調査
「それでどこにいくんだ?」
昼食をとったのちに、ちょうど孤児院を発ったところでロベルトがアスラ達にたずねる。
「そうだな、これといって考えがあったわけじゃないが……まずは人の多いところで聞き込みなんかしてみようかな」
「じゃあ大通りにまず向かうか」
そういってロベルトは道を歩き始める。アスラ達はその背中についていく。建物と建物の感覚の狭い裏路地を何度も曲がりながら歩いていくと、少しずつではあるが人気が増してくる。
大通りまで歩いていく道すがらアスラが尋ねる。
「ロベルトはよく市場とか大通りにはいくのか?」
「……まあな、それなりにはいく。」
「何しにいくんだ? お使いか何かか?」
普段はスリの獲物をさがしに大通りや市場に足を運ぶわけだが、間違ってもそのようなことは言えない。
「まあ、そんなところだ」
その答えに隣の女軍人が感心したように言葉を漏らす。
「えらいねぇ……、ロレッタちゃんも働き者だしあの孤児院はみんな助け合ってて偉いわ」
するとロベルトは首をアスラ達に向けて胸をはる。自慢げな様子である。
「そりゃもう、みんな立派なんだ。ロレッタはそろそろ出ていかなくちゃいけないけどそれでもみんなでうまくやっていけると思う。今までもそうだったしこれからもそうだ」
「出ていかなくちゃならないっていうのはどういうことなんだ?」
不思議に思ったのかアスラがロベルトに卒院のことを聞いてくる。ロベルトはそれにも返答する。
「うちに居られるのは12歳までなんだ。それ以降はどこかの家やお店で見習いとかで働かなくちゃいけない。うちの最年長はだから今11歳のロレッタなんだ」
「なるほどね、通りで小さな子ばっかりだったのか。でもそんなに身寄りのない子供を引き取ってくれるところあるのか?」
「ああ、昔は大変だったらしいけど最近はここの街を取り仕切ってる帝国の代官様がひきとってくれるんだとよ」
「ああ、リレミド閣下か」
納得したように頷くアスラ。それとは対照に先程までとは一変して不機嫌そうなロベルト。
「なんでそんな不機嫌そうなの? いい話じゃない?」
「俺はそいつが信用できない」
憤懣遣るかたない様子で言葉を吐くロベルト。疑問は増えるばかりで仕方なかったが、これ以上ロベルトの機嫌を損ねるのも良くないかとアスラは考えひとまず黙った。
そうして会話が一度止まると誰も発言しなくなり、一同は黙々と道をすすんでいった。それから半刻ほどたったころに最初にアスラを見つけた通りに出た。
「ここか大通りは。一昨日あたりにこの辺はすこしだけど回ったな」
「私はこの辺きてないわ。色んなお店があるわね。あの店なんか何があるんでしょう? あとでいってみない?」
「聞き込みが終わってからな、ひとまず先に聞き込みだ」
二人は手分けして道行く人や道に面した店の人々に話を聞いているみたいだった。軍服姿が効果を発揮しているのか聞き込みは順調そうである。
ちょうど目の前の八百屋の店主とアスラが話していたので、ロベルトは興味本位で聞き耳を立ててみる。どうにもアスラはこの街の為政について街の人々の意見を聞いているようだ。
「あの……すいません。ちょっと伺いたいことがあるんですけどよろしいでしょうか」
「軍人さんがうちの店に何のご用でしょうか?」
「ちょっとした市況調査みたいなものをね、上の方から。私はアスラ・アーロンといって公務課のものなんです」
「ああ、なるほど」
その言葉に納得がいったのか店主はうなずいている。アスラが所属している公務課というのはどうやらそういうのが仕事らしい。
アスラが話を続ける。しばらくは無難に物価の話や景気の話をしていた。そろそろ市況についての話が終わろうとしてそろそろ解散にでもなろうかというその時であった。
「いろいろとありがとうございました。大変参考になりました。最後に二つお伺いします。一つ目は最近身の回りで変わったことなどございませんでしたか?」「いんや、これといっては特に」
「じゃあもう一つ。ここの執政官として赴任していらっしゃるリレミド閣下についてです。ささいなことでもいいので、気になることはありませんでしたか」
その質問にも店主は嫌な顔一つせずに答えた。
「あの人は素晴らしい人だよ。この街が占領地でありながらここまで活気があるのもあの方のおかげだ。最近で言うと……この前は戦争で取り払われた街灯を設置しなおしてくれたんだ」
「なるほど、人々に慕われている……と」
「ああ。正直帝国軍にあまりいい印象はなかったが、あの方のおかげで見方が変わったな」
そこでアスラは店主に頭を下げた。もう質問はないのだろう、謝辞を述べるアスラに興味をなくしたロベルトは聞き耳を立てるのをやめる。
ちょうど女軍人の方も終わったのか二人はロベルトの方に歩み寄ってくる。
「またせたな。このあともまだ案内頼めるか?」
「ああ、大丈夫だ。しかしここ以外に人の多い場所は他にはないぞ。市場はもう人いなくなってる時間帯だろうしな」
アスラの意図するところがわからないロベルトは首をかしげる。それに答えるようにアスラが続ける。
「そのことなら問題ない。ちょっと聞きたいことがあるんだがこの街にはスラムってあるか?」
~~~~~
再びロベルトが前に立って道を進む。今回は来た道を引き返すように人気の少ないほうにすすんでいく。段々と周りの建物や石畳の道が少しずつ荒廃した物へと変化していく。
時折すれ違う人の表情はあまり良いものとは言えない。全体的にくたびれたようなそんな雰囲気が漂っていた。そうして半刻ほど経った。唐突にロベルトが足を止め、告げる。
「こっから先は正直軍人だろうが安全は保証できないぜ。その辺のやつと目をあわせるな」
しかしアスラ達はさして気にした様子もなく、
「それくらいのことなら承知済みだ。むしろお前は俺たちから離れるなよ。危ないからな」
そういって今度は逆にロベルトの前に立つ形で先導し始めた。
ロベルトは呆れたように息をつくとアスラ達の後を追う。
さっきまでと同じようにアスラは聞き込みを始めた。女軍人のほうはロベルトの護衛のつもりなのだろうか、ピタリとロベルトの隣に立って離れない。二人の距離に反して交わされる言葉はなく、しばらくはアスラがスラムの人間にかける声だけが響いている。
大通りとちがってスラムの人間は警戒心が強い。スラムで過ごした経験のあるロベルトはそれをよく知っていた。特に軍人なんかは警戒されやすく、アスラがいくら声をかけても誰も反応しないのは当然とも言えた。
なにも成果がなく退屈だったのだろうか、女軍人が口をひらいた。
「なんだかみんな話を聞こうともしてくれないみたいだけど、なんででしょうね」
「そりゃみんな軍人が怖いからさ」
その答えが意外だったようで女軍人は少し驚く。
「確かにね。ここのへんにいる人は後ろ暗いことしてる人もいるかもしれないわね。でも誰一人話を聞いてくれないのはおかしいんじゃない? この街じゃ執政官の統治も上手くいってるならもう少し警戒が緩んでもいいものじゃない」
「そりゃ表では代官は聖人さま扱いだろうよ。でもここらスラムじゃちょっとワケがちがう」
そう言ってロベルトはそっぽを向く。女軍人はそのワケとやらに興味を持ったのか質問をさらに投げ掛ける。しかしロベルトは取り合うつもりはないようでそれを無視していた。
「そういえば自己紹介してなかったわね。私、咲夜っていうの。よければさっきの話の続きしてくれない……?」
「……」
~~~~~
結果からいえば根負けした。小一時間ほど同じ事を延々と聞かれ続けてロベルトはついに口をひらく。
「ちょっとこっちにきてくれ」
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