第2話「ドンドン狩りと西の森での出会い」
徒歩一時間くらいで西の森へやってきた俺は誕生日のご馳走としてトトに、もちろんポポとメリンにも食べさせてやるために食用動物のドンドンを狩ろうとしていた。
しかし前の世界では狩りなんてゲームの中でしかやったことがなくド素人でしなかった為、血眼になってようやく見つけた一匹も後ろから追いかけ回すだけで一向に捕まえらそうな気配がなかった。
「ぜぇぜぇぜぇ……結構難しいぞ、これ」
トトたちが喜ぶ顔を想像しながら諦めずに追うも、スタミナ切れにより足がもつれてグラリと体制を崩してしまう。
「ぐぁ……イタタ」
西の森は自然そのままでありもちろん整備などされていないので、俺が倒れた先にあった折れて尖った木片によって左腕に大きな傷を負ってしまったのだ。
「能力を使わなければ俺なんて所詮こんなものか……」
悪事を働いている転移転生者と戦うときならばともかく、普段は出来るだけ能力を使わないようにしていたことが裏目で出てしまった。
「どうした、怪我をしたのか?」
俺が木にもたれ掛かって休んでいると、いつの間にか現れた一人の女性が目の前にいた。身に纏う真っ黒な衣装と木の葉を乗せて舞う風に揺れる長い黒髪。
惹きつけれるほどの端麗な容姿に吸い込まれるような綺麗な瞳なのに、正直全く気配を感じなかった。
そしてその人にはどこか懐かしい親近感があった。どこかで見たことがあるような。
「ああ、情けないことにも転んでしまってな」
「じっとしていろ」
そう言うと、その女性はハマグリのような貝を懐から取り出してその中に入っていた緑色をしたペースト状のものを俺の傷口に塗り込んでくれた。
これってもしかして……俺がふとした心当たりを感じていたら、不思議といつのまにか傷の痛みが消えていた。
「試行錯誤して作ったものだが、ようやく最近になって役に立つモノが出来た」
その傷薬も本当は前の世界の物で、自分なりにこちらの世界で手に入る材料を使って作ったものだとしたら。
「ひょっとして転移者なのか? 元は忍者……いや女性だからくノ一か」
俺がそう言った瞬間、ずっと無表情だったその顔に一瞬だけピクリと頬が動いた。
「驚いた……私の事を知っていたとは。くノ一というのはわからんが前の世界では甲賀の国で忍びとして育てられていた」
やはりそうか。本や時代劇で見るような大げさな特徴があったわけではないが、その容姿や風貌には少なからず類似する点があった。
「やはりそうだったんだな。俺も時代は違うが同じ国から転移したカツアキという者だ。この傷を治してくれた礼がしたい、名前はなんていうんだ?」
「礼なんて気にするな……この試作品の傷薬が不良品だったらその腕は切り落とさなければいけなかったのだからな」
「そ、それはおっかないな……俺は実験台だったのか」
「馬鹿にするな、自信はあった…………言い忘れていたが、名はエレナと言う」
「エレナ!?」
勝手に紅葉とか楓みたいな名を想像していた俺は、つい驚きの声を上げてしまう。
「私は忍びの者だから元々名前などない。この世界にやって来たときにギルドというところに行ったのだが、そこで名前がないと困るといわれたので、その人に名付けてしてもらったのだ」
なるほど。忍びに名が無いというのは初めて知った事実だった。
「そうか、そんなことは露知らず素っ頓狂な声を出してしまいすまなかったな」
「男がそのようなことをいちいち気にするでない、謝罪は無用だ」
「わかった、ありがとう。ちなみにエレナもここへ狩りに来たのか?」
「その通りだ。
主と言うからには、エレナは誰かに使えているのだろうか。
「俺も同じ用件でこの森にやってきたんだ。傷を治してくれた上にこのようなことを頼むのもアレなんだが、良ければ協力してくれないか? ドンドンという額に変な角が生えた猪狩りを」
エレナは一瞬だけ目を閉じた後、コクリと頷く。
「よかろう。時代は違えど元は同じ国に生を受けたよしみだ。助け合うのも一興だろう―――しかし」
木の上へ道具も使わずに素早く駆け上がったエレナが『足手まといにならなければな』と言い放ち、瞬く間に姿を消した。
なんとまあ、軽い身のこなしだ。木の上に登ったはずなのにその木が揺れた形跡が全くない。俺が感心してその場を眺めていたら近くに表れたドンドンの後ろ足へ複数のクナイのようなものが突き刺さってその動きを鈍らせていた。
これならいける!
俺が前に出るとドンドンは前足を地面に叩きつけて身を反り返えす。
―――喉砕き
その一瞬を狙って、暗殺拳を発動させた俺は右手の手根をドンドンの喉元へ打ち込んだが、仕留めたか確認する暇もなく風に乗ったエレナの声が耳に届く。
「左方向にもう一匹、気を緩めるな」
そうして無事に二頭のドンドンを捕まえたのち、俺がその四本の足を縛り上げた後にようやくエレナが木の上からストンと音もなく降り立った。相も変わらず愛想の無い表情だったけれど、着地の際にふわりと浮いた長い黒髪が狩りの成功を称えてくれているようだった。
「よくぞ仕留めたな。カツアキと言ったか、お主が雌の方を持ってかえるがいい」
今の時期のドンドンの雌は雄よりも脂がのっており、部位によっては噛まなくてもとろけるほどで、市場でも倍くらい値段が違うとメリンから聞いたことがある。
「そんなわけにはいかない。俺から協力を頼んだのだから、こちらが雄で構わない」
「先も言ったではないか、男がいちいちそんなことを気にするな。しかも私は足止めしただけで仕留めたのはカツアキだ。それに主殿は歯ごたえのある肉を好む」
そうも言われたら断る理由がない。それにトトたちにこれ程に無い上等な肉を食わせてやれると思ったら遠慮よりも喜びの方が先走ってしまう。
「ああ、ありがとう。遠慮なく貰っていくぞ、今日は一緒に暮らしている奴の生まれた日だから、どうしても食わせてやりたかったんだ」
「そうか、きっとそ奴も喜ぶことだろう」
せめての礼で俺のアイテムBOXで一緒に街まで運ぼうと思っていたら、雄のドンドンを肩に担いだエレナはあっという間に立ち去ってしまった。
工芸細工のようなきめ細やかに美しい容姿のエレナだったが、その内面は野郎でも惚れてしまうくらいの男前振りだった。
異世界だからって何をしても許されるとは思うなよっ あさかん @asakan
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