第6話 蒼く燃える銀の髪と緋色の眼

「うわぁっ!」


 背中におぶさるように、コルアが僕の首元に腕を回してきた。


 もう駄目だと思った瞬間、なんとか逃れようと必死にもがいたことが功を奏し、鎖が外れてドアが開いた。 温かい夏の日差しが、石畳の冷たい部屋の中に入り込んだ。日の光が僕の肌をジリジリと刺すように焼く。


「ギャアッッッ!」


 真後ろから断末魔のような悲痛な叫び声が聞こえる。完全なヴァンパイアであるコルアが日の光から受ける痛みは、全身を業火で焼かれるような想像を絶する苦痛だろう。


 コルアを扉の傍に置き去りにして、僕は何とか外に這い出した。


 振り返ると、コルアの身体からは蒼い炎が発し、彼女の身体を燃やし尽くそうとしていた。彼女の美しい白い肌は、ぼろぼろに焼けただれ、細い手足は今にも崩れ落ちそうだった。


 それでもなお、彼女は僕のいる外側へ歩を踏み出そうとし、ふらふらと三歩ほど進んだところで崩れ落ちた。四つん這いになった彼女は、僕の方を見上げ、救いを求めるように手を伸ばした。


「いか…ないで…。」


 太陽に容赦なく照らされ、彼女の顔がはっきり見える。彼女は泣いていた。大粒の涙をいくつも零しながら、今にも消え入りそうな悲痛な声で、僕の名前を呼んでいる。


僕はこれ以上、彼女の無残な姿を目にしたくなかった。 屋敷とは反対の方角の遥か高みで、ジリジリと燃えながら高みの見物をする太陽を僕は仰ぎ見た。冷や汗と温かい日光のアンビバランス、二つの混ざり合わない感情の葛藤に、度し難く不快な気持ちになった。


 僕は太陽に向かって、愛着と、恩義と、拒絶と、諦めとがごちゃごちゃに混ざった声で叫んでいた。


 世界には、僕以外には誰も歩むことができない唯一の道がある。その道はどこに続いているのか、正しい道なのか、間違った道なのかなんて、きっと誰にもわからない。 あの時、僕には彼女を助ける道と、見捨てて逃げる道の二つ選択肢があった。


 今考えても、その行動がよかったかはわからないけれど、僕は後悔していない。


 気が付くと僕は、燃え尽きようとする彼女を抱えて、屋敷の中に飛び込んでいた。彼女の身体から発される炎を抑え込むように、僕の身体でしっかりと抱きしめ包み込んだ。  


 しばらくすると蒼い炎は完全に消え去った。


「コルア!死ぬなっ!生きてくれよっ!」


  涙の跡が残るコルアのまぶたがゆっくりと開き、緋色の瞳が僕の顔に焦点を合わせた。


「戻ってきてくれたんだ…。ありがとう…。」


「こんなことで、命の恩人に死なれたら寝覚めが悪いだろうが。」


 コルアは可愛らしい笑みを浮かべ、「ちょっとだけゆっくり休みたい」といって、再びまぶたを閉じ、焼けこげてしまった体の修復に集中した。彼女の華奢な身体を抱えてベッドまで運んでやる。


 窓を眺めると、ヴァンパイアが本当に滅してしまうほどの、滅入るような暑い夏の日差しは先ほどよりも少し柔らかくなっていた。


 コルアは僕を追いかけて、その結果死にかけた。正直、僕は彼女を助けるかどうかを迷った。助けた結果、これからの僕の人生は、彼女によって大きく影響されてしまうだろうことを考えると、少し気が重いようにも感じる。


 しかし、やはり彼女を助けるべきだったし、助けてよかったと思う。 夏の日差しは、夕暮れとともに消えかかり、涼しい風が窓から吹き込んでは銀髪の美しい髪をゆらす。彼女の穏やかな寝顔を見ると、不思議と僕の心は凪いでいた。



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ベイカーストリートの吸血鬼 冨田秀一 @daikitimuku

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