学校一の美少女はたった一人しか存在しないんだが?

 話は紀元前に遡る。学校という概念が誕生した頃だ。古代ギリシアのアカデメイアには、やはり学校一の美少女が存在していた。

 その名前はリリー。やはりリリー・サンプスである。

 学校一の美少女という概念は、人類の発展とともにあったが、学校一というだけあって、常に一人だった。稀に発生するUR的な存在なので、学校一の美少女がいない時代が多い。

 ワン・サンプスは西暦2000年代になるまで、存在し得なかった。学校一の美少女、の息子。それはつまり、リリー・サンプス在学中の息子だ。

 「   」は恐れた。学校一の美少女は常にリリー・サンプスただ一人。間違っても、(母)ではいけない。バブみまではあっても、授乳をしてはいけないのだ。

 「   」が恐れている間、地球の裏側で突然変異的にリリー・サンプスが発生する。学校一の美少女が時間差で在学という奇特な時代は世界史のエポックメイキングかもしれない。


 それからというもの、観察下においてリリー(母)とリリー(JK)の邂逅する可能性は常につきまとった。ワン・サンプスが必ず、二人を繋ごうとした。だから、「   」は何度もワンを転校させた。それでもリリー(JK)の驚異からは逃れられなかった。それならば、前提を覆そうじゃないか。何度も、何度も。世界の混乱を引き起こして美少女の発生する学校という概念をストップもさせた。

 だが、人は学びを求める生き物だった。学校が発生すれば、学校一の美少女もあらわれる。都市伝説のたぐいは、メディアが未熟でも伝播したように。


 そして今。リンデンホフ高校一の美少女リリー・サンプスが、特異点であるワン・サンプスとともにガイテックを完成させたのだ。学校一の美少女は才女であることが知られている。超高校生級のガイテックが完成した。市内、区内そして国内でも高い評価がされ、ついに機動実験に使われることになる。

「まさか、先輩とこんなところまで来るとは思わなかった。感謝している」

「いえ、ワンくんのおかげですよ。さあ、行きましょう」

 コクピットに並んで座るワンとリリー(JK)だが、機動実験にリリー(母)は姿を現さなかった。未だに(JK)と(母)は邂逅していない。

 静かな起動音を立てて、ガイテックは動き出した。

 ワンは、奇跡を見ることになる。


 無。無。無無無無無無無無無無無無無。とにかく無。光も音も五感もなにも無い無。そしてすべての知覚で、ワンはリリー・サンプスを受け止めていた。

「リリー・サンプスっ!」

「そうです。ワン」

 裸に布一枚を巻きつけたリリー、やけに腰を縛って細く見せたドレス姿のリリー、尼僧姿のリリーに、セーラー服姿のリリー。果てや、リンデンホフのブレザー制服のリリーまで。すべてがリリー・サンプスで、そして母だった。

「あなたには辛い思いをさせました。しかし、これで終わります」

「終わる? どういうことだ」

「学校一の美少女、それは生命の母だったのです」

「うん、それはリリー(母)と「   」から聞いてる」

「私は、リンデンホフの私は将来を願いました。そして、ワンくん。あなたは永住を願いましたね?」

 転校続きのワンにとって、永住はひとつの憧れだった。ガイテックは聖杯であり、程度のコントロールができない実現機。でも、うまくいくとは思っていなかった。

「リリー、俺はどうなっちゃうんだ」

「なんてことありません。すべてのリリー・サンプスは学校一の美少女の必要はなくなる。一人の人間になるのです。だから、将来が生まれます。そして、すべからくリリーの息子たるワン。あなたも転校の必要はなくなる。だって、リリー・サンプス同士が出会ってもいいのだから」

「本当に?」

「ありがとう、ワン。私の息子。いえ、私のかわいい後輩。私はもう学校一の美少女でなくてもいい。やっと解放されました。ありがとう」

 闇が収縮し、再び光は弾け飛んだ。リリー(JK)とワンは、あらゆる世界で意識をなくす。


「そんな、だってもう私学校一の美少女じゃないんですよ?」

 とある高校のミスコンテストで、第4位となったリリー。文化祭のあと屋上にリリーを呼び出したワンは、それでも君が好きだと言った。かーちゃんと同じ名前だけど、それが何だというのだ。

「俺はリリーがいいんだ」

「だって」

「君は、俺にとって世界一の美少女じゃないか」


 学校一の美少女は、ゆるやかに絶滅を迎えつつある。


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学校一の美少女がカーチャンと同じなんだが? 井守千尋 @igamichihiro

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