2 不審者と行く怪異道中 1


「あの」

「何かな?」


声をかければ隣を歩く青年はにこやかに首をかしげる。

胡散臭うさんくささがやたらと感じられはするが、こうして見ると胸はずむ美形だ。

かっこいいというよりは、キレイなのである。


「なんで、蛍を追っちゃダメ、なんですか?」


中三女子ともなれば、恋に恋しつつも、変に現実を見たりする年頃である。

そんなわけで、絶賛中三女子の夏を受験生として謳歌する奈月なつきだって、この胡散臭うさんくさい青年との一時にちょっと爪痕つめあと残せたらぐらいは思ってしまったのだ。


「それは、蛍が魂の表象だからだよ」


だけど、さらりと返ってきた言葉は奈月なつきにはよくわからなかった。

こちらの歩調に合わせてくれている青年は、奈月なつきの歩く速度が見るからに落ちたので、そこを察してくれたらしい。


「『物思ものおもへば 沢のほたるも 我が身より あくがれいづる たまかとぞる』」

「和歌ですか?」

「うん、平安時代の恋多き女流歌人、和泉いずみ式部が貴船きふね神社にもうでた時にんだ和歌だよ」


平安時代、というと『枕草子まくらのそうし』の頃か、と奈月なつきは知ってる範囲で思い浮かべる。


「物思いにふけっていると、沢に飛びう蛍が、まるでこの身から離れて彷徨さまよ人魂ひとだまのように見えるっていう歌」

人魂ひとだまってあの幽霊とかの人魂ひとだま、ですか?」


うん、と変わらぬ柔らかい声で、青年は肯定する。


遊離魂ゆうりこんって考え方があってね、昔の人は何かを強く思っていると、勝手に魂があくがれいづ、つまり彷徨さまよい出てしまう、と考えたんだ。同じ和泉いずみ式部の『人はいさ 我がたましひは はかもなき よひ夢路ゆめじに あくがれにけり』も遊離魂ゆうりこんを歌った歌だ。『伊勢物語』の四十五段の『ゆくほたる 雲の上まで ぬべくは 秋風吹くと かりに告げこせ』の蛍も舞い上がる蛍に、誰かの遊離魂を仮託かたくしていると考えていい。それに加えて、『源氏物語』のあおいの巻で、葵上あおいのうえをとり殺す六条御息所ろくじょうのみやすどころ生霊いきりょうみたいに他者に害を与えることがある一方、六条御息所ろくじょうのみやすどころ自身がその身体からだについた魔除まよけの芥子けしの匂いが何をしても取れないところから、自身が生霊いきりょうとなった事を察するように、魂側が受けたあつかいが本人にフィードバックするとも考えられていた」

「でも、それって昔の考え方、ですよね」


魂、なんてものがあるのか、なんて今の科学でもわからない。

魂の重さは二十一グラム、なんてのも俗信に過ぎないし、その実験の仕方や結果には問題点があったというのも奈月なつきは聞いたことがある。


「昔の考え方だよ。でも、昔の考え方が何もかもおとってるわけじゃない。そもそも魂はその存在の有無が実証されてないだけだから、わからないのと無いのは全く違う。それに、どちらかというと単に今の世界が規範としている科学が、経験則的に積み上げてどうにか理屈付けた内容を立証する有益性を見出みいだせていないだけだし」

「ええっと」

「昔の考え方を、古いおとったものとしか見れない人が多いから、それが本当かを確かめることに価値を見出みいだす人が少ないって話だよ。温故知新おんこちしんって言うぐらいなのだから、もう少しぐらいあらためたっていいのに」


そう言ってため息を一つ、青年はつく。

少しだけ物憂ものうげに細められた眼差まなざしが、すでに昇った月に照らされているのが絵画のように見えた。

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