第10話(2)
龍園祭の全日程が終了した。
時刻は夕方──
全生徒が協力し合って、学園内を元の姿に戻していく。
純たちのクラスは教室こそ何も手をつけていないので、その分片付けは楽かと思っていたが、実際はそうでもなかった。
自分たちの製作したものを処分せねばならないのは、思った以上に酷な作業だ。
愛着のある衣装や小道具を前に、涙を流す生徒も少なくなかった。
ようやく、作業が終わり、ちらほらと名残惜しそうにクラスメイト達が帰宅していく。
普段、そんな気持ちで学園から帰ることはなかなか無いだろう。
そんな気持ちになるほど、彼らにとっても、この
純は教室の席に座って、手の中で携帯を弄んでいた。
「あら、どうしたの? てっきり、もう帰ったかと」
ひょっこりと夏子が教室に顔を出す。
「今日、また鳳佳が来るんだ──」
手にある携帯を振って見せて、純はそう言った。
「──誠也がどこに行ったか知らないか?」
彼に尋ねられて、
「あの子なら今、体育館裏でハーレム状態よ。 曲がりなりにも、劇は主役だったし、準備期間中も部活と両立して、よく働いたしね。 彼に心惹かれた女の子は多いの──」
夏子は肩の高さで両手を広げる。
「──チラッと見かけたけど、上級生の姿もあったみたい。 あの様子じゃ、まだまだ帰れなさそうね」
「なら、好都合だな。 先に帰るって連絡入れておこう」
よいしょと呟いて、純は椅子から腰をあげる。
「……夏子、お前はまだ残ってるか?」
通り過ぎざま、純は夏子にそう尋ねた。
「生徒会の仕事も終わったし、もう用事はないから、残ろうと思えば残れるけど」
首を傾げる夏子。
「そうか。 じゃあ、ちょっとここで待っててくれないか」
純は彼女にそう言い残し、教室から出て行った。
図書室の中で、鳳佳は少し緊張していた。
いつものように桜井学園長に導かれて、誰もいない学園にやってきた彼女だったが、ふと届いた一通のメールが、彼女の心を震わせた。
それは、鳳佳からすれば、いま『最も心許している人物』からだった。
その内容はこうだ。
“今日、会わせたい人がいる”
鳳佳は一瞬、思案したが、小さく深呼吸をして、
“大丈夫”
と返したのだった。
その為、今こうして緊張しつつ、姫宮 純とその『会わせたい誰か』の登場を待っている。
「…」
椅子に座らず、ただただ室内をくるくる歩き回って、鳳佳は胸の前でギュッと両手を握った。
コンコン……
「鳳佳? 入るね」
聴き慣れた純の声。
ガチャッとドアノブが回り、戸が開く。
「こんばんわ、王城さん。 初めまして」
万人を穏やかにさせるような柔らかい笑顔を携え、そこには、水瀬 夏子が立っていた。
「…」
鳳佳は相変わらず、胸の前で両手を抱えていたが、彼女の笑顔を見ると、ぎこちなくも笑顔で返した。
「こんなところじゃ何だし、中に入ろうか」
純がそう言って、室内に入る。
鳳佳もトコトコと小走りに駆けて、長テーブルの上にある紙に文字を書き始めた。
“はじめまして あたしのことは 鳳佳と呼んでください”
「あら、どうもありがとう」
相変わらず、優しい微笑みで答える夏子。
「コ──」
『コイツ』と言いかけて、純は言い直す。
「──の子が以前から話してた、アタシの幼馴染の夏子だよ。 今回の『劇』でも、いろんな事を手伝ってくれたんだ」
紹介を受けて、夏子は改めて鳳佳に会釈する。
「私達のために素晴らしい物語を書いてくれて、ありがとう。 ちょっとトラブルがあって、結末は変わっちゃったけど、本当にごめんなさい」
彼女の言葉に、鳳佳は慌てて両手を振り、否定の意を表す。
“そんなことないよ こちらこそ あたしを参加させていくれてありがとう”
そう綴られた文章を見て、夏子はまた微笑んだ。
側で二人の様子を見ていた純は、人知れず安堵の溜息をつく。
(読み通り、夏子との対面は、そこまで難易度高くなかったな)
同性・同年代であり、さらに夏子の性格的特性も相まって、鳳佳はすんなり彼女を受け入れたようだ。
思えば、初めて鳳佳と対面した時、彼女は何の問題もなく純と対話しようとしていた。
純があのまま、誤って詰め寄ったりしなければ、逃げられることもなかったのだろう。
(あのときの鳳佳の反応をオレが意識し過ぎてなければ、もっと早くに夏子を紹介できたかもな……)
思わず苦笑する純。
今日、夏子をここへ呼び出したのは、以前から彼が計画していたことだった。
おおよそ、純と鳳佳が二人っきりで出来ることも無くなり、鳳佳が龍園祭に参加し、『クラスメイト』という共同体を意識した今が、夏子に入ってきてもらう良いタイミングだと、彼は判断したのだ。
加えて夏子であれば、今までの鳳佳の状況も純の立場も全て把握しているし、柔軟な人格と冷静な気立ての彼女なら、きっと鳳佳の力になれると、純は確信していた。
再び二人の様子を見てみると、夏子は鳳佳から質問責めを受けていた。
“純ちゃんとは いつからお友達なの?”
「彼女とは、小学生の頃から仲良くしてもらっているの。 もう一人、誠也っていう男の子も一緒にね」
“三人は本当に仲良しなんだね”
「そうね、何をするにも一緒。 私としては、いずれ二人が
「──ちょっと、夏子。 鳳佳に変なこと吹き込まないでよ」
眉間にシワを作って、純が夏子の言葉を遮る。
フフッと夏子は笑った。
「だって、誠也はすごく女の子にモテるし、姫ちゃんもいつかそうなるのかなって」
悪戯っ子のように、彼女は続ける。
純はさらに不機嫌そうな顔をして、言った。
「アタシがそうならないこと、わかってて言ってるでしょ、アンタ」
「あら、人の気持ちなんて移り変わるものでしょう? 今はそうでも、いつどこで、誰のどんなところに惹かれるかなんて、誰にもわからないものよ」
人差し指を唇に当て、夏子が純に微笑む。
(コイツ、ワザと遊んでるな……)
純は呆れたように溜息をつき、夏子から視線を外して、ふと鳳佳の方を見た。
「……!」
見ると、鳳佳はクスクスと笑っていた。
そして、おもむろに鉛筆を手に取り、紙に文字を綴る。
“純ちゃんのそんな姿 あたし初めて見た”
「えっ?」
少し驚いて、純は自分の顔に触れる。
“お友達と話す流暢な声や ちょっと呆れた仕草 でも安心して心を許してる様子とか”
鳳佳の言葉に、純は少し狼狽えた。
「そ、そんなこと…」
だが確かに、いつも鳳佳に向けて話す態度と、夏子に見せる態度は違うかも知れない。
いつも鳳佳に接するときは、怖がらせないように気遣い、割れ物に触れるように柔らかで、少しゆっくりとした口調で話している。
これは無意識に彼がそうしている結果だ。
対して夏子には、ストレートで気遣いのない、ある種心を許した口調や表情になっているだろう。
鳳佳からすれば、純のそんな姿は初めて見たに違いない。
“なんだか懐かしいな 昔よく遊んでいた お友達を思い出した”
「……」
『大和屋 瑠璃子』や『井槌 完斗』のことだろうか。
純は夏子の方を見た。
夏子は黙って微笑み、頷く。
「今日からは、夏子も鳳佳の友達だよ」
純がそういうと、鳳佳はハッと夏子の方を見た。
「改めて、よろしくね。 鳳佳ちゃん」
夏子の差し出す右手を、鳳佳は少し恥ずかしそうに握り返した。
キミに触れれるアタシの秘密 悠世 @yusei_monokaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。キミに触れれるアタシの秘密の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます