路上教習

 初めての路上教習は夜間、それも雨の日でした。

 冬の寒空、教官を横に乗せて初めて飛び出した公道は最悪のコンディション。光の反射でセンターラインの確認もままならず、教官に言われるがまま必死に車を動かしました。

 まさか、時速60kmというのがこれほど早いものだったとは。

 教習所の中では、せいぜい20km/h。出しても30km/hほどでしたから、乱暴に言ってしまえば二倍から三倍のスピードが出ているわけです。それだけ、景色の流れも早くなります。

 それでもなんとか車を走らせていると、教官がこう言いました。

「でも良かったよ~。なんだか今日は車が少ないみたいだし」

 確かに回りに他の車の姿はなく、広い道路を走っているのは私の真っ赤な教習車のみ。とはいえ、今どこを走っているのかすらわかっていないので、普段の混み具合がよくわかりませんでした。

 それからしばらく走っていて、ふと思いました。

 回りにモノがなさすぎる。

 他の車どころか、建物すらほとんど見えなくなってきました。脇にはまばらに街灯が立ち並ぶばかりで、人の気配もありません。

 こんなに道路は広いのに、その周りはほとんど更地同然。この辺りに詳しいわけではありませんが、流石におかしく思います。

 しかしながら、「ここってどこなんですか?」なんて余計なことを聞いて、道を理解していないのがバレるのも嫌でした。なのでそれとなく、別の話題を装って訊いてみることにしたのです。

「このへん、なんにもないんですね」

 教官はなにも言いませんでした。

 ビクビクしながら横目でチラリと見やると、必死にスマホを眺めているご様子。

 教える側の態度としてどうなのか? なんてことも思いましたが、こちらも現在進行系でよそ見をしたわけですから、余計なことは言わないほうがいいと思いました。

 それからしばらく、指示もないまま真っすぐ進み続けました。

 道路はまだまだ続きます。

 と、道の先に大きなトンネルが見えてきました。ようやく訪れた変化にホット一息ついていると、教官はこう言ったのです。

「ここで引き返そうか」

 そう言われたなら、従うほかありません。

 他に車の居ないだだっ広い道路で、オドオドしながらUターンします。それからはまた、しばらく直進。

 どれだけ走っていたでしょうか。

 足が疲れているぐらい走ったはずですが、時計を見るとまだ数十分しか経っていません。初めての路上教習で緊張していたのでしょうか。

 もうしばらく走った所で、ようやく喧騒が戻ってきました。

 それなりに混んだ道をビクビクしながら進み、教官の指示に従って教習所に戻ります。

 あまりに疲れてしまった私は、今日ばかりはと母に迎えに来てもらいました。雨も降っていましたからね。


 で、それから何回か路上教習をこなし、運転にもようやく慣れてきた頃のことです。

 初めて路上に出た時の教官と、久々に一緒になりました。

 その日は特に滞りなく教習を進め、休憩ポイントに到着。

 北風の吹く自然公園でコーヒーを奢ってもらい一服していると、ふと、教官がこんなことを訊いてきました。

「この前の講習、どこ走ってたかわかった?」

 少し迷いましたが、今更減点されるようなこともないだろうと思い、正直に答えることにしました。

「いえ……実はさっぱりでして……」

 すると、教官はこう言ったのです。

「私もよくわかんなかった」

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青春の怪談 抜きあざらし @azarassi

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