リレミド

 その頃、孤児院ではロベルトとアスラが抜けてしまうというトラブルがありつつも問題なくお別れ会は終了していた。各々片づけをしている中、咲夜はロレッタの後ろ姿を見つけ声をかける。


「どこいくの? それ着たままだとせっかくの素敵なお洋服が汚れちゃうわよ」

「これからお客様がいらっしゃるので、そのお迎えに行こうかなと思いまして」

「これから誰かくるの? お別れ会はおしまいなんでしょ?」


 ロレッタはうなずく。


「お別れ会は終わりなんですけど、私を引き取って下さる方があいさつにここを訪れるそうです。ですから急いで他の子は片付けしているでしょう」

「なるほどねぇ」


 納得したように頷く咲夜。しかしロレッタの引き取り手である。どんな人間なのか、咲夜はその人物に興味をもった。


「私も同席してもいいかしら?」

「いいですけど、あんまり失礼のないようにお願いします。とっても偉い方だそうなので」


 シスターが廊下の向こうから歩いてくる。なにか急いでいるようだ。ロレッタの姿に気が付くとこちらに駆け寄り言う。


「リレミド閣下がいらっしゃいましたよ」



   ~~~~~


「ふむ、今回はこの子かね。可愛らしい子だ。それに気立てもよさそうだ」


 そういったのは軍服を身に纏った片眼鏡の男性だ。その年は4、50歳といったところだろうか。しかしその年齢に反してその体はよく鍛えられている。ロレッタの品定めでもするかのように、その周りをぐるぐると回っている。部屋の隅にはお供の軍人二人にシスター、咲夜と並んでいた。


「シスターから見てこの子はどうかね」


 そう問われたシスターは一歩前に出て一礼し答えた。


「そうですね、その子はとても働き者で私の手伝いをするだけではなく、年少の皆の面倒をよく見てくれました。あと学校などには行っていませんでしたが、可能な範囲で私が教育を施しました」

「ほう、それでどのようなことが出来るのだね?」

「軽い読み書きと簡単な計算程度ならできます」


 感心したようにリレミドが頷く。


「いやはや、素晴らしい。少しここで確認してもいいかね?」


 そういってリレミドはいくつかの計算問題をロレッタに投げかける。それにすらすらと流暢に答えるロレッタ。それを見てリレミドはさらに機嫌をよくする。


「本当に素晴らしい子だ。シスターもさぞ鼻が高かろうよ」

「お褒めに預かり、光栄です」


 ロレッタがスカートの端をつまんで一礼する。リレミドはそれを会釈で返しシスターのほうを向く。


「では今回の請け金はこのくらいで如何かな」


 後ろに控えていた軍人が鞄を持ってくる。その中から札束をいくつか取り出して机に置く。それを見たシスターが驚いたような声をだす。


「まあ、今回もこんなにたくさん。多すぎませんか?」


 リレミドはそれを聞いて鷹揚に笑う。


「大した金額ではないよ。大切な子どもたちをお預かりするんだ。これくらいの金額ではかえって足りないというものだろう」


 そうして穏やかに話は進んでいく。それから小一時間たった頃だろうか。リレミド達は帰り支度を始める。


「長々とお邪魔してしまいましたな。では明日の昼に迎えのものが参りますのでそれまでに準備をしてください」

「いえいえお邪魔だなんて。明日もよろしくお願いいたします」


 そういって出ていこうとするリレミド達。しかしそこに待ったをかけるものがいた。


「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 咲夜である。


「……一応聞いておくか」


 リレミドは出口の戸のノブにかけた手を引っ込めて咲夜に向き合う。


「君は帝国軍人だね? まずは所属を言いたまえ」

「……帝国軍公務課に所属する咲夜伍長です」


 それを聞いてリレミドは顔を顰める。


「公務課か……、監査の届け出などはなかったが、なぜこの街にいるのかね?」

「それは……」

「まあいい、それは関係ないか。それで、なんだったかね。聞きたいことがあったんだったか」


 咲夜はリレミドに向き直ると口を開く。


「この子をどうするつもり?」


 リレミドは呆れたような表情をする。


「そんなことも知らずにこの場にいたのか? これはある種の慈善事業のようなものだよ」


 そういってリレミドは大仰に身振り手振りをしながら話をすすめる。


「孤児院にお金を提供することで働けない身寄りのない幼い子供を育てる。子供が大きくなったら引き取って、働き口を提供して自立を促す。そうやって街の健全化を図ってるんだ」

「……」

「とくにここの子供たちは素晴らしい子が多いのでね。私自ら足を運んでいるのだよ、わかったかね?」


 咲夜はそれをきいても全く納得した様子はなかった。それにはリレミドも気が付いていた。しかしお付きの軍人が会話に割り込む。


「閣下、失礼します。もう時間が……」

「そうか、すぐに行く」


 そういって、部屋を出ていくリレミド。その背を咲夜は睨み続けていた。



   ~~~~~


 もう日は傾き、あたりを真っ赤に染め上げている。街の中心にある執政官の屋敷に向かうリレミドは馬車に乗りながら何か考えごとをしていた。その様子に気が付いた御者をしている軍人が声をかけた。


「閣下、なにか心配事でも?」

「ああ……」

「さしつかえなければお話していただいてもよろしいでしょうか」

「……」


 リレミドはその側近を睨みつけるかのような目でみる。


「君の……、君の代わりは腐るほどいる。意味がわかるな?」


 それを聞いた御者は青ざめた表情になり黙り込む。静かになった車内。リレミドは再び思考へと没頭していった。


(ここにきて中央の軍人が嗅ぎつけてくるとは。しかし公務課か。それならばいかようにでもできようが、警戒するに越したことはない。側近に監視させるべきか?)


 人気のない道を進む馬車。その主であるリレミドの瞳は夜闇のような昏い光を湛えていた。



   ~~~~~


 ホットドッグを食べ終えてもアスラとロベルトはまだその広場のベンチでゆっくりしていた。しばらくはお互いに黙っていたが、アスラが会話を切り出した。


「なぁ……ちょっと聞いてもいいか?」

「なんだよ」


 ロベルトは逃げ出したときの気まずさが自然と霧散して、気分が落ち着いていた。


「なんでとび出しちまったんだ。 本当に振られちまったからか?」


 事情をロベルトはアスラに説明しようか迷った。事情を説明すれば自分のやったスリが明るみに出てしまう。それを話してアスラに嫌われるのはなんとなく嫌だった。


「なんていうか……」


 こっちの瞳を覗き込むアスラ。その表情はこちらを気遣ったものだった。その表情に後押しされるようにロベルトは言葉を吐き出した。


「俺……、スリやってるんだ」

「……」

「プレゼントをそれで貯めたお金で買ったって言っちまってな。実際には自分で作った奴なんだけど……。なんか恥ずかしくてな」

「それでこの様さ。笑えるだろ?」


 アスラは何も言わない。ロベルトはその沈黙が恐ろしくてそれを埋めるように話を続ける。


「実はアスラ達の財布、俺がスったんだ。ホントはこんなことしてもらう資格なんてないんだよ。俺。だからもう構わないでくれ。皆のとこいけよ」


 そういってロベルトは黙る。アスラは一拍おいて口を開く。


「そんなことは知ってたよ」


 ロベルトの表情が驚愕に染まる。


「シスターから朝聞いた。ちょっと納得がいったよ。明らかにお前の様子今までおかしかったもんな」

「……」

「まあ、こうして自分から言ってくれて助かったぜ。叱ろうにも叱りにくかったからな」

「なんで怒ってないんだ?」

「怒ってないってことはないけど、今それどころじゃないからな」

「それどころじゃないって……」


 ロベルトは色々何か言おうとしてるようであったが口をパクパクさせるばかりで何も言葉は出ない。アスラが話を進める。


「それよりどうするんだ? 髪飾りのことさ。明日にはいなくなっちゃうんだろ?」

「それは……」

「こういうときは悔いのないように行動しなきゃいけないぞ。これからどうなるかなんてお互いにわからないんだから」


 そういってアスラはすこし視線を外す。どこか遠いところを見ているような、寂しそうな表情はどうしてかロベルトの心を揺さぶった。


「でも……受け取ってもらえるかな、ロレッタ怒ってたし」

「それ手作りなんだろ? 思いこめた贈り物ってのは大体はちゃんと受け取ってもらえるもんだ。素直に謝ればわかってもらえるもんだぜ」

「そうかな」


 アスラは再びこっちを向く。


「これが嘘をついてる男の目にみえるか?」


 じぃーとロベルトはその瞳を覗き込んでみたがそこに映るものは自分の泣きそうな顔だった。


「わかんない」

「じゃあ、そうだな。こうしよう」


 アスラは手を差し出して言う。


「男と男の約束だ。男は約束は絶対守る」

「ほんとう? でも俺子供だし……」

「子供でも男は男だ。お前も約束はまもれよ」


 そういってロベルトの手をつかんでいった。


「ちゃんとロレッタと話しできるな?」


 ロベルトは正直自信がなかったし、怖くもあった。しかしここまでなぜか後押しをしてくれるアスラの熱意に押される形で手に力を込めて叫ぶ。


「おう!!!」

「よっし、成立だ!」


 1、2、3、で手を放す。なんだかよくわからないがやる気が湧いてきて、なんでもできるような気がロベルトはしていた。



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呪われし人形は夢を見る 天岩太樫 @ohgami0033

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