから、完全になんか理解出来るわけが――――、
「あ」
自分の、ものさし……?
何か引っかかって、そのモヤっとしたことを考えようとしたときに母親に肩を叩かれた。
「ねぇねぇ総ちゃん! たこ焼き! たこ焼き食べようよ!――嬉しいわ! この駅にあのたこ焼きチェーン店入ったのね! 行きましょう、食べましょう、味わいましょう!」
目の色を変えて興奮する母親に引きずられ、仕方なくたこ焼き屋へ。
……良い匂い。腹減ってきた。
「総ちゃん何味がいい?」
「そこは王道のプレーンでしょ」
「じゃあお母さんはワサビマヨと照り焼き風味と明太マヨにしようかな♪」
「母さんも相変わらずだよな……」
太ってはいないんだけど、よく食べるのは変わらないようだ。一つ10個入りでそれを3種って……。
想像しただけで胃もたれしそうだ。
店員さんから受け取った俺のたこ焼き。やっぱたこ焼きは王道が一番。
踊る鰹節と青のり、ソースの匂いが鼻腔をくすぐる。匂いだけでご飯いけそう。
まだ熱いだろうけど、爪楊枝でまん丸いお月様のようなたこ焼きを一個突き差し、持ち上げる。む、意外と軽い。たこ焼きって焼いてる人とか店によって違ったりするけど、これはどうかなと一気に口の中へ放り込む。
こ、これは……!
香ばしい匂いが鼻を突き抜け、カリッとした皮を突き破った瞬間にフワトロッとした食感! ときおりシャキッとした食感があるが、これは小ネギか!
う、うむ、食感に違いがあってうみゃい……。
チェーン店と侮っていたが……たまに食べに来てもいいかもしれない。
「ふはぁ……うみゃい」
俺が一個目を口にしてる間にすでにワサビマヨ味を食べ終えた母さんは、恍惚そうに頬に手を当てて美味しそうに食べている。そういえば美味いものを食べたときの口癖はこの母親譲りである。どうでもいい情報だった。
「……あいつもたこ焼き好きかな」
もし、また偶然水島と会う機会があったら、あいつにもこのたこ焼き屋を教えてやってもいいな、と思った。
死にたくない彼女と、凡人自慢の俺の、矛盾論争 くたくたのろく @kutakutano6
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