3-6

 真夜中になっても、異形らしい気配は現れて来なかった。闇と静寂に包まれて暇を持て余す俺に睡魔が容赦なく襲い掛かる。何とか目を開けられるように、俺はスライムの体から砂を拭き取ることにした。風が止み、すでに使わなくなったスカーフを丸め、スライムの表面をゴシゴシと磨いていると、鮮やかな緑色が砂粒の下から現れた。スライムはマッサージされているかのように体を伸ばし、すっかりリラックスしている。


 人間ではない生き物と仲良くなるのは初めてだった。シリアはまだ女の子として認識できるが、スライムは人外どころか、脊椎動物ですらない。しかしこうして一緒に居ても違和感はなかった。数か月前まで「人間界に帰せ!」とずっと喚いていた俺にしては、かなり大きな変化だ。やっぱり苦難を共にすると人間だろう何だろうが、絆は生まれるものだ。


 テントの中からシリアが出てきた。少し眠そうにあくびをしている。

「シュンメイ様、交替ですよー」

「ようやく眠れるのか、ありがたいありがたい」

 俺は早速テントに向かった。死刑の命令を受けてから逃亡している今に至って、まだ一度もちゃんとした睡眠をとっておらず、瞼も脳みそも限界を迎えようとしていた。テントの中には柔らかく温かい寝袋が俺を待っている。


 ところが、テントの前に立ち、俺の理性が急に目覚めた。シリアに今のうちに訊いておきたいことを思い出したのだ。ワンピースを風に靡かせ、少し寒そうにしている彼女に、俺は振り向いて口を開いた。

「なあ、シリア」

「はい、なんですか」大きな両目を瞬きしながらしながらシリアが振り返る。

「なんで、リーナは俺を助けようとしたんだろう。君はどう思う?」

「うーん」シリアが眉を潜め、難しそうな顔をする。

「ごめん、無理に答えなくていいよ」俺は素早く言い直した。シリアの答えがどんなものにせよ、なんだか急に気まずくなった。


 テントの中に入ろうとすると、シリアはまた「こっちにきて」と囁きながら手を振った。言われた通りに、俺は彼女の隣に立った。シリアが声を抑え、ひそひそと俺に打ち明けた。

「聞いた話ですが、リーナ様は昔、シュンメイ様と同じ人間のアバターが居たのです。それもすっごく強くて、リーナ様は彼と一緒にサモナーズヘブンで何度も優勝していた。しかし……」シリアは顔を暗くし、しばらく言葉を探した。「詳しくは知りませんが、数年前、リーナ様は彼を、最も大切だったアバターを、試合の最中に亡くしてしまったそうです」

 俺は思わず目を丸くした。

「そうなことが……でも、アバターは死ぬのか」

「確かに、首輪がついている限り何度でも蘇ります。しかし彼の場合、何をしててもダメだったそうです。私が思うに……」シリアはさらに一段と声を低くした。「陰謀なのではないかと……それから、リーナ様は大変悲しんでおられました。だからシュンメイ様を助けたのも、アバターを失うあの辛さを二度と味わいたくなかったからかも知れません」

 

 シリアの言うことには一理がある。俺は「うんうん」と頷きながら彼女の話を聞いた。しかしどうしても腑に落ちないことがある。

「でも、彼女が亡くしたアバターみたいに俺は強くないし、別に俺に愛着があったわけでも無さそうだし」

 シリアの瞳に謎めいた光が宿った。

「それは分かりません。召喚士の方々は先見の明を持ってますから。“今”だけに基づいて決断を下しませんよ」

 シリアの言葉は俺の虚栄心を妙にくすぐった。俺の顔に久々のドヤ顔が舞い戻る。我ながら浅はかだなと思いながらも、俺はしょうもない妄想を始める。

「俺、やっぱり最強になる運命だなあ」

「でも、強さだけがアバターの全てではありませんよ」シリアは少しも表情を変えずに切り返した。その言葉が鉄髄のように俺のドヤ顔を叩き潰した。


 テントに入ると、俺はそそくさと寝袋に潜り込んだ。リーナは俺の隣で静かに寝ている。脱ぎ去ったローブを枕元に置き、寝袋の中から白い肩と腕を覗かせている。そこにはびっしりと入れ墨がされていた。真っ黒な網のように、地肌を隅から隅まで埋め尽くしていた。

 ボディーアートかと思いきや、俺はそのランダムな文字と記号の羅列に芸術性を見いだせなかった。むしろ痛々しくて見ていると背筋がぞわぞわするのだ。もしかしたら、何かから自分を守るための呪術なのかもしれない。

 これ以上考える気力もなく、俺は瞼を閉じ、死んだように眠った。

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リアル俺TUEEEが異世界移転したら俺YOEEEになっちゃった件 無名 随筆 @Pika000

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