第2話

 

 きょうもオカメさんは机の前で、ボサボサの頭をひねりながら、締め切り間近の執筆に余念がありません。


「ってか、なんで竜馬は若くして殺られちまったんだ? もうちっと長く生きてりゃ、歴史は変わってたかも知れねぇのに。歴史が変わってたら、私は何やってたんだろ? その前に生まれてっかどうか分かんねぇか……」


 そうぼやきながら万年筆を置くと、オカメさんは伸びをしました。


「あ~あ~あ~、かぁ? どれ、天気もいいし、散歩でもすっか。ちゅー、お前も同行するか?」


 暇潰しに縁側で、庭に咲くピンクのコスモスを眺めていた、ピンクのリボンを首に結んでいるボクに声をかけてくれました。


「チュー」


「じゃ、ラビットファーのポシェットに入りな」


「チュー」





「風が気持ちいいやなぁ。なぁ? ちゅー」


 野球帽にジーパン姿のオカメさんは、ホントの年齢より、ん歳ぐらい若く見えます。


「チュー」


 ファスナーをちょびっと開けたポシェットから鼻先を覗かせたボクは、オカメさんがおっしゃるように風を感じてます。爽やかな秋の風を……。




 人気ひとけのない公園のベンチに腰かけると、オカメさんはポシェットからボクを出してくれます。


 自由に走り回りながら、土や草花と触れ合うのは気持ちがいいものです。


「わ~い! わ~い! サッカだ!」


 近所のガキンチョどもです。


「ん? 呼んだ?」


「? ……わ~い! わ~い! サッカ-だ!」


 ガキンチョどもはサッカーボールで遊び始めました。


(……作家じゃなくて、サッカーね。ふむふむ、なるへそ)


 ガキンチョどもは下手くそな蹴りで、おっとどっこい、すってんころりです。


「おーい、サッカーやるんなら、学校の運動場でやりな」


 オカメさんが注意しました。


「うっせー! ババァ」


「バ、ババァ? 黙れっ、このクソガキがっ! おたんこなすのすっとこどっこい! チキチキバンバンのステテコシャンシャンがっ!」


「……ゲ」

「……ゲ」

「……ゲのゲ」


「あのぅ、うちの子が何か?」


「! ……まぁ、こちらのお坊っちゃまたちのお母さまでいらっしゃいますか?」


「ええ、そうですが、うちの子が何か?」


「この公園には、球技禁止の看板がございますのよ。お子さまに教えてあげてくださいませ。オホホホ」


「ムッ。……ほら、みんな行くわよ。チッ!」


「……ォ」

「……カ」

「……マ。逃げろっ!」


 ダダダッ!!!


「ったく、近頃のガキはっ。親が親なら、子も子だ。ちゅー、異常はねぇか? 蹴られたとか、踏まれたとか」


「チュー」


「さ、帰ろ。この公園には二度と来ねぇぞ。ったく、気分悪りぃ」


 オカメさんはご立腹です。でも、怒って当然だと、ボクも思います。





「先生、お昼できましたえ。たぬきうどんを作りましたえ」


「キツネもええけど、タヌキもええな。毛深い系は好きやわ」


「もうすぐ寒くなりますさかい、ぬくいのが一番どすわ」


「ツルツル。ん~、美味しいわ」


「ユズが隠し味どすがな」


「ガブカブ。ん~、絶品やわ」


「ナスの漬けもんも食べておくれやす。釘で色鮮やかにしたんどすがな」


「ポリポリ。ん~、美味しい。ほんま、絶妙な茄子紺なすこんやわ」


「そうどすやろ? 美しい色にするのが難しいんどすえ。釘の数は多しても少のうてもあかんのどすわ。ま、わての腕の見せどころどすな。ほな、また、後で、夕飯の支度に来ますよってに。ほな」


「ほな、また、後で」


 ワテさんが帰ると、ボクのために残してくれたうどんをボクの皿に入れてくれます。


「ちゅー、昼飯、食べな」


「チュー! ムシャムシャ」


 麺類だから、粋にツルツルといきたいところですが、無理みたいです。ボクら 齧歯類げっしるいは、かじるのは得意ですが、吸うのは苦手です。




 オカメさんはお風呂に入る時、ついでにボクも洗ってくれます。


 ボク専用の洗面器は、猫の絵柄です。


 気に入ってます。


 ボディソープを泡立てた大きな洗面器のお湯の中で、ボクは潜ったり、泳いだりします。


 ブクブク、スイスイ。最後にオカメさんがシャワーで洗い流してくれます。


 気持ちいいです。




 ボクのベッドは、オカメさんの枕元に置いてある、バスタオルを敷いたバスケットです。


「……ちゅー、……おやすみ」


「……チュ……」


 うとうとしているオカメさんと、睡魔に襲われたボクでちゅ。


 ボクはこのバスタオルで寝るたび、オカメさんに出会った時のことを思い出します。

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