ライフハッカーの人生乗っ取り計画

ちびまるフォイ

使い勝手の良いライフハックを

「お願いだ! あいつの人生をハッキングしてくれ!!」


「ご依頼ですか」

「ああそうだ。あんたライフハッカーなんだろ」


「はい。ではご依頼ということでプランを提案させていただきます」


「プラン?」


「完全ライフハックと部分ハックです。

 完全ライフハックでは相手の人生そのものをハッキングして奪い取ります。

 財産はもちろん、立場から人間の体まで奪い取ります」


「完全ライフハックに決まってる!

 俺からすべてを奪ったアイツからすべて奪わなきゃ納得できない!」


「そちらのプランのほうが値段は張りますが」


「かまうもんか。どうせ体をハッキングすれば金なんていくらでも手に入る」


男は契約に従い前払いで料金を支払った。


「ではライフハックをはじめます」


ライフハッカーが機械を操作すると、男の目の前に見えていたはずの風景が一瞬で変わった。

ワープでもしたのかと思ったが体をハッキングしたのだとすぐ気がついた。


『もしもし? ライフハッカーです。対象の体にハッキングできましたか?』


「すごい! 本当にアイツの体だ! それにここはヤツの大豪邸!

 俺を騙してアイデアを盗んでこんな良いところに住んでいやがったのか!!」


『ではご依頼は完了です』


ライフハッカーからの連絡が途絶えると男は豪邸を満喫した。


体ごと奪い取ったのはもちろん、記憶や人生までもハッキングして手に入れたので

豪邸のどこになにがあってどんなことを経験したのかの記憶もある。


「ライフハックって最高だ!!」


最初こそ自分を不幸に陥れた相手に復讐もかねて

人間関係や財産をずたずたにしてやろうかとも思ったが

ハッキングし終わった今、この恵まれた環境で豪遊するほうがずっと良いと気がついた。


ライフハックする前も派手に遊んでいたようで、

中身が別人になって好き勝手していても誰も気づくことはなかった。


「……パパ?」


子供以外は。


「どうしたんだい? もう寝る時間だよ」


「さいきんのパパ……パパじゃない」


「なに言ってるんだい。海に行ったことも、

 そこでパパがお尻をカニに挟まれたことも覚えている。

 なにもかも同じじゃないか」


「なんか……ちがうの」


「でも、今のパパのほうが良いだろう?

 前のパパはずっと家に戻らなかったじゃないか。

 今はこうして毎日のように家でかまってあげてるだろう」


「……」


子供はどこか距離を置くようになってしまった。

金や立場のフィルタがないために余計にハッキングされたことを気取られやすいのだろう。


たとえ同じ記憶や仕草や思考を持ったところで同じ人間にはなりえない。


それからしばらくしてライフハッカーのもとに男がやってきた。


「おや? あなたは前に……」


「お願いがある。ライフハックをもとに戻してくれないか」


「それはまたどうして」


「最初はあんなクソ野郎がいい思いをしているのが許せなくてハッキングしたが、

 ハックして思い出や人生を共有したら、アイツにもアイツの人生があったって知ったんだ。

 それに……罪のない子供にも負担を与えてしまっている……」


「残念ですがライフハックの取り消しはできません」


「そんな……」


「私のこの体も、もともとは別の人のものです。

 病気で生きられないことから私がライフハックで手に入れたんです。

 最初はあなたと同じように戸惑いましたが、なれるものですよ」


「ケータイの機種変じゃないんだぞ!?」


「無茶を言っているのはあなたでしょう。

 ライフハックして、自分の知らなかった相手の一面を見て後悔した。

 だからもとの体に戻りたいなんて通じませんよ」


「ぐ……」


ライフハッカーに拒否された男はさびしく公園のベンチに座った。


一度「他人」を意識してしまったらもう戻れない。

家に帰ってもどうしてもくつろげないし、家族と話しても他人にしか感じない。


なにも知らずに信じて話している人を騙しているようでどんどん苦しくなっていく。


「もうどうすればいいんだ……」


男は家に帰れずに頭を抱えていると、ふとアイデアが思いついた。


「そうだ。この方法があった!」


ふたたびライフハッカーのもとを訪れて熱弁した。


「……自分をハックしてほしい?」


「ああ! これなら文句ないだろう!?

 俺のもともとの体を完全ライフハックしてくれ。金はあるんだ。

 これで俺はもとに戻ることができる」


「完全ライフハックした後の体はどうなると思いますか」


「あ? そりゃ俺という魂が移動したんだからからっぽになるだろ」


「そうです。そして中身のない体は別で需要があるんですよ」


「どういう……ことだよ?」


「貧しい場所で生まれた人、生まれつき体が弱い人。

 別の性別でのリスタートしたい人。

 あなたが簡単に捨てたその人生にも魅力を感じている人が入りたがるんです」


「ふ、ふざけんな! 俺の体だぞ!?」


「今はそっちがあなたの体です」


男は言葉を失った。

ライフハッカーの背中越しに自分が歩いているのが見えたから。


かつて他人に憎悪しか向けていなかった鋭い顔つきではなく、

まったく別人が新たな人生を楽しんでいる希望に満ちた顔だった。


「そんな……もう別の人が……」


「あくまでも私は仕事を遂行します。

 あなたが金を出して、完全ライフハックしろというのであれば

 私はなんの躊躇なくあなたの体をハックします」


「……」

「どうしますか」


「……わかっているんだろ。ハッキングなんてしないってこと」


男は諦めたように顔を振った。


「結局は同じになるじゃないか。俺が完全ライフハックで体を取り戻しても、

 すでに俺の体は別の人生のレールに乗っている。

 他人の人生をまた奪い取って罪悪感に苦しむのは同じじゃないか」


「いかがしますか」


「……わかったよ。俺はこの体で生きていく。

 もう戻ることはない。他人の人生をせめて自分色に寄せていくほうが良さそうだから」


「わかりました」


ライフハッカーは男を静かに見送った。

男がハッカーのもとを訪れることはもうなかった。


その後すぐに、別の客がライフハッカーのもとを訪れた。


「やあ、前に依頼した仕事の方は完了したかな?」


「部分ライフハックですね。すでにハック済みです。

 部分ハックにより対象は元の体に戻ることを諦めて、今の体で生きるように思考が誘導されました」


「おお本当か。ありがとう、助かったよ。

 前の人生は多くの人から頼られて窮屈でたまらなかったんだ。

 元の体に戻りたいとハッキングされたら困るからね」


客は揉み手をしながら感謝を伝えた。心配そうに付け足した。


「あ、ちなみに……君は今、私の部分ハックの依頼は受けてないだろうね?

 この私の思考や行動はまじりっけなしの私の意思であっているんだよね?」


「あなたが信じる限り、それがあなたの意思ですよ」


ライフハッカーは笑顔で答えた。

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