ノイ
祭
ノイ
ガシャーン!
大きな不吉な音が聞こえた。
僕は
床は水浸し。
「やっちゃった‥ 」
ママのお気に入りの花瓶を壊してしまった。
家の中でリフティングをしてはいけない
って約束を破ってボールを蹴ってたら予想も
しない方向へとボールが飛び、花瓶を倒してしまった。
僕は困った。
ママに見つかったら怒られるのは分かってて、どうにかして花瓶を戻せないか考えるけど何も思いつかない。
とりあえず花や濡れた床を掃除して割れた破片も集めた。その時に少しだけ指を切ってしまい血が出てしまった。
本当に今日はついてないや。
こんな時に頼りになる人なんていないし、
ペットの犬のドギーは犬小屋でスヤスヤ
眠っていた。
後片付けを済ませた僕は手持ち
当てもない僕は集めた花瓶の破片を自分の部屋へと隠し、
飛び出した。
公園に訪れて無意味にブランコを漕ぐ僕は
やけに寂しくなってベンチに座り込んだ。
こんなことしてても意味が無いって
分かってるけど、どうしたらいいか分からなかった。
そんな風に考え込むと僕はふと思い出すように思いついた。
そうだノイに会いに行こう。
彼は影のように黒で塗りつぶされ、
人の姿をしていて、顔の表情は目線が
どこ向いているのかは分からなかった。
そもそも人なのかも分からない。
でもおしゃべりはできるし、触れる事もできる。
彼は不思議だった。
彼が何のためにいるのかも
どこからやってきたのかも知らなかった。
彼の名は【ノイ】。
いつも川の近くの橋の下で隠れるように
座っている。
「やぁ、ノイ」
「こんにちは、僕はノイだよ」
いつもノイは挨拶と一緒に名前も言う。
「ねぇノイ、少し僕とお話ししようよ」
「いいよ。僕も退屈してたんだ」
僕はママとの約束を破ってリフティングしたことや、花瓶を割ってしまった事を余す事なくノイに話した。
「ノイ、僕はママにどう謝れば怒られないかなぁ」
するとノイは手を顎の辺りに置いて
少し長く考え始めた。
ノイはいつも僕の話を聞いてくれる。
楽しい話には一緒に笑ってくれるし、悲しい話には一緒に泣いてくれる。
そして相談を持ちかけると一緒に悩んでくれて精一杯の答えを僕に教えてくれる。
「僕が思うに、たとえ君が上手に謝っても
怒られるのは避けられないよ」
あっさりとノイは無慈悲に僕にそう告げた。
「何故だい? 」
「お母さんは君が花瓶を割った事を叱るんだよね、だったら君が謝っても花瓶を割れた
ままだからだよ」
「じゃあ、僕は謝るだけ無駄って事? 」
「無駄じゃないよ」
ノイは僕に一定のリズムで語りかける。
「君が謝らなければ、お母さんは次は君が
花瓶を割ったのに謝らない事に対して叱ると思うよ」
「何だかややこしいね‥ 」
「そうだね」
要するに僕はママに怒られるのは決まっていて、しかも謝らないとママは、より怒るとのことらしい。
「じゃあ僕が代わりの花瓶を買ってきたら
どうかな? 」
「それでも変わらないと思うよ」
「え〜何で!?」
僕は少し声を荒げてしまった。
「だって壊れた花瓶が戻ってくるわけじゃないから」
「何で?僕が花瓶を買ってきたら大丈夫じゃん」
「君は何でお母さんが君を叱るのか、って事を分かってないね」
「お母さんが何で僕を叱るか? 」
「そうだよ」
何だろう‥
うーんうーんと唸りながら考えても
答えが出てこない。
「約束を破って家の中でリフティングしたこと? 」
「そうだね、でもそれだけじゃないよ」
「花瓶を割ってしまったこと? 」
「他にもあるよ」
「もう分かんないよ」
僕は考えるのをやめてそっぽを向いて
ぶつぶつ文句を言っていた。
「まだお母さんに花瓶を割ったのを
謝ってないこと。新しい花瓶を買ってごまかそうとしたこと」
ノイは抑揚のない声で淡々と僕に呟くように話しかける。
「そして何より反省してないことかな」
「反省?ちゃんとしてるよ」
「本当に反省してたら新しい花瓶買って
ごまかそうとしないよ」
僕は返す言葉が無くて喉を詰まらす。
「でもさ自分の中でいっぱい反省してるつもりなんだよ、これ以上反省するってどうすればいいの? 」
僕は泣きそうな声でノイに尋ねた。
「それは僕にも分からないや、
どれぐらい反省したら良いなんて正解は無いからね」
ノイへの相談は僕の胸のモヤモヤとか
頭の中のズシリとした悩みを軽くしてくれるけど、たまにノイの言うことが難しくて
分からない時がある。
その時の僕は自分がひどく子供染みてるように思えて悔しかった。
「じゃあ何で君のお母さんは君に反省して
欲しいのかな? 」
「もう悪い事をしないためじゃないの? 」
「うん、それもあるね」
「まだあるの?もう考えたくないよ」
よく考えてごらん、きっと分かるから。
小さくハッキリとした声でノイは僕に
語りかける。
日が落ち始めて、目の前の川がオレンジに染まり風が冷たくなる。そろそろママが家に帰る頃だろう。
嫌だなぁ、ママが花瓶割れてるのを見つけたら怒るんだろうなぁ。あれはママのお気に入りの花瓶だったもん。
僕も自分のお気に入りのパーカーをドギーにズタズタに噛んで引き裂かれた時は泣きながらドギーを怒ったもんなぁ‥
「あっ‥」
もしかしたら‥
でもどうなんだろう、合ってるのかな。
いや、多分、でも、きっと、そうだよね。
そういうことだよね?
僕はノイがいる岩の方へと体を向けた。
「ねぇ、ノイ」
「どうしたの ?」
「おねがいがあるんだけど‥ 」
僕が胸が痛くなるくらいドキドキしていた。このお願いをノイは聞いてくれるのかという不安より、自分の答えへの自信のなさが僕を弱気にさせた。
「僕の反省を聞いてくれる ? 」
「いいよ」
そう言うノイの声は柔らかく、ノイに顔が
あったなら笑顔を見せてくれていたかもしれない。
あまりにもアッサリと引き受けるノイを見ると少し気が抜けるけれど、僕は大きく息を
吸って心を落ち着かせする。
まだ頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで
整理されていないけど偶然、見つけてしまったんだ。僕が探してたものを。
ゆっくりと息を吐き終えた僕はノイの黒い姿を見ながら小さな声で話し始める。
「今日、僕はママが大切にしているって
分かってる花瓶を割ってしまったんだ。
それも家の中でリフティングしない約束を
破ったのが原因でさ、でも僕はママに怒られないためにバレないようにしなきゃと思って焦って掃除したり、新しい花瓶をお小遣いを崩してまで買おうとしたりしてさ、何とか
バレないようにしようと必死だったんだ」
僕はたどたどしく声がつっかえたり、
上手く話せなくてごまごました発表だった。
それでもノイは僕の方をずっと見つめてくれていた。
「そしてさ、ノイに僕は反省していないって言われて、その後にも何でママが僕に反省して欲しいのかって言われてさ、難しくて僕には分からなくて嫌になったんだ。
でも考えてみたら、昔に僕もペットの
ドギーにお気に入りの服を噛んでビリビリに引き裂かれた事があって、その時、初めて
ドギーを叩いたり大きな声で叱っちゃったんだ。本当に腹が立って、そして悲しくて
つい怒っちゃったんだよ」
少し潤んだ瞳をグッとこらえて、目に力を入れて強い声でノイに話す。
「そんな風に考えたらね、僕とドギーは
一緒の事をしたんだって気づいたんだ。
僕はママに、ドギーは僕に、それぞれに
それぞれが悪いことをしたんだよ」
我慢ができなくなって声がくぐもって、
涙が溢れそうになる。
「それに気づいたらね、僕は少しも花瓶を
壊されたり約束を破られたママの事を考えてないって思い知ったんだ」
ゆっくりと頷いて僕の話を真剣に聞いてくれるノイ。
「ひどいよね、僕。ただでさえ約束を破ってママの大切なものを壊したのに謝らずにそれを隠そうとするなんて、よくよく考えたら僕はサイテーだったと思うんだ 」
弱くてサイテーだって認めるのが辛くて
怖かった。
でも
僕の話を聞いてくれるノイのため、自分の
ために話を再開する
「そしてノイに言われた君は反省していないって言葉が本当だったんだなって気づいて、
僕は反省しないといけないと改めて感じたんだ」
涙を拭いて小さな拳を握り締める。
力を逃さないように、勇気を逃さないように。
「けど僕は反省してるって何かと言われたら、上手く言葉にできないんだけど‥
でもきっと、僕がしてしまった悪い事を
ちゃんと悪かったんだって気づいて、
そして悪い事をされて悲しくなった人の
気持ちを考える事だと‥思うんだ」
上手く話したかったし、泣かずに話したかったし、こんな事話さない人になりたかった。
「頑張ったね」
そう呟くノイの優しさが嬉しくて、
そして悔しくて僕は大きな声を上げて泣いてしまった。
ずっとワンワン泣く僕を抱きしめてくれた
ノイの体は黒くて暖かいのか冷たいのか
分からなかった。
でも確かにノイは優しくて、ノイには
心があって、ノイは僕のそばにいてくれたんだ。
ノイ 祭 @tanajun
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