final episode 屋上の影

 杏が直樹と楽しそうに話している姿を見て、幼なじみだからといって結ばれるわけではないのかもしれないと悟る純。おばあちゃんの助けもあって、直樹が杏と結ばれるように手伝おう、と決意する。彼はなにをしてふたりを結ぼうとするのだろうか。




❀final episode❀




 直樹が杏と結ばれるには俺はなにをすればいいのか? 家に帰って考えたけれど、結論は出なかった。杏に話しかけて直樹の長所をさりげなく伝えるべきか? それは違う気がする。杏は直樹に対して悪いイメージはもってないだろうし、ほうっておけば上手くいく気がする。ひとまず、杏に必要以上に話しかけないようにしよう。


 それが一晩悩んだ俺の考えだった。そして、それを実行することができていた。




 3時間目の体育。バスケットボールの授業で小さな事故は起こる。いや、事故というほどのことでもない。体育館でシュート練習をしていて、バスケットゴールの上の通路ギャラリーにボールがのってしまうということはよくあることだろう。


 今日の授業ではクラスメートの加藤という男子がやらかした。彼はすぐにふざける奴だ。そう、こいつにボールを取りに行かせたことこそが俺らの犯した過ち。


「俺後ろ向いて投げるから~! いっくぜ~っ」


 通路ギャラリーから、バスケットボールを持って言う加藤。このとき大半の人が忘れてたんだけど、こいつにはコントロール能力がない。なんでこんなことを言い出したのか。


 まぁ、そんなわけで。バスケットボールは予期せぬ方向に投げられた。ボールの軌道から予想して落下地点は――ボールの存在に気付くことなく友達と話す杏の頭上。


「杏っ!」


 俺は吠えるように鋭く叫んだ。名前を呼ばれた彼女は振り向いて、みんなの視線の先をたどるように上を見て、固まった。俺が今から走って行ってボールをキャッチするとしても、間に合わない。それなりの重さがあるバスケットボール、体育館の2階の通路から人の頭に落としたらどんな被害を被るか? そんなこと考えたくもない。


 その場にいる人ほとんどが凍り付いたとき、ひとり、風を起こした者がいた。直樹だ。彼はジャンプボールを捕る要領で、軽やかにジャンプしてボールをカットした。着地寸前で力を加えられたボールは、人がいないステージの方へ着地し、何度かバウンドしたのちにころころと数メートル転がり、おとなしくなった。


「大丈夫?」


 杏の方を見て直樹の口が動いた。俺は遠くにいたから声は届かなかったけど、そう言ったことくらいいともやすやすと想像できた。なんとなく、杏の目はハートになってそうだな、と思った。直樹、普通にかっこいいじゃんかよ。


 ちなみに、ギャラリーの高さから人の頭にバスケットボールを落としたところで死には至らないと知ったのは、後のことだった。男子たち俺たちが杏に過保護だったらしい。




A few weeks later...




「俺さ、モモに今日の昼休み屋上で告ろうと思っててさ」


 直樹がそう話しかけてきたのは数週間後――卒業式の前日のことだった。


「お、がんば」


 杏への想いがコピー用紙より薄くなった俺は軽めのノリで言う。


「見張っててくんね? 人が来ないように」


 この学校の屋上は常に開放されている。下手すると、関係者でない児童たちがわぁわぁ話しながら入ってきて雰囲気をぶち壊してしまうのだ。それは避けたい。


「おっけ」


 俺はうなずいて、はてどこに隠れようかと考える。とりあえず大きめの物体の影で座り込んでおけばなんとかなるかな?




「前から好きでした。……誰でもいいわけじゃない。モモと付き合いたいんだ」


 昼休みの屋上。俺は杏の死角に潜んで、人が来ないように見張っていた。


「ごめ~ん、風が強くて聞き取れなかった」


 こいつ聞こえてるのにとぼけてるだろ。俺は口には出さずにつっこみを入れる。


「……えっ、と」


 直樹はというと、直立不動気を付け。うん、がんばれよ。人が来る気配ないし。


「ごめんごめん、冗談だよ」


 距離感が付き合い始める前のあれだよなー、なんてお気楽に俺は思う。


「なんだよ~、びびった」


 直樹は安堵したようで、ふぅっと息をついて、一瞬後ろを振り返った。


「よろしくお願いします」


 めでたしめでたし。俺は任務完了の印として、座り込んだまま空を仰ぐ。


「へ?」


 だが、事態を把握できていない直樹は文字通りのまぬけ面で訊き返した。


「付き合いたいって……」


 俺には後半は聞き取れなかった。杏は蚊の鳴くような声だったから。


「あ……。こちらこそよろしくな」


 こうして、杏と直樹は結ばれた。とっぴんぱらりのぷう。さて、そろそろ昼休みが終わるだろうから教室に戻らなければ。そう思って腰を上げたときだった。杏が俺の存在に気付いてしまった。彼女はただ口を開けて俺を指差し、声も出さず、直樹に目配せもせず。早くここから立ち去ろうっと。杏に話しかけられる前に、ここに隠れていたことを言及される前に。そう思って屋上のドアに走って行き、室内に飛び込む。


「じゅ――やぶっ!」


 杏は追いかけることなく、その場で俺を呼び止めようとした。


 もしもの話だけれど。このとき、杏が小さい頃のように“純くん”と俺を呼んでいたら。俺は呼び止められて振り向いただろうか。――いや、立ち止まりもしないだろうな。そう確信した。俺はもう杏を好きでもなんでもないんだと思った。かぼちゃはメロンになれっこないように。かえるはおたまじゃくしに戻れないように。


 今、俺が知っている事実はふたつある。ひとつは、杏と直樹はお似合いで、結ばれるにふさわしかったってこと。もうひとつは――。




 ――仰いだ空は、僕が抱く負の感情全てを吹き飛ばすくらいに、すがすがしい青だったってこと。






                  〈Fin〉

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ハッピーエンドの黒幕 齋藤瑞穂 @apple-pie

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