婦警さんの恋もよう
nico
第1話 プロローグ
三ノ宮駅。兵庫県最大の繁華街を有するこの駅は、基本的にいつでも人々が行き交いごった返してしているが、週末のアフターともなると飲みに繰り出す仕事帰りのサラリーマンや大学生たち、そして、彼らを誘い込もうとする居酒屋のスタッフたちで路上は埋め尽くされる。
戸田綾子は、そんな群集の一組として、中堅どころの魚居酒屋に陣取っていた。高校の同級生に誘われた合コンに参加するためだ。久々の合コン、しかも相手は士業関係者と聞いてきたので、自然と力も入る。不慣れながらも、google先生に聞きながら自分なりに精一杯のオシャレで臨んでいた。
「それじゃあ全員揃ったことだし、ベタですけど自己紹介していきましょうか。まずは男性陣からということで、僕から。小森といいます。35歳。税理士です。」
「松岡です。松岡雄太、32歳。同じく、税理士をしています。」
「永松武志です。37歳、弁理士です。」
弁理士ってなんですか?と、対面に座る女性陣の一人が質問する。
「弁理士っていうのは、えーと、簡単にいうと理系専門の弁護士です。」
『弁護士』というワードに、女性陣たちが一気に色めき立つ。来店時の初顔合わせでイマイチだった採点が、このワードであっという間に加点されていった。
「じゃあ、次、私ですね。佐藤保奈美といいます。28歳です。薬剤師してます。」
「へー、薬剤師。すごいね。え、どこに勤めてんの。薬局?」
「えーと、姫路にある日赤で勤務薬剤師してます。」
「へ~薬剤師か~。すごいな~。」
男性陣も女性陣一人目の『薬剤師』という肩書に食いつき、二人目の自己紹介に中々移行しない。
「あ、ゴメンごめん。皆の自己紹介が先やんね。どぞ、どぞ。」
弁理士の永松が、二人目の自己紹介を促す。
「西岡咲です。保奈美ちゃんと一緒に日赤で勤務してるんですけど、私は薬剤師じゃなくて、看護師をしています。」
「へ~、看護師なんや~。」
「あ、でも。言われてみたら確かにそれっぽいかも。」
『薬剤師』とは違った意味で男性陣たちがくいつく。
「待って待って、先に、ね。お願いします。」
三人目の戸田に、挨拶の順番が回ってくる。
「はい。え~、戸田といいます。公務員です。」
先の二人と異なり、男性陣からは『へーそうなんだ』と淡泊な感想が漏れる。ところが、『どちらにお勤めなんですか?』との問いに対し、戸田が躊躇いながら
「兵庫県警です。」
と返した瞬間、男性三人の目が好奇の色に染まる。
「え、まじで!?」
「警察官?事務員じゃなくて??」
「え、刑事さんなん?」
「逮捕ってしたことある?」
「交通取り締まりって、あれ、やり方汚くない?」
これまで合コンに参加する度に繰り返された言葉をまるでなぞるかのように、似通った質問が矢継ぎ早に繰り返される。戸田はニコニコと笑顔を貼り付けたまま、
「警察官です。」
「刑事さんじゃなくて、生活安全課で相談業務をしてます。」
「逮捕は何度かありますよ。」
「取締りのことは、私に聞かれても・・・」
と、一つ一つ丁寧に答えていった。
戸田が警察官であるということに一通り場が盛り上がると、話題の中心は次第に別の方向へと逸れていき、いつしか男性3人は他の女性2人に向かって話すようになり、時折、申し訳程度に戸田にも話を振ることとなる。
店の予約時間が終了するころ、誰ともなく連絡先を交換し始める。戸田も男性陣とラインIDを交換しつつ、『どうせこいつらも連絡してこないんだろうな。』と、心の中で一人毒づく。
店先で、弁理士・永松が
「二次会どうしようか?」
と提案したが、戸田は
「スミマセン。明日も仕事があるんで、お先に失礼します。」
と、その場を離れる。男性陣から「やっぱり、警察官は忙しいんやな~。」との感想が漏れる。
5人と別れると、客引きの呼び止め完全無視して元町駅へと向かう。道すがら、千鳥足でご機嫌のオジサマや、酔って抱き合うカップルが嫌でも視界に入ってくる。
人込みをかき分けて改札前に着くと、丁度、ホームに新快速が到着するところだった。急いで財布からICOCAを取り出し改札にタッチすると、『ピンポン』とブザーが鳴り、黒いストッパーに進行方向を塞がれた。
慌てて後ろに下がり、チャージするために券売機へと足を向ける。ホームからは、列車が出る音が聞こえてきた。
「はぁ・・・。彼氏ほしい・・・。」
戸田は、無意識にそう呟いていた。
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