いつも茶の間の片隅で

snowdrop

十月五日は……

「はーい、クイズでございま~す」


 司会進行役の部員が、某アニメキャラを彷彿するかのごとく、声を上げた。

 教室の中央に横並びに置かれた机を前に座る三人が、ニヤつきながら手を叩く。

 いつものように、机には早押し機が三台、並べ置かれている。


「原作は一九四六年に福岡の地方新聞『夕刊フクニチ』で連載を開始し、複数の掲載紙を経て、一九五一年から一九七四年の連載終了まで朝日新聞の朝刊に掲載し、一九六九年十月五日から放送がはじまり、この度五十周年をむかえた国民的アニメといえば、みなさんご存知の『サザエさん』です」


 実にめでたい、と部長はじめ三人が手を叩いて祝福した。


「というわけで本日は、昭和、平成、令和と三つの時代を走り抜けている『アニメ・サザエさん』にちなんだクイズをして、サザエさんキングを決めたいと思います。全十問ご用意しまいた。正解すると一ポイント、誤答するとその問題の解答権を失いますが減点はありません。全問終わったところで最もポイントが高かった人が勝者です。そして、サザエさんキングとなった人には、ささやかな賞品をご用意しております」


 進行役の言葉に、「ほお~」と副部長が声を上げる。

「物心ついたときから見てるとはいえ、五十年は長いですね。半世紀ですから」


「僕はたまにしか見ないからなぁ」

 書紀が苦笑する。


「どんな問題だろうと、全力で答えるまでです」

 部長の意気込みを聞いたあと、早押し機を手に、ボタンチェックを済ませる。


「なお、今回のクイズを作成にするに当たって参考にさせていただいたのは、扶桑社より出版されています、アニメ『サザエさん』放送五十周年記念ブック サザエさんヒストリーブックです」


「その本、私物? それとも部費で?」


 部長の質問に、

「いえ、図書館から借りてきました。クイズが終わったら返します」

 答えてから、問題文を読み上げる。


「では行きます、問題。記念すべき放送第一回第一話、『七十五点の天才』はカツオの話でしたが、当初予定していた作品『カギっ子』と差し替えられたそうです。さて、その理由を次の選択肢から選んでお答えください。A:」


 赤いランプが点灯、ピポーンと音がなる。

 選択肢が出る前に早押しボタンを押したのは部長だった。


「Aの一話に放送するにはあまりふさわしくなかったから」


 解答を聞いた進行役は、思わず唸ってしまう。

「えっと、結果としてはそういうことなんだと思うんですけど、具体的に答えてほしいので……バツです」


 ブブブーと、不正解音が鳴り響く。


 まじかよ、と寂しくつぶやく部長。

 そんな彼を横目に副部長と書紀は、早押し機を手に持ちながら前のめりになる。

 進行役が選択肢が読み上げる。


「A:コメディータッチではなく少し暗い話だっ」


 ピポーンと音がなる。

 先に早押ししたのは副部長。


「Aのコメディータッチではなく少し暗い話だったから」


 ピコピコピコーン、と正解を知らせる音が鳴り響いた。


「正解です。両親の帰りを一人で家で待つカツオの友だちの話だったそうです。ちなみに四カ月後に、『カギっ子』という話は放送されています」


「どんなアニメでも、一話はどんな話にするのかで、その後の視聴が決まってくると思いますから、賢明な判断ですね」


 顎を撫でつつ、副部長はつぶやいた。

 早押し機から手を離さずに部長と書紀は、そうですねとうなずく。


「問題。放送開始からおよそ二カ月後、カツオ役の声優が高橋和枝さんに交代しましたが、初」


 三人一斉に早押しボタンを押した。

 赤いランプが点灯し、押し勝ったのは書紀だ。


「大山のぶ代さん」


 ピコピコピコーン、と正解を知らせる音が鳴り響いた。


「正解です。初代カツオ役の声優は誰でしょうか、という問題でした。ちなみに現在のカツオ役は三代目の冨永みーなさんです」


「声優さんもいろいろかわってますからね。いま現在、変わっていないのはサザエさんとタラオだけです」


 首元をかきながら書紀が語る。

 聞きながら部長はうなずき、

「波平、フネ、マスオと声が変わりましたし、ワカメちゃんも交代してますので、昔の作品しか知らない人が、いまのサザエさんを見たらびっくりするでしょうね。そんな人がいるのか知らんけど」

 苦笑いを浮かべた。


「問題。五十年の放送の中で、磯野家の家電製品もモデルチェンジされています。現在のテレビは四代目ですが、冷」


 またも一斉に早押しボタンを押した。

 赤いランプがついているのは部長の早押し機。

 噛み締めた歯を見せるもすぐには答えない。

 進行役が、カウントを始める。


「……五代目」


 一瞬の静寂が漂う。

 ピコピコピコーン、と正解を知らせる音が鳴り響いた。


「正解です。冷蔵庫は何代目でしょうか、で五代目でした」


 答えを聞いて、部長は笑顔で息を吐いた。


「古き良き昭和の世界がサザエさんワールドかと思ってましたけど、少しずつ変わっては来てるんですね。いつになったら薄型になるんだろう」


 部長の言葉に、

「検討されたことがあるらしいですけど、薄型の液晶のものに変えて配置してみたら、茶の間空間が冷たいものになったため、使えるうちはいまのままで行くみたいですよ。僕ははやく変わってほしいんですけど」

 副部長は期待を込めて呟いた。


「問題。磯野家のお隣といえば、作家の伊佐坂難物一家が住んでいますが、放送開始から十カ月後に引っ越してきたお隣さんは誰だったでしょうか」


 読み終わっても三人の手が動かない。


「難しいようなので三択にします。A:伊佐坂難物一家 B:浜さん一家 C:波野ノリスケ一家」


 選択肢を聞いて、書紀がボタンを押す。

「えっと、Aの伊佐坂一家」


 ピコピコピコーン、と正解を知らせる音が鳴り響いた。

 書紀は目を丸くして、口を大きく開けた。


「正解は、伊佐坂難物一家でした」


 答えを聞いて、部長は目を見開き、副部長は口をあんぐりと開け、書紀は「ボケで答えたのに、どういうこと?」と質問する。


「設定が同じなんですが、まったく違うキャラクターとして描かれています。昔の伊佐坂先生は、黒髪がふさふさしていて、羽織はかまを履いてました。年齢は、波平さんとマスオさんの中間くらいでした。ちなみに、現在の伊佐坂先生の姿のほうが、原作漫画に近いそうです」


 三人はおもわず、へえ、と声を漏らした。


「問題。サザエさん一家の周りには、にぎやかな仲間がたくさん登場しますが、みんな歳を取りません。ですが、成長したキャラクターが一人だけいます。だれでしょうか」


「まじか」

 思わず書紀が叫んでしまう。

 押せずに悩む部長を横目に、早押しボタンを押したのは副部長。


「イクラちゃん」


 ピコピコピコーン、と正解を知らせる音が鳴り響いた。


「正解です。イクラちゃんは原作同様、はじめは赤ちゃんとして登場していたそうですが、ベビーベッドでいつまで寝ていては話にならないため、歩くようになりました。ちなみに、当初は名前もなく、脚本家の雪室俊一さんの娘がまだ幼かったころ、イクラが大好物で、カタコトで『イクラ、イクラ』というところからつけたそうです」


「まじかよ」

 部長は嬉しいような苦笑いを浮かべていた。


「問題。初代伊佐坂一家のあと、浜さん一家が引っ越してきましたが、のちに奥さんの病気療養で伊豆長岡に引っ越していきます。それと同じ頃、名古屋へ転勤した一家がいますが、誰でしょうか」


 問題文を聞いても、三人の手が動かない。

 見かねて進行役がヒントをだす。


「ヒントは、サザエさんの親戚です」


 すぐに早押しボタンを押したのは部長。


「ノリスケ一家?」


 ピコピコピコーン、と音が鳴り響く。

 部長の顔に満面の笑みが浮かぶ。


「やったー。ノリスケさん、名古屋に転勤してたんだ。知らんかったー」


「部長、お見事です。はじめはアパートに住んでいた波野ノリスケ一家は、名古屋の転勤から戻ってきた際、現在のマンションに移り住んだそうです。これで三人とも二ポイントずつ獲得しました」


 書紀と副部長はパチパチと手を叩いて、早押し機に手を戻した。


「問題。関東地区ビデオリサーチ調べによると、サザエさんの歴代最高視聴率は一九七九年九月十六日に放送された回でした。すばり、何%でしょうか。小数点第一位までお答えください」


 カチャカチャ、と、三人一斉に早押しボタンを押す音が響く。

 赤いランプが点灯したのは、またも部長の早押し機。


「39.5パーセント」


 ブブブー、と不正解の音が鳴り響く。

 違ったか、と部長がぼやく。


「惜しいです」


 進行役の言葉に書紀がボタンを押す。

 どっちだどっちだ、と独り言をつぶやきながら両手をすり合わす。


「39.6パーセント」


 ブブブー、と音が鳴り響く。

 思わず書紀はのけぞった。

 のんびりとボタンを押す副部長。


「部長が惜しくて書紀が選んだのはちがうんだから、39.4パーセント」


 ピコピコピコーン、と音が鳴り響く。

 はははは、と副部長は笑った。

 うつむきながら、部長は手を叩く。


「アニメで最高視聴率が40パーセントはいってなくて、ちびまる子がトップだったのは覚えてたんだけど、ちょっと数字が出てこなくて。このへんかなと思っていった答えが、大きなヒントになってしまったわけですね」


 部長のおかげで正解できました、と副部長は笑う。


「問題。三択です。おっとりした性格の伊佐坂家の愛犬ハチとは仲良しで、ネズミが苦手の磯野家の一員、タマのガールフレンドはペルシャ猫ですが、毛色はなんでしょうか。A:紫 B:ピンク C:オレンジ」


 選択肢が出て、三者競い合うようにボタンを押した。

 真っ先に解答権を得たのは、副部長。


「Cのオレンジ」


 ブブブー、と音が鳴り響いた。

 すかさず押したのは書紀。


「Bのピンク」


 ピコピコピコーン、と音が鳴り響く。

 

「正解です。これで副部長につづいて書紀も三ポイントです」

「ピンクか……染めたのかな」


 書紀が首を傾げる。


「変わった色の猫が出てきても、そのへんはアニメですから大目に見てください」


 進行役の言葉に「確かに」と部長が声を上げた。


「問題。三択です。サザエさんにはこれまで、有名芸能人が多数登場していますが、一九九八年七月十九日放送の『かんげい!飛び入り家族』に登場したタツヒコの声を当てた最初の有名芸能人は誰でしょうか。A:香取慎吾 B:中居正広 C:木村拓哉」


 カチャカチャと、三人がボタンを押した。

 ランプが赤く点灯したのは部長の早押し機だった。


「Bの中居正広さん」


 ピコピコピコーン、と音が鳴り響く。


「よっしゃー、これで並んだぞ」

 両手を握りしめて喜ぶ部長。


「三者横並びに三ポイント獲得したところで、次の問題がラストとなります」


 進行役の言葉に、三人は早押し機のボタンに指を乗せる。


「問題。番組放送最後にサザエさんはジャンケンをしていますが、以前はクッキーを放り投げ、食べて、飲み込み、『ンガググ』となる映像でした。さて、このとき」


 問題文の途中でボタンを押したのは、部長だった。


「喉に詰まっちゃった」


 一瞬の静寂が漂う。

 部長の顔色は変わらなかった。

 ピコピコピコーン、と正解を知らせる音が鳴り響く。


「正解です。このときサザエさんはなんと言っているのでしょうか、という問題でした。この結果、サザエさんキングは部長となりました」


 立ち上がって両腕を天井へと突き上げる部長。

 副部長と書紀は、パチパチと手を叩いて勝者を称えた。


「これは調べたことがあったので、知ってましたね」

「ちなみにどうして、現在のジャンケンに変わったのかもご存知ですか?」


 進行役の問いかけに部長は、もちろんとうなずく。


「小さい子が真似すると危ないからじゃなかったかな」

「そのとおりです。そのため、一九九一年十月二十日からジャンケンに変わりました。ちなみに、最初の手は『グー』でした」


 進行役は説明しつつ、勝者となった部長に賞品の紙袋を渡した。

 中を開けてみると、入っていたのは円形で薄型の焼き菓子、ガレット・ブルトンヌだった。

 部長は一枚手に取ると、親指の上に乗せてコイントスのように弾いて舞い上げる。


「良い子は、口でキャッチしてはいけないですね」


 落ちてきたところを両手で受け取って、口に入れた。

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