第2話 持つべきものは同期生。

 合コンの翌日、戸田は瀬戸内海を一望できる、須磨海岸沿いのマンション一室を朝から訪れていた。広さ3LDKのまだ真新しい部屋には、「TAKAGI」と書かれた表札が掲げられている。室内には、戸田の他にも女性が一人、そして、ヒーローキャラクターの服にくるまれた赤ちゃんがヨチヨチと這っていた。

「ゆうちゃん、また大きくなったね~。」と、戸田。

「まあね。でも、あちこち動き回るようになったから、それはそれでしんどいけど。あ、こっちできたから、お皿運んで。」

 部屋の主である高木史が、手際よく昼食の用意をしていき、戸田もそれを手伝う。警察学校の同期生である高木は現在育児休暇三年目で、同じく警察官の旦那は警察庁に出向中ということもあり、戸田は月に数回、多い時には週一のペースで高木のマンションへと顔を出している。

「で、昨日の合コンはどないやったん?」

 高木がサラリと聞く。途端、戸田の表情が険しくなり、『はぁ~』と深く溜息をついた。

「もう、最悪やった。ていうか、何なんあの扱い。」

「『あの』って言われても、私は参加してへんから分からへんって。」

「女性警察官って、そんなに物珍しい存在?私らって、珍獣なん?希少生物?ただの公務員やで。それやのにまあ、『柔道とかするん?』とか『おとり捜査とかしたことある?』どうでもええ質問してきて、女の子と飲んでるんやから、もっと他に聞くことあるやろ!」

「ええやんか。どんな質問でも興味持ってもらえてるってことなんやから。ていうか、実際にあんな柔道で警察に入ったようなもんやんか。全国出てるんやから。」

「いやまあ、それはそうやけど、そうじゃなくて。確かに、警察官っていうことで興味は持ってくれるけど、それで終わりやねん。これまで何度も合コンに参加してきたけど、皆同じような反応や。全部似たりよったりや。確かに食いついてはくれる。でもそれは、女性として食いついてるわけじゃないねん。珍しさから質問をしてるってだけやねん。やから、その後が続かへん。」

「綾ちゃんって、これまでの合コンでどうにかなったことってなかったっけ?」

「ない。ホンマに一切ない。ナッシング!」

「何でやろな。綾ちゃん別にゴツいわけでもないし、むしろ小柄で可愛い系の部類に入ると思うんやけど。」

「ちょっと、フミちゃんがそれ言うたら嫌味にしか聞こえへんわ。同期一の美人で巨乳で、イケメン出世頭の旦那を捕まえといて。」

「ちょっと待って。それこそ嫌味やんか。いや、というかやめとこ。お互いに虚しくなるだけや。」

「そやな、やめとこ。いやだから、私が納得いかへんのんが、私みたいな女性警察官が合コンに参加したら色物扱いされるだけで終わるのに、男性警察官が合コンに行ったら何で引く手数多なんかってことなんよ!」

「あ~、それはまあ、確かにね。」

「そうやろ!?森ちゃんとか山口くんとか、合コンで相手みつけて結婚してるやんか。何であたしは誰も捕まえられへんのよ!!」

「それはねぇ。まあ、男女の違いといいますか。綾ちゃんも分かってるやろ。」

「分かっとるけど、納得できひん!!」

 戸田のグチグチが延々と続く中、『ピンポン』とチャイムが鳴る。

「あ、ネエさん来たんちゃう。はーい。」

 高木が玄関へと迎えにでる。部屋に入ってきたのは、二人よりもかなり落ち着いた雰囲気を醸し出す、眼鏡をかけた女性だった。

「恵美ネエさん、久しぶり。」

 戸田が嬉しそうに声をかける。

 『ネエさん』こと津田恵美は、警察学校時代の二人の同期だが、大学卒業後に警察官を拝命した二人とは異なり前職持ちであることから、既に40歳目前となっていた。

「綾ちゃん、久しぶり。また何か愚痴ってんの。」

「昨日の合コンが上手くいかへんかったらしいですよ。」

「何や、またあかんかったん。」

「ちょっと。『また』とかやめてくださいよ。」

「もうええ加減あきらめて、私みたいに仕事に生きたら。」

「お誘いはありがたいですけど、私はまだまだ結婚諦めてませんよ。ていうか、ネエさんかって仕事に生きるにはまだ早すぎでしょう。」

「ダーメダメ。私はもう結婚のレールからは外れとるんやから。というか、綾ちゃんかって分かってるやろ。ウチら女性警察官は二つタイプに大別されるって。」

「う・・・それは・・・」

「一つは、フミちゃんみたいに早々と職場結婚して幸せな家庭を築いていくタイプ。もう一つが、私みたいにチャンスを取りこぼして、いつの間にか婚期を逃していくタイプ。」

「ん~~~~。」

 戸田は何も言い返せなかった。警察官として10年近く生きてきた結果、津田恵美が提唱する大別案が間違ってはいないことを肌で感じて知っているからだ。

「綾ちゃんも、もう31歳やろ。どっちのタイプになるかの瀬戸際やでな。というか、もうほぼ私の方に来てもうてるで。それは自分でも分かるやろ。」

 津田の容赦ない言葉に、心が折れそうになる。

「それは分かってるんですけど、ただ、中々良い相手が・・・。」

「だーかーらー。職場結婚を嫌がってる時点でもうあかんのやって。周り見てみぃな。女性警察官のほとんど、というか、多分9割以上は職場結婚やでな。といことは、同僚との結婚を拒否しとる時点で、あんたは結婚できる可能性を9割以上捨ててるっていうことやでな。」

「それは、理屈では分かってるんですけど・・・。」

「まあまあ、ネエさん。綾ちゃんの場合、ちょっと仕方がないっていうか、運も悪かったっていうか。」

 津田の叱咤を見かねた高木が助け舟をだす。

「ほら、綾ちゃんのこれまでの配属先って、『ザ・警察官』というか、男社会を前面に出す人らがほとんどやったやないですか。今の職場もセクハラ三昧で酷いっていうとったもんな。」

「そうそう、その通り!あの環境やったら、同僚との結婚なんか考えられへんですって。」

 高木の助け舟に、しっかりと捕まってみる。が、津田ネエさんはそんなものには動じない。

「そんなん言い訳やんか。全部が全部セクハラ親父っていうわけやないんやから。単にあんたが逃げてるだけや。本気で結婚相手見つけようと思うんやったら、職業年齢で区別せんと、ありとあらゆる面から相手を吟味せんと見つかるわけないやろ。」

 スイッチが入ったのか、その後、津田ネエさんの有難い説教が延々と続き、お腹を空かせた高木の赤ちゃんが愚図りだすまで、それは続いた。


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