第3話 極・男社会。

 戸田綾子は、地元の福祉系大学を卒業sると同時に兵庫県警察官を拝命した。最初に配属された灘警察署で巡査として交番で2年、生活安全課で3年間勤務。巡査部長に昇任して現在の明石警察署に赴任してからは、もう4年目となる。

 明石警察署でも生活安全課に配属された戸田は、少年事件や環境事件を手伝うこともあったが、基本的には相談業務を担当しており、日々忙しい日々を過ごしていた。


「おはようございます。」

「あ、戸田部長。おはようございます。」

 戸田が住んでいる須磨の自宅アパートから明石署までは電車で約30分。7時半に出勤すると、末席の小野巡査が室内の掃除やらコーヒーの準備やらを既に終わらせている。

「どうぞ。」

「ありがとう。」

 小野くんの淹れてくれたコーヒーを口に含みながら、資料棚から『相談案件』と書かれた分厚いチューブファイルを手に取る。緊急度別に青、黄、赤色の付箋で識別された書類の中からいくつかをチョイスし、その日に進めていく相談案件を選別していくのが戸田の日課だ。

「おーっす。」

「おはようございます。」

 そうこうする内に、他の主任や係長も次々と出勤してくる。明石警察署の生活安全課は総勢12人だが、その中で女性は戸田だけだ。

「戸田ちゃん、ムズカシイ顔してどないした。生理か?」

「違います。」

 一般的な組織ならば一発でアウトとなるであろう発言も、男どもに囲まれて10年近く女性警察官をしていると、呼吸をするかの如く受け流せる力を身に付けていた。

 一通り相談案件を選別し、本日の業務方針が大まかに定まったころ、『プルプルプル』と、戸田の卓上電話の内線が鳴った。

「はい、明石生安・戸田です。」

「戸田部長、受付の小島です。勤務時間前にスミマセン。カワシマから電話が入ってるんですけども・・・。」

「あ~、はいはい。分かりました。繋いで下さい。」

「スミマセン、お願いします。」

 電話が、内線から外線に切り替わる。

「お電話代わりました、戸田です。」

「あ~、とださん。かわしまです。」

「カワシマさん。今日はどないしたんですか。」

「ねむれないんです~。」

「今もう朝の9時前やで。普通は起きてる時間やで。」

「ちがうんです~。よるもずっとねむれなくて、なんどもねようとしたけどむりで、すごくしんどいんです~。」

「そうなんや。お薬は?ちゃんと飲んだの?」

「のみました~。でもぜんぜんきかないんです~。」

「そうなんや。それはしんどいな。」

「そうなんです~。しんどいんです~。たすけてください~。」

「私ではどないも出来へんわ。また病院に行ってみたらええやんか。」

「びょういんいってもむりなんです~。おなくくすりだされるだけでたすけてくれへんのです~。」

「あーそー。困ったねぇ。そうや、タクヤくんはどないしたん。一緒に住んでる彼氏さん。タクヤくんに何とかしてもらったら?」

「ちがいます~。たくやくんはかれしじゃないんです~。ともだちなんです~。」

「あ、そうなん。彼氏さんやと思ってたわ。」

「ちがいます~。ともだちなんです~。でもすごいやさしいともだちで、たまにわたしとせっくすしてくれるんです~。」

「あ~、そっかそっか。そういうことな。うん、分かった。じゃあ、友達のタクヤくんに来てもらって、眠れるまで話相手でもしてもらったら?」

「だめなんです~。たくやくんきょうはおしごとでいないんです~。とださん、あいてしてください~。」

「私も仕事があるから、カワシマさんの相手ばっかりずっとしてられへんわ。」

「そんなんいわんといてください~。わたしそうだんしてるんですから~。おねがいします~。」

「あのな、カワシマさん。これって、相談とはちゃうやんか。単に、眠れなくて暇やから電話で話相手になってほしいってだけやんか。暇やったらええけど、私も色々他に仕事あるねん。ええですか、もう切りますよ。」

「だめです~。きらんといてください~。おねがいします~。」

「だ~か~ら~!」

 結局、その後、戸田は中身のない話を電話口で延々と聞かされ続け、漸く受話器を置けたのは30分後だった。

「戸田ちゃん、お疲れ。なに、カワシマか。」

「そうです。眠れへんから何とかしてくれって。」

「朝からたまらんな、あの色キチババア。電話してくるってことはあれやな、セフレのおっさんらが来てくれへんかったんやな。」

「そうみたいですね。」

「ホンマに迷惑なババアやで。でもまあ、あの年齢で現役でヤリまくっとるっちゅうのは、ある意味凄いけどな。なあ、戸田ちゃん。」

「そうですね。」

「戸田ちゃんも、彼氏が無理なんやったらセフレでも作ったらどないや。せやないと身体が干からびてしまうで。」

「ちょっと班長、それは流石にアウトですよ。」

「おお、そうか。スマンスマン。」

 そう言うと、定年間際のこの係長は、『ガハハ』と笑い飛ばし、何ら悪びれることなく課室を出て行った。

 朝っぱらから常連の精神異常者からの電話と上司からのセクハラ口撃により湧き出るイライラを抑えながら、戸田は仕事に取り掛かり始めた。

 

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婦警さんの恋もよう nico @0114351t

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