閑話2 蛍を追いかけて

 1 自覚のある不審者(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649442411364)より

  ・振り返っちゃダメ

   オルフェウスの冥界下り、あとはロトの妻の塩柱

   など、見るなの禁よりもせまい、

   自身が立ち去った箇所、あるべきでない箇所を

   「振り返るな」とする話はある。

   一説に視覚情報は人が情報を認識する際の

   八割をまかなっているというのだから、それは

   認識するなと言っているのと同義だろう。



 2 不審者と行く怪異道中 1(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649442534290)より

  ・物思ものおもへば 沢のほたるも 我が身より あくがれいづる たまかとぞ

   和泉式部の歌。意味は本編後述のまま。

   古語「あくがる」は漢字だと「あくがる」な通り、

   「あこがれる」のルーツだが、意味は大きく

   異なる(古語は彷徨さまよう、物思いにふけるなど)

   なおこの歌には貴船の神が「奥山に 

   たぎりて落つる 滝つ瀬の 玉散るばかり

   物な思ひそ」

   (山奥の勢いよく落ちる滝では水の玉が散るばかり

   だから、物思いにふけるのはやめなさい)という

   返歌をしたとも。

   和泉式部の歌と遊離魂ゆうりこんについては割と

   田中貴子先生の『あやかし考-不思議の中世へ』

   (平凡社)が参考資料。


  ・人はいさ 我がたましひは はかもなき よひ夢路ゆめじに あくがれにけり

   和泉式部の歌。

   「人のことは知らないけれど、私の魂は頼りない

    夜の夢路に彷徨さまよい出すの」といった

   ところ。


  ・ゆくほたる 雲の上まで ぬべくは 秋風吹くと かりに告げこせ

   『伊勢物語』四十五段は、男に片思いした箱入り娘

   が病に伏せって、その死に際に両親に「実はあの人

   が好きなの」と伝えて、その両親が男に伝えた

   けど、男が辿たどり着く前の夏に娘は死んで

   しまった。

   そして、その娘を追悼して詠まれた歌。

   この歌における蛍は男の遊離魂ゆうりこん仮託かたくされている、

   と見える。

   漢詩の世界では特に鳥に魂が仮託される傾向が

   強い(特にこく)が、かり蘇武そぶの故事から、

   手紙と関わるともされ(「かり便たより」、

   「雁書がんしょ」、「かりのたまづさ」等)、

   秋に渡って来るかりに娘の思い(かり

   手紙であるならば、かり≠娘の魂とする方が

   適切)を仮託かたくしていると言えよう。


  ・魂の重さは二十一グラム

   実験手順や状況について不備の指摘があるので、

   明確にこうとは言えない、というのが

   現状の科学。


  ・昔の考え方が何もかもおとってるわけじゃない

   日本的には少なくとも、開国でのパラダイムシフト

   と終戦のパラダイムシフトが大きいか。

   西洋だと啓蒙けいもう思想の敷衍ふえん

   科学の台頭が大きなパラダイムシフトでしょう。

   今と昔とで価値観、知識の棚の品揃えが違うので

   論理的思考の能力はあっても、辿たどる道筋、

   チェックポイント、ゴールが異なるだけである。

   現代でも論理的思考を持ってる人間の割合が

   どんだけかは知らんけど。



 3 不審者と行く怪異道中 2(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649442684168)より

  ・蛍

   客人の前触れ、不吉辺りは『日本俗信辞典 

   動物編』(角川ソフィア文庫)から。


  ・腐草為蛍くちくさほたるなす

   七十二候しちじゅうにこう二十四節気にじゅうしせっきの一期間を

   更に三等分したもの。二十四節気にじゅうしせっきなので

   当然中国由来なのだが、七十二候しちじゅうにこうの各区間の

   呼び名は中国と日本で多少異なる(風土に合わせて

   何度か改定されたため)

   腐草為蛍くちくさほたるなすは日本では、

   二十四節気にじゅうしせっき芒種ぼうしゅの真ん中、

   中国では鵙始鳴もずなきはじめるに該当する。

   なお、中国では大暑の真ん中(日本だと「桐始結花きりはじめてはなをむすぶ」)がこれ。


  ・有名なアニメスタジオの〜

   ジ〇リ。


  ・音もせで おもひに燃ゆる 蛍こそ 鳴く虫よりも あはれなりけれ

   『後拾遺和歌集』収録。源重之みなもとのしげゆきの歌。

   「音も立てずに思いの火に燃える蛍こそ、

   鳴く虫よりも感じ入るものがあるなあ」といった

   ところ。

   特殊なのは本編で書いた通り、「思」に

   「火」を掛けて、縁語で「燃ゆ」をもってくる

   ところと、最初の打消の接続助詞「で」かな?


  ・声はせで 身をのみこがす 蛍こそ 言ふよりまさる おもひなるらめ

   『源氏物語』第二十五帖「蛍」で玉鬘たまかずら

   兵部卿宮ひょうぶきょうのみやの「鳴く声も 聞こえぬ虫の 

   思ひだに 人のつには ゆるものかは」に

   対して返した歌。

   兵部卿宮ひょうぶきょうのみやが「鳴く声の聞こえない虫

   =蛍の思いの火でさえ、人が消そうとして

   消えるものでしょうか、いえ消えないでしょう

   (いわんや私の恋心は)」に対して、

   「(貴方はそうして言葉に出してしまったけれど)

   声を出さずに、その身を焦がす蛍こそ、

   言うよりも強い思いでしょうよ」なので、当たりが

   強い。

   この歌や、先の源重之みなもとのしげゆきの歌

   他、同じモチーフは繰り返し詠まれており、

   都々逸どどいつの「恋に焦がれて鳴く蝉よりも

   鳴かぬ蛍が身を焦がす」に繋がる。


  ・ルシフェリンとルシフェラーゼ

   luciferinとluciferase。

   ルシフェラーゼは-aseなのもあって分かる人には

   分かろうが、酵素。

    cf)その欠乏が乳糖不耐症に繋がる酵素、

    ラクターゼは乳lact+-ase、納豆菌由来の酵素、

    ナットウキナーゼは納豆菌nattokin+-aseである

   ルシフェリンとルシフェラーゼによる発光は、

   ルシフェラーゼによるルシフェリンの酸化に

   よって発生し、ルシフェリンは一つの物質

   を指すわけではなく、ルシフェラーゼによって

   酸化することで発光するものの総称。

   どちらも語源はルキフェルlucifer(ラテン語発音)

   であるが、堕天使とされるルシファーではなく、

   「明けの明星(光もたらすもの、lux+fero)」

   である。



 4 不審者と行く怪異道中 3(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649442812872)より

  ・火の玉と人魂ひとだまは別物

   日文研の妖怪DBが参考。


  ・『万葉集』の人魂ひとだまのさなる君がの歌

   「人魂ひとだまの さなる君が ただひとり

  あへりし雨夜の 葉非左し思ほゆ」

   『万葉集』巻十六収録の詠み人知らず。

   「葉非左」については読み方含め未詳というやつ。

   「人魂で真っ青な貴方がただ一人いるところに

   出会ってしまった雨の夜の〈葉非左し〉が

   思われるよ」みたいな。

   一応ヒント的にはこの歌と、この歌の前の二首を

   合わせて、「怕物おそろしきものの歌三首」として

   まとめられている……が、一首目はまだしも、

   二首目以降の恐ろしさがよくわからん。

   (というか一首目はあれジャンプスケア的な)


  ・花火大会

   隅田川すみだがわのやつ。

   この時に鍵屋かぎや玉屋たまや鍵屋かぎや鍵屋かぎや)が

   花火を献上した。

   他日本での火祭りというと、小張愛宕神社、

   高岡愛宕神社でそれぞれ行われる綱火つなびという

   祭りが花火とからくり人形を連結してるので、

   なんかすごい。


  ・煉獄れんごく

   Purgatorium。

   キリスト教といっても基本カトリックのみで

   プロテスタント系や正教会系ではその存在は

   大体認められていない。洗礼を受け、永遠の命を

   保証されるも、天国に行くには罪のあがないが

   足りない判定が下るとここ行き。

   辺獄へんごく(Limbus)や地獄(Infernum)との

   混同もあるが、まず、

    ①キリスト教においては天国と地獄の存在は確実

   であり、

    ②聖書上の記述の解釈から煉獄れんごくが発生

   し、

    ③神学においての解釈中で辺獄へんごくが発生

   した、とされる。

   地獄が神から完全に切り離された場所、煉獄れんごく

   後神に通じるチャンスがある場所、辺獄へんごく

   そもそも神と接点を作れなかった者(キリスト以前

   の死者、洗礼前に死んだ子供)の場所などと

   言われる。


  ・魔女狩りの火炙ひあぶりも浄化

   そもそも魔女と判定する手段の一つの

   「水は不浄を受け入れたくないから、

   魔女は水に浮く」も角度を変えれば水による浄化の

   一端が見える。

   あくまで、「何故その手段を用いたか」であって、

   「その手段の結果」についての是非は置く。


  ・陰と陽は二項対立の二元論

   このせいか、中国系は割りと当初一だったものが

   陰陽の二に分裂することがある。

   『中国の死神』(青弓社)とか見てると顕著。



 5 不審者と行く怪異道中 4(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649442931909)より

  ・黄燐おうりん等の自然発火

   特に鬼火、人魂のたぐいはリンの自然発火

   と説明されることが多い。

   リンの中でも黄燐おうりんは特に不安定で

   発火しやすいという。


  ・タペタム

   猫や犬などの目の中に存在する反射板機構。

   彼らの写真を撮る時に、フラッシュをくと、

   彼らの目が光って見えるのはこのタペタムによる。

   この反射板機構によって、暗い所での視認能力を

   高い水準で得ている、とも言える。


  ・神代ですら

   cf.伊邪那岐いざなぎの黄泉下り。



 6 不審者と行く怪異道中 5(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649443074037)より

  ・ホスト

   ここではあくまでホスト⇔ゲストのホスト。



 7 魂兮帰来(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649443241964)より

  ・魂兮帰来

   『楚辞そじ』の招魂で繰り返される一説。

   魂よ、帰りよ。

   『楚辞そじ』では江南こうなんへ魂が帰って

   来るよう、繰り返し東西南北、天地における危険と

   江南こうなんで魂を迎える屋敷の様子を歌い上げる。


  ・蛍来い、山路やまじを来い、行灯あんどんの明かりをちょいと見て来い

   現在の「蛍来い」とは別の民謡。

   奈良辺りだったか。

   参考は『日本俗信辞典 動物編』(角川ソフィア

   文庫)で、国立国会図書館のweb公開範囲資料に

   音源もある。



 8 山路は黄泉路(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649443365757)より

  ・漢語としての黄泉こうせん

   本来は「地下の泉」、後に「(地下の)冥界」とし

   ての意味が生じた。

   「黄」は陰陽五行において「土」であるが、

   それ以上に土の色とされる。

   なお、台湾の民間信仰においてはギリシャの

   レーテー川と同じくその水を飲むと現世の事を

   忘れるという忘凡渓水ぼうぼんけいすい

   といものが冥界にあるとされる。

   なおこの概念はさらに進化して「湯」(中国語的に

   湯=スープ)迷魂湯めいこんとう孟婆湯もうばあとう

   なっている(孟婆もうばあはこのスープを作る

   冥界の官吏。女神扱いされる場合も)


  ・黄泉神よもつかみ

   『古事記』伊邪那岐いざなぎ黄泉よみ下りで

   帰ろうと言われた伊邪那美いざなみ

   相談すると言った相手。

   黄泉よみの神であると考えられるが、

   登場しないことと、黄泉大神よもつおおかみのせいで

   ちょっと影が薄い。


  ・黄泉大神よもつおおかみ

   『古事記』伊邪那岐いざなぎ黄泉よみ下り後に

   伊邪那美いざなみを指す別名として記述される。

   伊邪那美いざなみの死をつかさどる面と

   考えられ、千引ちびきいわを挟んでの

   会話で、一日に千人殺すと言ったところが強いか。


  ・柿本人麻呂かきのもとひとまろの長歌

   『万葉集』巻二。

   出だしは「うつせみと 思ひし時に 取り持ちて」

   柿本人麻呂かきのもとひとまろは妻へのもの以外に、高市皇子たけちのみこ

   草壁皇子くさかべのみこの挽歌の作成もしている。



 9 結に結ぶ(https://kakuyomu.jp/works/16816927863205636014/episodes/16817330649443479476)より

  ・聖別sacrify

   生贄、犠牲を意味するsacrifice、sacrifyは

   聖なる、聖別を意味するsacredと語源が同じ

   である。

   古来、生贄にはまず聖別が必要であった。

   cf)古代ギリシャにおいて神に捧げられる家畜は

     麦を振りかけて聖別される。


  ・英国のリコリス菓子ポンテフラクトケーキ

   英国に限らず、欧米圏にリコリス菓子の類は

   たくさんある。

   かの悪名高いサルミアッキもそう。

   一度この系統を食べたことあるがクセが強い

   というか、歯磨き粉のメンソール抜いたような

   味がした。まあオーストラリア産のだったけど。


  ・たまつ ぬしは誰とも知らぬとも むすとどめよ したがつま

   魂結びの際に唱えるとされる和歌。

   性質としては単なる和歌ではなく呪歌じゅか

   『袋草子』にいわく、三回唱えて、男は左、

   女は右のつまを結べ、とのこと。


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