ホットドッグ

 その日はロレッタのお別れ会を開く日であった。朝から孤児院全体か慌ただしく、アスラたちも飾り付けなどに駆り出されていた。ロベルトも当然仕事を割り振られたが、ろくに身が入らない様子だった。見かねたアスラが声をかける。


「おい、いったいどうしたんだ?」


 ぼんやりしていたロベルトは体ごと飛び上がるかのように驚いていた。


「い、いや。なんでもないぞ。うん」


 いつもとちがってその姿は子供っぽいものに見えた。そのまま準備は粛々と進み、いよいよ送別会を行う昼になった。

 いつもとちがっておめかししたロレッタが広間に姿を見せる。皆が拍手し、各々ちょっとしたプレゼントや出し物をする。そんななかロベルトは緊張していた。


「次、ロベルトだよ」


 ついにロベルトの出番が来てしまった。ロベルトはポケットに手を突っ込みロレッタの手のひらに握りしめさせるように渡す。

 それはどうやら木彫りの髪飾りのようだった。


「これどうしたの?」

「買ったんだよ。集めたお金でさ」


 顔を真っ赤にしたロベルトがそっぽをむく。それを聞いてロレッタは複雑そうな表情をして、言った。


「これは受け取れないよ。ロベルトが悪いことして手に入れたものなんて欲しくないわ」


 ロベルトの様子は一変して青ざめたものへとなっていった。駆け出すようにして孤児院を飛び出すロベルト。


「あっ」


 ロレッタとシスターが追おうとするのをアスラは手で制止してこう告げた。


「ここは俺に任せて式の進行をしてくれ。ロベルトは連れ帰る」



   ~~~~~


 最悪だった。照れ隠しにしてもあんな言い方しなければよかった。失敗した。気が付いたら孤児院の裏庭に立っていた。手ごろな庭石に腰かける。


(これでロレッタと一緒に居られるのは最後なのに俺は何やってるんだか)


 戻って誤解を解こうとも考えたが、足が重い。全身が石になったかのようだった。うつむいて色々な

手立てを考えようともしたが、ロレッタに拒否されたことの衝撃があまりに大きかったのか、思考は堂々巡りするばかりでまとまらない。

 そこに足音がする。誰か追いかけてきたようである。その人物はロベルトに声をかけた。


「よう、少年。元気か?」

「……」


 ロベルトはうつむいたまま動く様子が見られない。


「あんま落ち込むなって。女の子に振られたのがショックのなのはわかるが、あんまりいじけてるとさらに幻滅されちまうぜ」

「うるせぇな……余計なお世話だよ」


 アスラの言葉がうっとおしいのだろうか、ロベルトは反抗的な態度だ。

 それを見たアスラはしばらく何か思案するようなそぶりを見せた。なにか思いついたのか、その後再びロベルトに話しかけた。


「じゃあそうだな、ちょっと気晴らしにいこう!」

「は? 急になんなんだよ」

「いいからいこうぜ」


 そういってアスラはロベルトの手を引いて孤児院の外に出る。昨日歩いた道を進んで大通りへと抜けていく。


「なんか行きたいところとかあるか?」

「ない」

「じゃあ俺のいきたいところに行くか」


(はぁ、せっかくのごちそうだったのに食べ損ねちまった)


 二人は昼食をたべる前に孤児院を飛び出したのでお腹がへっていた。ロベルトの後悔の念がどんどん強くなっていく。


「ああ、あそこだあそこ」


 アスラが指差したのは大通りに面した広場の屋台だった。


「昨日あれがうまそうだったんだよな~」


 新鮮な腸詰をとれたての野菜とともにパンに挟んだ料理、つまるところホットドッグだった。


(たいしたもんでもないだろ)


 ロベルトはアスラが行きたいというものだからどんなものかと少しだけ期待していたのだった。しかしそれを裏切られロベルトの気分は再び落ち込んだ。


「おやっさん、二人前頼む」

「あいよ」


 屋台の店主は慣れた手つきで腸詰を鉄板にのせ焼き始めると同時にパンを温め始めた。少しすると焼けた肉の匂いがあたりに漂い始める。焼き目がつきつつ腸詰が割れないちょうどいい塩梅で肉とパンを上げるとそこにレタスをのせ、腸詰を挟みケチャップとマスタードで仕上げる。

 時間にすれば数分だっただろうか、しかしその数分で空腹の二人の食欲は十分に引き出されていた。


「ほら、ふたつで100ステインだ」


 アスラは100ステイン硬貨と引き換えにそれを受け取る。すぐそばにおいてあったベンチに二人は腰かけ、ホットドックに向き合う。


「じゃあ、いたたきまーす」


 座ってすぐさまホットドッグにかぶりつくアスラ。その横でホットドックを持ったまま動かないロベルト。


「早く食べないと冷めちまうぞ」


 口の周りにケチャップやマスタードをつけてアスラがいう。それにロベルトが困ったように目尻を下げて言う。


「俺、辛いものあんま得意じゃないんだ」


 ロベルトはホットドッグのマスタードに困っていたのだ。それを聞いたアスラは呆れたような表情になる。


「おいおい、また好き嫌いか? ほどほどにしとけよな」

「いやっ、この前のは違うんだ。あの……」


 ロベルトはこの前の時の話をしようとして危うく墓穴を掘りそうになった。


「とにかく、俺はマスタードは食えない」

「まったく困ったガキんちょだな」

「俺はガキじゃない!」


 いきり立つロベルトだがアスラはそれをへらへらと受け流す。


「まあ、とりあえず食ってみろよ。そんなに辛くないし旨いぞ」


 こっちを見つめるアスラ。目の前のホットドッグからはいい臭いがプンプンと漂っている。しかし腹が減っていても苦手なものを口に入れるのには強い抵抗感があった。


「俺、いらないよ」


 ホットドッグをアスラの方へ向ける。しかしアスラはロベルトのホットドッグには一瞥をくれただけで受け取ろうとしない。


「そんなんだから女の子に振られちまうんだ。マスタードも食えないんじゃガキのまんまだよ」

「なんだと!」


 その言い方が気にいらなかった。いかにも自分が大人で正しいとでも思っているようなその口ぶりが気にいらなかった。少しの間ロベルトの視線ははアスラの顔とほホットドッグの間とを行き来する。


「いいぜ、食ってやらぁ。ただし食ったら俺をガキ扱いするのは止めろ」

「おうおう、止めてやるよ。一人前の男として扱ってやるよ」


 楽しげにアスラが答える。それを聞いたロベルトはホットドッグに向きあう。おいしそうなホットドッグにかかっている魔の黄色いソース。そいつを鋭い目つきで睨みつけながらロベルトは口を開け、かぶりつく。


「おお~、一気にいくな!」


 アスラの声が聞こえるがそれどころではない。


(なんだこれ?? ケチャップもソーセージも辛い!)


 そう、これはただのホットドッグではなかった。あらゆるものにチリソースを盛り込み、その手の愛好家たちに大人気の一品なのだ。あまりの辛さに全身から汗が噴き出す。うめき声が漏れ、目尻に涙が宿る。しかしアスラが見ている。


(情けない姿はみせられない……、こなくそッ)


 覚悟を決めたロベルトはホットドッグを無理やり飲み込むようにしてホットドッグを腹の中に収める。

飲み込んだ後も胃の様子がおかしかった。燃えるように熱い。


「み、水をくれ! 水ッ!」

「ほらよ」


 アスラが水筒の水を差しだしてくる。それを奪い取るようにして受け取るとゴクゴクと喉をならして飲み干す。そうして息を整えてひと段落つくとロベルトは言う。


「なんだあれ! 普通のホットドッグじゃないじゃないか!」


 アスラは悪びれた様子もなく、


「そりゃ、一回も普通のホットドッグなんて誰も言ってないからな」

「にしても辛すぎだろ! そもそもなんでお前は平気なんだ!」


 憤慨するロベルトに一言。


「そりゃ、俺は大人の男だからな」


 そういって笑った。

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