神輿

深川夏眠

神輿(みこし)


 マスミは今日も遅刻ギリギリに登校したと思ったら保健室で寝ているらしい。様子を見に行くと、溶けかけの飴玉みたいな眼で少し熱があると言う。琺瑯ほうろうのビーカーに一本だけ立っているのは時代後れの水銀式体温計。

「もうすぐお祭だね……」

 と、待ち侘びているのか、恐れているのか、視線の定まらない複雑な表情が、むしろこちらを不安にさせる。噂では、今年もこの学校から憑坐よりましが選ばれるとか。顔立ちの整った、声のきれいな子供が一人。

 体温計の先を腋窩にギュッと押し当てて脇を締めると、外すときはとても痛い、そんな益体やくたいもない言葉を、マスミは譫言うわごとのように呟いた。


 マスミが学校に来なくなって、教室では、病気で寝ているんだろうとか、準備が始まって隔離されたに違いないなどと、ヒソヒソ囁き交わされている。憑坐は潔斎し、宵宮にはうんと着飾って神輿みこしに載せられ、玄妙な音楽に包まれて巡行する。選ばれざる者には合の手を入れて付き従うことしか出来ない。


 祭の夜、ヴェールを被ったそいつ——化粧で素顔を塗り潰し、最早我々の幼馴染みではなくなった、は、輿こしに据えられ、人波を掻き分けて進んで行った。首飾りは緑色の細い蛇で、二匹が互いの尾を咥えて環を作っていたのだが、不意に一方が口を開け、鎌首をもたげたと見るや、振り払おうとした憑坐の指を咬んだ。

 目が合ったのは、その瞬間、きものが落ちて我に返った元のマスミで、白い手に血を滴らし、恐怖に眉根を引きらせ、

「たすけて」

 と唇を震わせた。




                  【了】



◆ 初出:パブー(2016年5月)退会済


⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/ukM7Vobk

*縦書き版は

 Romancer『掌編 -Short Short Stories-』にて無料でお読みいただけます。

 https://romancer.voyager.co.jp/?p=116877&post_type=rmcposts

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神輿 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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