スラムにて

 ロベルトが咲夜の手を引いて歩いて行く。その様子にアスラも気がついて二人の後を追う。


「どうしたんだ? 二人とも急に歩き始めて」

「黙ってついてこい」


 しばらく歩いた後でロベルトが足を止めたのはある廃屋だった。どうみても人が住める環境じゃないように見えるが、よくよくみると扉や壁に粗末な木片などで修理が施されており生活感がある。


「ここにだれかいるの?」


 その咲夜の問いには答えずにロベルトが戸を開く。

 扉のさきには誰もいなかった。いや、よくみると廊下奥の角からいくつもの目がこちらを向いていた。


「ロベルトだ。出てきてくれ」


 その目の内の一対が姿を表す。15歳くらいだろうか。ロベルトよりは一回り背の高い男の子だった。服装は貧相でドブの匂いが少しする。その切れ長の瞳を細めながら問う。


「いまさらなんのようだ、ロベルト」

「別に今日はたいした用事じゃないよ」


 少年が激昂する。


「じゃあ後ろの奴らはなんなんだ! 軍人じゃないか。俺たちを追い出そうってのか!」

「だからそうじゃないっていってるだろ!」


 二人ともなにかしらの確執があるようで揉めている。その様子を見てアスラが仲裁に入る。


「まあまあ落ち着けって、二人とも。今回用があるのは俺たちなんだ。ロベルトじゃない」


 言い合いの中で少年がここのリーダーなのを察したアスラが交渉しようとする。それに対して少年は反発する。


「ちょっとだけ話を聞きたいだけなんだ。なんならちょっとしたお礼もしよう。だからそんなに睨まないでくれ」

「軍人は信用ならない。話なんてできるかよ」


 とりつくしまもないようだ。困ったアスラは後ろのほうで隠れている子供たちにも声をかけるも返答はない。


「困ったな……、そうだ!」


 アスラはベルトに着けたポーチからなにやら小袋を出す。


「こいつがなんだかわかるか?」

「知るかよ」


 ぶっきらぼうに返した言葉にもアスラは気を悪くした様子はない。袋からなにかをつまみ出す。


「こいつはさっき大通りで買った飴だ。話をしてくれたやつにはこれを進呈しよう」

「そんなのに釣られるやつがいるかよ!」


 少年が叫ぶ。しかし彼自身は飴玉に興味がなくとも後ろにいた年少の子供達はちがった。

 誘われるように背丈のいっそう小さな子がそろりそろりと近付いてくる。


「お話したらくれるのそれ?」


 アスラは子供と目線を合わせるようにしてしゃがみこみ、答える。


「もちろんだ」


 そこからは早かった。一人、また一人とアスラの元にいき、最後にはリーダーの少年だけが残った。


「はぁ、バカどもが」


 リーダーの少年は呆れたようにそっぽをむいて座り込んでしまった。

咲夜はロベルトに尋ねる。


「あの子は?」

「あいつはここらの子供を取りまとめているヤンってやつだ。俺ももともとはこいつと一緒に暮らしてたんだ」

「なんで今は違うの?」

「俺が他の連中を誘ってここを抜けたからさ。孤児院なら風邪ひいても死なないしガキの面倒見てくれる大人もいる」

「じゃあなんで彼はここにいるのかしら」

「大人を信用してないんだ、あいつはさ」


 そういって寂しそうな表情をみせるロベルト。


「あいつは親に捨てられたからさ。だからウチのシスターのことも疑ってる」

「そう……色々あったのね」


 そこでひとまず話は打ち切られた。二人はアスラの方へと目を向ける。そこにはいつか見たような光景があった。またもや肉の鎧をまとったアスラがいた。


 「助けてくれえええええええええええ!!」



   ~~~~~


「いやー、助かったよ。ほんと」

「……」


 アスラの窮地を救ったのはリーダー格の少年の鶴の一声だった。しかしアスラのもっていた飴玉は残さずすべて子供達に強奪されてしまった。みな思い思いに飴玉を堪能している。


「さて、飴もなくなっちゃったしどうしようかな」


 アスラが身体中についた埃を払いながら立ち上がる。その様子を見ていた少年は口を開く。


「大人に借りを作るのは好きじゃない」

「?」


 アスラはまだ話が飲み込めていない。


「えっと……それは……?」

「話聞いてやるっていってんだよ。早くしろ」


 それを聞いたアスラは目を輝かせた。


「本当か! 飴玉作戦大成功だな。孤児院のみんなに上げようと思って買っといてよかったぜ」

「それで話ってのは?」

「いやこのへんで変わったことが起きてないかを調べに来たのさ。俺はアスラってんだ」

「……ヤンだ」


 そういって話を始める。しかし大通りで質問していた事とは少しばかり質問の内容が違った。市況の話など今回は全くしなかった。


「さっきもいったがここらで変わったこととかないか? 詳細は言えないがとあることの調査をしてるんだ」

「変わったことね……あまりこれといってはないな」

「じゃあこのへんで軍人を見かけたことは?」

「お前がそうじゃないか」

「俺たち以外でさ、なんかしてたりしなかったか?」


 ヤンは首を傾けて少しずつ語り出す。


「さぁ、この辺の人間はろくでなしばっかりだから取っ捕まる連中は少なくないしな。たまに軍人がきてるのは見るな」

「……へぇ、それで?」

「最近人が減ったような気もするな。しょっぴかれた奴がどっかいっちまうんだ。多分この街を出ていったんじゃないかと思うんだが」

「……」


 それを聞いたアスラは急に黙りこんで何かを考えるように顎に手を当てる。咲夜も少し表情が固くなった。


「そんな所かな、悪いが大して役に立てそうにはないな」

「いや、そうでもないぜ」


 そういったアスラの顔はどこか焦っているような、ギラギラしたようなそんな表情でロベルトは少しだけ怖かった。

 それからロベルト達は帰途へとついた。日はもう傾いており孤児院の近くににはもう辺りは暗くなっていた。

 帰り道、ロベルトが口を開く。


「皆帰ってこないんだ、誰もだ。この街のスラムで軍人に捕まったやつらは」


 震えるように、絞り出すように声を出す。


「きっと皆なにかされてるんだ。表の人やシスター達は相手にもしてくれないけど、俺はそう思ってる……。バカなガキだと思うか?」


 アスラは軍帽の鍔を手でつかんでそのまま目深にかぶり直す。


「思わないさ」


 驚いたロベルトはアスラの方を向く。そこには変わらないアスラの姿がある。


「お前がいなきゃ今回の一件はもっと手間取ってたはずだ。感謝する」



   ~~~~~


 それからロベルトは懺悔室を出してもらえ、皆と一緒に食事をとった。アスラは相変わらず食後に子供達に懐かれておりその様子をロベルトと咲夜が遠巻きに見つめる。


「なぁ、あいつって一体何者なんだ。なんか、普通の軍人って感じじゃないような感じがするんだ」


 ろうそくの灯りに咲夜の横顔が照らされる。その端正な顔はアスラのほうを向きながら答えた。


「なんていえばいいのかしらね。変な奴なのは認めるけど」

「すぐにあいつらと溶け込めるし、気がついたらヤンとも話をしてた」

「あいつにはそういう才能があるのかもね、人たらし的な?」


 にこりと微笑む咲夜。その微笑みが自分に向けられたものではないのは理解していても、あまりの可憐さにロベルトの胸が高鳴る。


「も、もう俺は寝るぞ!」


 逃げ出すように広間を飛び出す。顔に火がついたようでそれを書き消すように頭をぶんぶんとふりながらあるく。


(あいつら変だ、変だ、変だ。なんなんだよ、もう)


 そうして自分の布団に飛び込む。しかしその熱はなかなか覚めずに布団のなかで悶えるロベルトなのだった。

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