第3話

 


 あれは、雨の日でした。


 お母ちゃんが、落ちてた肉団子を、〈ねずみコロリ〉入りの毒団子だと知らず食べて死んじゃって、ボクはどうしていいか分からず、雨の街をさまよっていました。


 溢れ出るボクの涙は雨に流されていました。


 どのぐらい歩いたでしょうか。気がつくと、明かりが漏れる家の縁側の下で雨宿りしていました。――





「ったくよ。なんで、クレオパトラは、もうちっと鼻が低くなかったんでぇ。したら、歴史は変わってたかも知んねぇのによ」


 って、女の人の、愚痴ぐちっぽい独り言が聞こえたんです。


 それが、オカメさんでした。


 なんだか知らないけど、この人は、お母ちゃんを殺した人とは違って、優しい人だと直感しました。


「したら、その分、私の鼻がもうちっと高くなってたかも。なーんちゃって」


 独り言は続いていました。


 ボクは勇気を振り絞って、姿を見せることにしました。


 驚いて、悲鳴を上げるかも知れないけど、それでも、この人と一緒にいたいって思ったんです。


 ボクは縁側の障子を鼻先で少し開けて、部屋を覗いてみました。


 ボサボサ頭の、少し鼻の低いチャーミングなオカメさんが、タバコの煙を鼻の穴から出して、何やら書いていました。


 いつ、声をかけたらいいか、タイミングが分からずモタモタしていたボクは、思わず、


「チュー」


 って、口走ってしまったんです。


 キャー! って、騒がれるかと思ったら、オカメさんはボクを見て、


「……かぅぇー(可愛い)! Come on.」


 って言って、人差し指を前後に曲げて、おいで、のジェスチャーをしたんです。


 ボクは嬉しくて、すぐにでも駆け寄りたかったけど、あんまりでしゃばって嫌われたくなかったので、高ぶる気持ちを抑えて、抜き足差し足で近寄りました。そしたら、


「遠慮すんなって。腹減ってるだろ? なんか持ってきてやるよ」


 オカメさんはそう言って、台所に行ったんです。





 オカメさんは、チーズとバスタオルを持ってきて、


「タオルを敷いてやっから、チーズを食べたら、ここで寝な」


 そう言って、バスタオルの上にチーズを置いてくれたんです。


「チュー! がぶっ」


 ボクは嬉しくて、チーズにかぶりつきながら泣きました。


「うめぇか?」


 そう言って、ボクを見るオカメさんの目は、お母ちゃんの目みたいに優しかった。


「チュー!」


 ボクは涙が溢れました。


「よかったら、うちで暮らしな。なーに、ひとりもんだ。なんも遠慮はいらねぇよ」


 オカメさんはそう言って、また、机に向かいました。


「……チュ……」


 ボクは溢れ出る嬉し涙をバスタオルで拭いながら、クリーミーチーズをご馳走ちそうになりました。


 とてもクリーミーでした。





 その時のバスタオルが、ボクのベッドになってるってわけです。


 ちなみに、これも猫の絵柄です。





 ボクは1つ決めてることがあります。


 それは、絶対に赤ちゃんを産まないってことです。


 子沢山家系のDNAを受け継ぐ身の上。先生んちのエンゲル係数を高くさせるわけにはいきません。


 え? 赤ちゃんを産むって、お前、オスだろって?


 先入観は捨ててくださいって、冒頭でも言ったじゃないですか。


 ボク、女の子でちゅ。エヘヘ。





「ったくよ。歴史は夜作られるってぇが、夜、書こうが、昼、書こうが、チッとも変化ねぇじゃねぇか。私の歴史は、一生独身か? ……トホホ」


 ボクも付き合います、一生独身に。





 おしまい(姉妹)でチュ!

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ボクんちの先生。もとい、先生んちのボク。 紫 李鳥 @shiritori

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