終章 空想の友と意地悪な神
エピローグ 青夏 ~空想の友と意地悪な神~
沙夜が元の体に戻ってから、早いもので約1年が経った。振り返ってみてもあっという間の1年間だったと思う。
まず、沙夜が誰の目にも映るようになったことで多くの問題が発生した。
この10年間姿をくらましていた沙夜が、ある日突然、それも10年前の姿そのままで現れたんだ。混乱しないほうがおかしいというものだ。
でも、今でも鮮明に思い出せる。沙夜が彼女の両親に再会したときの、彼らのことを。
沙夜の両親は、沙夜を目にした瞬間全てを理解したようだった。
涙を流して、沙夜を問い詰めることもせず、ただきつく抱きしめて。本当に良かったと、ただそれだけを呟いていた。
俺を見た沙夜のお父さんも、俺には何も聞かず、ただありがとうと言って頭を下げただけだった。
それから少しして、沙夜は俺達の学校に転入してきた。なにか裏で色々あったのか、俺たちのクラスに転入してきたのだから、それはもう驚いた。
クラスの男子たちが沙夜に色目を使ってきたので、俺が猛る野犬よろしく
光平にも沙夜を紹介してやって、今では飯島も含めた4人で仲良くやっている。
もう3年生だから受験で忙しくなる時期だけど、沙夜のおかげでなんとかやっていけそうだし、不安はないかな。
「情~? そろそろ沙夜ちゃん来るんじゃないの~?」
「お、もうそんな時間か」
階下からかけられる母さんの声に、俺はもう時間が迫ってきていることに気づいた。
今日は沙夜がうちに来るって約束だったな。夏休みに入ってすぐの今日は、ちょうど俺と沙夜が出会った日だ。
俺は外に出る準備をして階下へ下る。そこには麦茶の入ったペットボトルを手に持った母さんが待ち構えていた。
「ほら、これ沙夜ちゃんに持っていきなさい。彼女を待たせるんじゃないわよ? それに部屋の掃除はしたの?」
「うん、ありがとう母さん。部屋は掃除してあるから安心してよ」
「そう? それならいいんだけど……。じゃあ気をつけていってくるのよ?」
「うん、いってきます」
そう言い残して家を出た。
最近はなんだか母さんのおせっかいもうざく感じなくなってきていた。なんだろう、沙夜と彼女の両親のやり取りを見てから、こうして当たり前に毎日顔を合わせて話ができるのは幸せなんだって思うようになったんだ。
それからは少し、母さんに対して感謝するようになったかな。
熱い真夏の日差しの下を自転車で駆け抜ける。首を流れる汗に風があたって気持ちいい。
あの日もこんな暑い日だった。最初は沙夜のことを幽霊だって勘違いして、肝が冷えたのをよく覚えている。
あのことは今でも沙夜に時々
騒がしい夏に聞き入っていると、あっという間に沙夜の家に到着した。
何度見ても大きな家だ。屋敷といってもいいかもしれない。こりゃたしかに俺の家を見ても自分の家よりは小さいというわけだ。
なれた手付きでインターホンを押すと、電話口から聞き慣れた声が聞こえた。
しばらくして門が開き、彼女が姿を現す。
「遅いじゃない、今日のこと忘れてるのかと思ったわ」
「いやいや、時間ぴったりでしょうが! ていうか自転車の後ろに乗る分際で偉そうにするんじゃないよ」
「あら、情は私の運転手兼荷物持ちでしょ? なら10分前行動して当然じゃない」
「早く会いたかったならそういってくれればいいのに」
「ばっ! そんなわけ無いでしょ!? 情の顔なんて見飽きてるし、全然そんなんじゃないんですけどぉ!?」
「はいはい、ほら早く後ろ乗ってね」
「ちょっと、人の話聞きなさいよ!」
ギャーギャー騒ぐのは、結局元の体に戻っても変わりない。
そもそも元から俺と沙夜は普通に触れ合ったりできたのだから、変化といえば俺が沙夜と喋っていても怪しまれなくなったことと、沙夜の足元に影が戻ってきたことだ。
そういえば、沙夜の影がない理由を、飯島はこういっていたな。
「世界から切り取る時、神は沙夜ちゃんの影をこの世界から切り取ったのかもしれません。影のないところには本体も存在できない。だから見えなくなったんだと思います」
それで俺にだけ見えるようになった理由も、結局よく分からなかったんだが、沙夜にはなにか心当たりがあるようで、
「神の目に奇跡は映らない。あるのは必然だけって言ってたし、あいつの中じゃ情と私が恋人になることは必然だったのかもしれないわね。まぁ、必然だったんだけどね!」
そんな事を言っていた。
結局いろいろな分からないことは、全部神のみぞ知るってことになるのだろう。
騒がしい沙夜を自転車の後ろに乗せて、俺はヒイヒイ言いながら家へと帰り着く。
歓待する母さんに迎え入れられながら、俺は沙夜を連れて二階へと上がる。
かつて何度もそうしてきたことだけど、沙夜が一歩踏み出すたびになる階段の音は、沙夜がそこにいることを実感させる。
「うーん! やっぱりこの部屋に来ると落ち着くわねぇ。帰ってきたって感じがするわ」
「うーん! やっぱりこの部屋に来た沙夜を見ると実感するよなぁ。中身がアラサーだって感じがするわ」
「誰がアラサーよ! もう正真正銘の18歳だから! 世間が認めた女子高校生だからっ!」
「世間の目が全てじゃないんだよ、沙夜。体には刻まれてなくても、精神にはちゃんと10年の月日が刻まれてるんだから」
「悟ったような目をするんじゃないわよ!」
「いでっ!」
沙夜に頭を叩かれ、またもや俺の脳細胞が死滅した。
こんなだから俺の成績は伸び悩んでいるんだなぁ。
そんなくだらないことを考えながら、俺は一眼レフを探して部屋を
すると、机の上に一つのアルバムが開かれているのを見つけた。
「あぁ、そういえばまだ作業の途中だったな。帰ってきたら続きやるか」
「ん? どうしたのよ? ……ってこの写真、懐かしいわねぇ」
開かれたページに飾られていたのは、俺と沙夜が初めて出会ったときの写真だ。一度消えていた沙夜は再び写真の中へと戻っていて、沙夜の儚さと美しさをよく表したいい写真になっている。
「どれどれ……。タイトルは『写らざるもの』? 写真に一枚一枚タイトルつけてるの?」
「そう。俺と沙夜のあの夏の記憶。それがこのアルバムだ。今作ってる途中なんだけど、終わって帰ってきたら沙夜も一緒にやるか?」
「それいいじゃない! どんな写真があるのか楽しみだわ!」
目を輝かせる沙夜を微笑ましく思いつつ、俺はアルバムの
今日は俺と沙夜の出会った記念日。あの神社に挨拶に行く日だ。
「そうと決まれば早く行きましょ! あの神にもこれまで何があったか聞かせてやりたいし!」
「うん、じゃあ行くか!」
そうして俺はアルバムを閉じる。表紙に書かれたタイトルを見て、我ながらいい出来だと笑みを浮かべる。
あれから1年。いろいろなことがあった。でもきっと、これからのほうがもっとたくさんの事がある。
沙夜と喧嘩したり、うまく行かないこともたくさんあるだろうけど、きっと最後にはなんとかなるって信じてる。
だって俺は知っているんだから。願えば叶う。俺と沙夜の二人なら、どんな願いだって叶えられるってことを。
夏風が吹き込む部屋を出て、俺達は始まりのあの神社へと進みだした。
数ヶ月の短い夏におこった俺達の青春のひとかけら。……いや、夏だから
それらを思い出にして綴じ込めておくあのアルバムのタイトルは、やっぱりあれ以外には思いつかなかったよな。
世界を切り取り思い出にしたあの写真たちの総称、それは――
『青夏 ~空想の友と意地悪な神~』
青夏 ~空想の友と意地悪な神~ 直木和爺 @naoki_waya
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