みどりとあおいのラッキーカラー

アオイが待ち合わせの店に行くと、誰かがすでに到着していた。案の定の人物だった。声をかけると彼女は嬉しそうに手を振る。


「アオイ」

「よぉ」

「お疲れさま」

「来てるのミドリだけ?」


うん、主役を待たせるなんて酷いよね。ミドリはわざと口を尖らせる。昔から集まる時はいつも彼女が一番乗りだった。アイツらは?と聞くと、これも案の定少し遅れるという連絡が来たらしい。


「アオイ、ビールでいいよね」

「ああ」


ミドリは呼び出しベルを押し、アオイはスーツの上着を脱ぐ。いつぶりだっけと思い出してみたが、何だかんだ一年は会っていない。


「ね、最近どうなの」

「んぁ?」

「近況。久しぶりじゃん。アオイってすぐ連絡無視するし。冷たいよね」

「お前がどうでもいいこと送ってくるからだろ」

「どうでもよくないよ」

「ドラマの再放送の情報とか」

「アオイが好きだったから教えてあげてんの」

「録画してるし」

「してるんだ」

「珍しいガチャガチャ見つけては写真送ってくるし」

「自慢したいからさ」

「あ、そうだ。そういやオレ失恋したんだよね」

「えっ」


唐突な報告にミドリは隣に座る男友達を凝視した。めでたい今日の日に何言ってんだよ、とか思ってんだろーなとアオイは思った。いや、と胸の中で否定する。そんなこと思わないか。


「失恋?」

「うん、失恋」

「え、別れたの?」

「うん、別れた」

「早く言ってよ」

「別に元気だし」

「なんで別れたの?」

「まあ…色々」


色々というかひとつなのだが、言いたくない空気を出せば深掘りはしないだろう。思った通りミドリは理由について追及しなかった。


「ふうん。そっか、それはさみしいね」

「さみしいね」

「何か悪いわね。私だけ幸せになっちゃって」

「うるせぇ黙れ」

「今度の人はうまくいきそうだと思ってたんだけどな。アオイは結構ヘタレだからしっかり者が合うのよ」

「誰がヘタレだよ」


ミドリはくしゃりと笑った。眉が下がる笑顔は相変わらずだ。久しぶりの再会でも腹立たしいほど変わらない。すぐにあの頃に戻れる。戻ってしまう。胸を締め付ける何かを押し流すように、アオイはビールを煽った。

今日は彼女の結婚を祝う会だった。会と言っても集まるのは五人だ。高校の同級生で軽音部の落ちこぼれ。未だに交流があるのはこのメンバーくらいだ。

最近までアオイの恋人だった女の子は確かにしっかりした彼女だった。仕事はできるし、家事も得意で器も大きい。ほとんど怒ったりしない子だった。たぶん相性は良かったと思う。いつも長続きしない交際が二年以上続いたのだから。


「ま、若いんだから大丈夫だよ」


ミドリはからから笑って励ますようにアオイの背中を叩く。うんざりしながら彼女のスマホに目をやると、緑色のチェック柄のスマホケースだった。こいつはいつまでもラッキーカラーに取り憑かれてる。

ミドリは自分の名前が好きだ。好きというよりポリシーを持っている。単純な女だ。名前の通りグリーンをラッキーカラーとして、緑のものを見つけるとつい買ってしまう。学生時代は筆箱も手提げもマフラーもそうだった。好きなキャラクターはガチャピンとケロッピー。昔、緑色が好きな奴は変人が多いと言ったら殴られた。占いとか運命とかの話に弱く、そのくせ幽霊は全く信じない。軽音部のくせにいつまでたっても楽器出来ないからってずっとボーカルで、寒いから冬はスカートの下にジャージを履いて、なのに冷たいミルクティーを飲むような、そんな女だ。


「ね?私が結婚できたんだから、アオイだって絶対大丈夫だよ」

「どういう理屈だよ」

「だって私たち似た者同士じゃん」

「似てねーよ。一緒にすんな」

「落ち込むなよ兄弟」

「誰だよお前」

「前世で双子だったもん」

「お前なんかと双子でたまるかよ」


本当に勘弁してくれ。高校の三年間ですっかり呪いをかけられてしまった。兄弟やら似た者同士やら言っては何かと当てにされた。勝手にチャリの荷台に乗るし、オレのコーラ飲むし、要らないのに土産買ってくるし。

アオイとミドリは名字が同じだ。高橋蒼と高橋翠。射手座のO型というところまで一緒。入学早々自分の片割れみたいな奴がいるらしい事を知り、運命的な出来事が大好きなその女に相棒とされてから今日まで続く腐れ縁だ。


アオイは、ふと今年の自分の誕生日に起きた事件を思い出す。


今までの価値観を揺るがすような、大きな出来事。その日は前の恋人と過ごしていた。誕生日プレゼントを差し出し、耳に髪をかけた彼女はこう言った。


『アオイってみどりが好きでしょう?』


プレゼントは深緑色の手袋だった。センスはいいし素直に嬉しいが、もともと緑色のものはあまり持っていなかった。アオイって緑が好きでしょう。だからその言葉に、アオイははてと首を傾げた。持ち物は青かネイビーか、でなければ無難な黒やグレーが多い。昔からミドリが青色のものばかり押し付けてくる事に慣れ、いつの間にか何も考えずに青色を選ぶようになっていたからだ。洗脳って怖い。アオイのラッキーカラーは青だから、とよこした変な土産のボールペンやキーホルダーが家にたくさんある。だから、本当にわからなかった。彼女がなぜ緑が好きだなんて思ったのか。


『だって買い物中とかさ、緑色のもの見つけたらじっと見てるじゃん』


おかしそうに、そして愛しそうに笑うあの子の言葉が頭から離れない。緑色のものを見つけてはじっと眺める自分の姿は、想像しただけで酷く滑稽だった。アオイってミドリが好きでしょう。差し出された言葉が腹の中で意味を変えていく。


「ミドリは、相手の何が良くて結婚決めたの」

「え?んー、そうだなあ」

「顔?性格?趣味?価値観?」

「まあ、それはそうだけど」

「ピンときてないじゃん」

「んー、ふふふ」

「キモいよ。ふふふとか言うな」

「ウルサイ」

「…あのさ」

「あっ」


きっとロクな男じゃないんだよ。どうせダサい。趣味が悪い。こんな女とやっていくんだから。見る目がない。俺は嫌だね。絶対お断り。心の中で悪態つくアオイに反し、ミドリはやわらかく微笑んだ。その目がキラキラと光って眩しかった。


「わたしより緑色が似合うところかな」


ひく、と頬の筋肉が強張る。言ったあとで少し照れたりするのは、ちょっと止めてほしい。長年の友人の惚気なんか見たくない。

あ、そう。と呆れたふりをしてビールを飲んだ。ほらな。やっぱりロクな男じゃない。緑色が好きな奴は変人が多いんだ。


ポン、とミドリのスマホが光る。


「あ、サトコとケンちゃん着いたって」

「そうなんだ」

「あとはシュンだけだね」

「…ああ」

「サトコ迷子になってたらしいよ。相変わらず方向オンチ」


スマホの通知を見ながらミドリが言う。こんな事なら一生気づかない方が良かったなんて感傷めいた言葉が浮かび、またビールを飲む。飲み干す。押し流す。でも、流れない。呼び出しベルを押した。

なあ、ミドリ。知ってるか。

俺の蒼は青じゃないんだよ。蒼色は緑に近いんだ。俺のラッキーカラーはずっと緑だった。お前が青ばっか押し付けるから、俺の運勢はずっと上がらない。俺だって緑が好きだった。変人だっていい。緑が好きだった。


翠が好きだった。


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どっかの誰かがなんか言ってる つぐみ @5280_mm

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